3


 大口を開けたロッカーには、よれたシャツと教材の山。


 安堵し、そして勝者になれた気分だった。


 だが、喜びに浸るつもりなど毛頭なく、僕は積まれた教材の山のいただきからスマホを素早く回収した。


 さっさと帰ろう、走って。

 ポケットにしまう前に鳴り響く着信音を消して、画面を見る。

 電話だ──。

 登録されていない番号からだった。

 なんだこれ。誰からだこんな時に。

 

 妙に思い、気が引けたが、僕はそれを怖々こわごわ耳に当てた。


 もしもし――、言って返答を待つ。


 すると。小さな声がスピーカーから聴こえてきた。

 ノイズ混じりの、高い。

 女の人の声だったのかも。聞き間違いじゃなければ、声の主は僕にこう言ったのだ。


〝 も  う か  えっ ちゃ  う の 〟



 何かの聞き間違いだ、今のは。

 そんな、絶対違う、今のはそんな言葉じゃなかった。

 光を放つ携帯を床に取り落とし、錯乱して、まともに考えられずそこから逃げだそうとした。

 その瞬間。右肩を勢い良く掴まれた。

 背後に佇む異様な気配。じとりと耳たぶに絡む、生暖かい風。

 肩に食い込む尋常じゃない力に喉奥の声が死んで、動けなくなった。


「 ね  ぇ――」


 真横から投げかけられるか細い声。

 スピーカーから聴こえたのと同じ声。

 振り向くこともできない、恐怖で振動する視界にゆっくりと、少しずつ、〝なにか〟がやってくる。


「  か え ら  な い で 」


 僕がそこで見たのは、

 長い黒髪を顔面に垂らし佇む、ずぶ濡れの女の姿だった。

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