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嫌な噂を聞いてしまったもんだ。
貧弱なうえに僕は臆病で、おまけに幽霊とか怪談とかいう話は大の苦手。
だというのに、クラスメイトの一人がこの学校に纏わる怖い噂を得意げに話すものだからもう最悪だった。
思い出したくないというのに記憶というのはこういう時に限って厄介極まりない。気持ちとは裏腹に、その内容を脳内に広げていく。
誰もいない真夜中の校舎。忘れ物を取りに来た生徒の身に起こった──悲劇。
……そう、そうなのだ。
話の内容と今の自分がモロ被りしている。だからこそ僕は哀れなほどに怯え、大袈裟に心臓を跳ねさせていた。
そんなところで朗報だ。自分の教室に辿り着いた。
肩を激しく上下させながら、全身を奮い立たせて規則的に並んだ机たち、教卓の前を通り過ぎ、僕は前から五番目の列の、後ろから二番目の席に近づき引き出しに手を突っこむ。
腕を乱暴に動かし奥を探る。が――。
指先に何かが当たった気配もなく、空洞の中で手が虚しく彷徨う。
え。無い。そんな、そんなはずは。
腕を退けて、今度は顔を突っこんでみる。
ほんとに無い。スマホが。嘘だろ。
確かに此処に。此処にないなら、じゃあ何処に。
無性に焦る。記憶をなんとか手繰ろうとしても、朧げではっきり思い出せない。僕は最後にスマホをどこに置いたんだ。考えている時間を無駄に設けたくない。時計の針は午後八時をとっくに過ぎた。
教室の真ん中にぽつりと立つ僕。
開かれた扉の先の廊下にはぎっしり闇が詰まっていて。そこから細く白い腕が伸びてきて、高い女の声が…………。
こんな時に限って嫌な想像力ばかりが働く。本当に嫌だ、でも帰れない、スマホを見つけずに戻るなんて此処まで苦労してきた意味が無い。
思い出せ、最後にどこに置いたのか。頭を抱えたくなった僕を虐めるように、その音は予兆なく真横から上がった。
心臓が止まりかけた。
なんてことだ。遂に来た。
噂は――ほんとうだったのだと、僕はその場によろけ、息を飲む。
だが、派手に跳ね上がった心臓は時計の秒針が
この単調なリズムで鳴る音……。
着信音。その時、情けなくも僕は思い出し。教室の奥に整列した窓際に近いロッカーの前に恐る恐る立った。
ピリピリという音が中から聴こえる。明らかにスマホの音だ。
そうだ。帰る前此処で弄ってそのまま置き忘れたんだ。良かった、これで万事解決、帰れる。
そう思いロッカーの扉の凹みに手を掛けた時。
僕はそこでさらなる失態を犯した。
一番思い出してはいけないことを思い出してしまったのだ。
頭の先から冷水をちょろちょろと流されるような悪寒が降りてくる。
あの話の続き。忘れ物を取りに来た生徒は誰もいない暗い教室で探し回って、そして最後にロッカーの中を確認するのだ。
此処からが話の肝である。
震える手で自分のロッカーを開くと──そこには髪の長い、血まみれの女の姿。
女は蒼白の顔に笑みを浮かべ、生徒の腕を引っ張りロッカーの中に引きずり込んで……と。
都合よく話はそこで終わってしまった。
だが、この状況。似通い過ぎて、足がすくみ指先が痺れてくる。
僕の勇気は殆ど残っていない。
ピリピリと音だけが向こう側で響く中、様々な葛藤をした。それでも結局、スマホを取らずに帰るという選択はできなかった。
落ち着け、冷静になれ。いくら話と似ていたって。よく考えたらおかしいじゃないか。
噂なんていくらでも一人歩きで変化する。誰かの勘違いが恐怖体験に成り代わった可能性もあり得る。伝言ゲームみたいなものさ。
そうだよ。だって、話の結末からして誰かがその一部始終を見ていなきゃそんな話は成り立たないし。大体、最終的に当事者がどうなったかわからないオチなんて、嘘臭い。
すう、と大きく息を吸い。扉を開けることに決めた。
そして、例え何を見ても、逆になにもなかったとしても。僕はスマホを取ったら全力で走ることに決めた。
もう迷わない。意を決して、ばかっ――とそこを勢いよく開け放つ。
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