第6話 囚われた校長先生
学校の敷地の片隅にひっそりとたたずむ古い建築物がある。
長い年月をかけて風化しボロボロに朽ちた木造の建物、旧校舎だ。
普段から誰も立ち寄らないその場所は、周囲の荒れ果てた状況も相まって、不気味なぐらい静まり返っている。
その地下に、不時着した指揮官と部下は即席で造った秘密基地を構えていた。
「ふー、今日も元気だ。お茶がうまい」
指揮官はソーサーとカップを手にのんびりとくつろぎながら朝のティータイムを楽しんでいた。
部下はそこから少し離れた場所で何やらぴょんぴょんと跳ねながら、台座に縛り付けてある地球の生命体を調べていた。
その地球の生命体とは先ほど捕らえた校長先生のことだった。
「この! この!」
校長先生は何とか戒めを解こうとじたばたするが、それはびくともしなかった。
「こらこら、おとなしくしなさい」
指揮官の部下は落ち着いた動作で校長先生のおなかをぽんぽんと叩いた。
「叩くな! わしの腹は太鼓では無いぞ!」
校長先生が怒鳴る。
部下は彼の不満を無視することにした。
黙って校長先生の周りをぐるぐると回り、高性能ルーペで時折覗き込みながら彼の体を調べ上げていく。
「どうだ、何か分かったか?」
それまでお茶を楽しみながらくつろいでいた指揮官が、ふと目を向けて尋ねた。
「こんなもんで分かるわけないがな」
部下は高性能ルーペを投げた。
指揮官が立ち上がって近づいてくる。
ソーサーとカップを手に持ったまま指揮官の無言のキックが部下の後ろ頭に炸裂した。
部下はたんこぶを膨らませてごろりと床に転がった。
「き、君たちはこのわしをどうするつもりなんだ!」
その様子を眺めていた校長先生が恐怖に憑かれたように叫んだ。
「そうだな」
指揮官は一口お茶をすすると、ゆっくりと顔を上げて答えた。
「特に害も無さそうだし、しばらくここにいてもらおうか」
「何い~~~~~~~!!」
驚いた声を上げたのは校長先生だが、指揮官も驚いた。慌てて校長先生の発するつばの届かない間合いまで跳び下がる。
手の上でソーサーとカップががたがたとダンスを踊ったが、右に左に何とかバランスを取って持ちこたえた。
「君はわたしのアイゼル君とリフィアちゃんに何か恨みでもあるのか!」
指揮官愛用のソーサーとカップの名前である。この素晴らしいアイテムに汚いつばなど付けられてはたまったものではなかった。
「そんなもんは知らん! とにかくわしを解放しろ! もうすぐ入学式の始まる時間だ! 校長であるわしが行かなければいたいけな子供たちがどれほど悲しむか! 離さなければ舌を噛み切って死んでやるぞ!」
「むうう~……」
校長先生の剣幕にさすがの指揮官も少したじろいだ。気分を落ち着かせようとゆっくりとお茶をすする。
「君はその……なかなかうるさい奴だな」
「そんなことはどうでもいい! わしを解放するのかしないのか! わしはこの学校の校長だぞ!」
指揮官の弱気な発言に校長先生の怒号が重なった。
やばい。このままでは押し切られそうだ。
指揮官は焦った。その目が助けを求めるように床に転がっている部下のほうへと行く。部下は何事も無かったかのようにひょろりと立ち上がり、
「そろそろわたしの出番ですか?」
と訊ねた。指揮官は起き上がってきた部下の頭をカウンターで蹴り返した。部下はまたごろりと床に転がった。
指揮官はそれに一瞥をくれると部屋の隅に歩いていき、そこにある戸棚をあさった。
「そこまで言うなら帰してやろう。ただし、これを付けてな」
そう言って彼が持ってきたのは小さな箱だった。
「箱?」
校長先生はその箱をつけた自分を想像してみた。……嫌だった。
固まった表情のまままじまじとそれを見つめる。
「箱ではないぞ。問題なのはこの中身だ」
指揮官の言葉に校長先生は少しほっとした。
箱がゆっくりと開かれる。中から煙がぷしゅーと吹き出す。
「あー、指揮官、それはー」
起き上がった部下が抗議の声を上げた。
校長先生は固唾を飲んで成り行きを見守っている。
指揮官は箱を開ききった。まばゆい光とともに何かが飛び出した。
それは「ぶーん」と飛んでくると、校長先生の頭に「チクリッ!」と貼り付いた。校長先生の目から理性の色が消えた。
「さあ、自分の名前を言ってみたまえ」
指揮官が命令する。
「はい、わたしは校長先生です」
校長先生は機械的な抑揚のない声音で答えた。
「わたしの命令に従うかね?」
「はい、わたしは指揮官様の忠実なるしもべにございます。なんなりとお命じください」
「フッ、よかろう。ようこそ。これで君は我々の仲間だ」
指揮官は満足そうに微笑んだ。
「あーあ、洗脳マシーンめちゃ高いのに。あれ一つでいくらすると。ぶつぶつ……」
その後ろでは部下が上司に聞こえないようにぶつぶつとぼやいていた。
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