荊棘―おどろ―

天野 アタル

本編

序章 心臓を刺し穿つ映像。

1

【おどろ/荊棘】


 1 、髪などがぼうぼうに乱れているさま。


 2 、草木が乱れ茂っている所。やぶ。また、乱れ茂っている草木のこと。



 ◆◆◆



 鬼にでも喰われてしまいそうな引きつり顔で、僕は暗闇のひしめく廊下を駆け抜けていた。


 思わぬ失態。ああ、最悪だ。今日に限ってスマホを忘れるとは。


 帰宅した矢先に気づいた。流石に引き返すことを躊躇したが。これは由々しき問題だ。

 スマホといったら現代を生きる若者のライフライン。

 帰宅し、翌日登校するまで。その十数時間ものあいだに数多の情報が行き交い、僕たちはそれを受信または発信することで、日々最適化され目まぐるしく変わる流行に乗ってきた。


 もしそれを一日でも欠くことがあれば、それは終電に乗り遅れ、今日に取り残されることと同義だ。


 今日アップデートされなければ、今日の僕は、明日の僕にはなれない。


 明日教室で友人らと顔を合わせても、きっと新しい話題には乗れないし、コイツは遅れていると、その瞬間から不名誉なレッテルを貼られてしまう。


 そんなことはあってはならない。


 天秤が揺れ動くのは意外と早く。だから僕は帰宅し五分経つ前に、こうして再登校するハメになったわけだ。


 背中で鞄が急かすように弾んで上履きが床との摩擦で時折変な音を立てる。


 息継ぎの感覚が短くなって、苦しくなってくる。


 僕は走るのが苦手だ。運動もそれに等しく得意じゃない。というより、無理にやってはいけないと医者に苦言を呈されるほど生まれつきの貧弱ぶりだ。


 そんな僕が、なぜこんなにも必死になって廊下を駆けているかと言うと。


 施錠しようとしていた用務員さんに無理言って待ってもらってるだとか、観たいテレビがもう直ぐ始まるとか、彼女とのやりとりの返事が気になるだとか、そう言う理由ではなく。


 昼間耳にしたとある噂。その半分聞き流していた内容が、この暗がり、自分の息遣いと上履きの擦れる音しかない静寂と、非常用階段を示す真緑の蛍光ランプという、不気味の三拍子の所為で妙にリアルに蘇り、単純に怖くなってしまったからだった。

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