第5話 闇の空間

「宇宙人さーん! 待って! 宇宙人さーん!」


 どことも知れない暗闇の中、みかは必死に宇宙人さんを追いかけていた。宇宙人さんはまるでみかの事など気づかないように、淡い光に包まれて遥か前方を歩いている。

 急がないと置いていかれる。

 みかは必死に叫びながら追いかけた。


「宇宙人さーん! 宇宙人さーん! あ」


 不意に何かに足を取られ、みかは転んだ。


「う……うえ~~~ん! 痛いよ~! 立てないよ~!」


 みかは泣いた。大泣きに泣いた。宇宙人さんが足を止めて、こちらに近づいてきた。それにも気づかないほどわんわん泣いた。


「みかちゃん、泣かないで。君が泣くと僕も悲しい」


 宇宙人さんは淡く光る手で、そっとみかの涙をぬぐった。


「えぐっ、えぐっ、宇宙人さ~ん!」


 しゃくりあげながら顔を上げる。涙であふれた目に宇宙人さんの顔はよく見えなかった。


「また会えるよ。君が笑顔を忘れなければ。それまではこれで星空を眺めて。僕のことを思い出して」


 宇宙人さんの手からみかの手に、あの望遠鏡が手渡された。

 優しくうなずきかける宇宙人さんに、みかもなんとか笑みを浮かべて答えた。

 それと合わせたかのように宇宙人さんの姿が消え始めた。暗闇の中、光の粒子となって飛んでいく。


「待って! 宇宙人さん!」


 みかは慌てて彼の手を掴もうとするが、その手は空しく宙をすり抜けた。


「宇宙人さん……宇宙人さーーーーーーん!!」


 みかが絶叫する。宇宙人さんは光とともにやがて完全にその場から消滅していった。

 残されたのはただ、みかの手の中にある望遠鏡のみであった。

 みかはそれを抱きしめ、いつまでも泣いていた。

 泣いていたかった。

 しかし。

 それを妨害する黒の存在がいた。黒の意思は空を走り、みかの手から望遠鏡を弾き、宙へと舞い上げた。


「え?」


 突然起こったことに理解が出来ずぽかんとして見上げるみか。

 次の瞬間激しい風が巻き起こり、望遠鏡はバラバラに砕け散った。


「そんな……どうして……どうして!」


 何が起こったのか理解できないまま、みかは呆然と座り込んで闇の空を見上げていた。


「わたしはただ宇宙人さんに……」

「あなたが会いたいのは本当に宇宙人なの?」


 突然背後から冷たく不気味な少女の声がかけられた。

 背筋の凍るようなその気配に、みかは思わず振り向こうとした。が、次の瞬間物凄い勢いで首をしめられ後ろへ引き倒された。


「がはっ! ……がはっ! ……はあ、はあ」


 必死で息を取り戻して、なんとかそちらの方を見る。

 みかの目が捉えたのは、影のように立つ一人の少女の姿だった。

 真っ黒な空間の中に、長い黒髪が薄く光を放ち風に吹かれるようになびいている。

 その顔は……暗くてよく見えない。

 だが、その双眸は切り込むようにこちらを睨みつけているようだ。恐ろしい気配でそれと感じる。


「あなたが会いたいのは本当に宇宙人なの?」


 少女はもう一度語りかけてきた。彼女の目の前にあの石の山で見た黒い本が現れ、パラパラと独りでにめくれていき、あるページで静止した。


「わたしは……」


 みかが答え終わるよりも速く少女の口が動いていた。どこの国の言葉とも分からない聞いたことの無い言葉が小さく速く、みかの耳に飛び込んでいく。

 みかの言おうとした言葉は途中でかき消され、暗闇の空間の中に散るように消えていった。

 驚き慌てるみかの様子にも全く反応を見せず、少女はそのまま何かの呪文のような言葉を呟いていく。

 みかの周囲の空間から触手のようなものが飛び出して、みかの全身に巻きついていった。手が足が首が体がぐいぐいと締め上げられていく。

 みかはただ泣き叫ぶしかなかった。声にならない声を上げ、悲痛のうめきを上げる。

 そして

 ひかりが射し込み

 みかの存在はその場所から消え去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る