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絶叫――。力の限り、全てを投げ打って絶叫。
そうする、はずだった。
そうする予定だった。
そこで僕はそうしなければならなかった。なのに。
途端、真上からスポットライトのような光が降り注ぎ、
「――カァーット! カット! カット! カットだっつの‼︎」
メガホンを持った
「なになに、どうしたんすか」
「なんか問題ありました?」
「どうしたもこうしたも無いわよ! カメラ止めて今すぐに!」
極端に太い男子生徒、
照明の光が教室中に行き渡ったところで、教卓裏、ゴミ箱の横、またはカーテンの陰から、ちらほらと生徒らが顔を出し、野球の試合中にやるマウンド上の作戦会議みたく僕らのもとに集結する。
何事だといった顔を並べる集団の中で、ただ一人、百合子だけは頭を抱えて飛び跳ねてい。
「
「だーっ! みんな気がつかなかったの⁉︎ かなみぃ……あんたのことよ!」
「えっ、私?」
指摘され、長い黒髪を垂らしていた彼女は、
「衣装はだけ過ぎ! ブラ見えてる!」
「エッ――」
例えそれが事実だったとしてもだ。そんなデリケートなこと大声で言うもんじゃあない。
百合子の甲高い宣告は、瞬時にその場全員の視線を部内のマドンナ、
悪いと思ったが、僕もそうした。
確かに、合わさっている布地の先で女子にとってどうしても隠しておきたい程よく膨らんだそこを守るパステルピンクと白のドット柄──彼女の下着が顔を覗かせていた。
重ねて悪いと思ったが、思春期真っ只中の僕ら男子にとって、こんなラッキー見逃す訳にいかず。本能に従い、彼女が悲鳴を上げうずくまるその瞬間までもちろん視線は釘づけだった。
「や、やだ! やめて見ないでお願い! いやあああああ――‼︎」
可愛い声を出しながら後ろを向きへたり込んだ白装束の彼女だったが、残念。演出の為に大量に被った水のせいで所々透けて、もう目のやり場に困る。いや、困りはしないと訂正する。
ありがとう、ごちそうさまです。
自分で思って最低だと思うも反省はしない。
水滴を髪の先から垂らし、耳まで真っ赤にするかなみを、ひときわ小柄な後輩女子の
「男子! じろじろ見てんな! いつまでも鼻の下伸ばしてるとブッ叩くからね!」
「一旦中止です! ドライヤー持ってきて下さい!」
「あと、録画したやつ全部消すように!」
えええー……。
「えー! じゃないッ! 殺すよ変態共!」
眼鏡の奥の瞳を吊り上げ、百合子はもはや牙が生えてきそうな勢いだった。
「こんなとこ先生に見られたら、なにやってんのって怒られるよ」
ガリガリ体型の斜丸がノートパソコンを閉じて溜め息を吐く。ごもっともだ。ほんと僕たちなにやってんだ。
◆◆◆
都会から遠く離れた山あいに広がる田舎町、
自然豊かで穏やかな町と言えば聞こえはいいが、時折り山から獣が降りてきて面倒を起こすし、電車は一時間に基本一本、コンビニは二十四時間営業ではない、ビルや娯楽施設の代わりに田畑が果てしなく広がっている。これといった観光スポットや名物が存在するでもない。東京なんかから来た人からすれば、これほどがっかりする場所はないだろう。
そんな味気ないこの町に一つだけある我らが母校──加美木中学校の文化部の枠の中に『映画部』という部が存在するのだが。それこそが僕らの所属する部活動の名目であり、このあべこべな状況を生んだ要因と言える。
その名の通り、『映画部』は映像を研究作製することを目的とした部で、端的に説明すると僕らは夏休みの最中に合宿として学校に泊まり込み、夜も更けたこんな時間まで映画を作成していた。というわけだ。
白い着物に黒長の髪の女。ベタすぎる格好の役者と真っ暗な教室というシチュエーションからしてどんな内容の映画かはお分かり頂けるだろう。
そもそも何故こんなふうに映画を作ることになったかといえば。
映画部部長の百合子が『中学生映像コンクール』というものにうちの部をエントリーさせたことが始まりだった。
後先考えない百合子が言うには、賞金は五十万、しかも大賞に選ばれればテレビで放送されるとのこと。これに釣られ、そして締め切り間近ということもあって、応募してしまったらしいのだ。
もちろん部員からのブーイングはすごかった。だってエントリーしたは良いが、他校と競えるような映像なんてうちにはないのだから。過去に何度かその手のコンクールに応募したことはあったが、映画部は十名以下の常に廃部の危機が這い寄るお粗末な部。
どう足掻いても人手不足の力不足。そのお陰で自慢じゃないが入選はおろか、佳作にすら食い込んだことはない。
お披露目出来ても新入生歓迎会か三年生を送る会で流す簡単なショートムービぐらいだ。だから普段は何気なく短い動画を撮って、適当に編集を加えネットだかに流して楽しむという、はたから見たらなんか虚しい、お気楽な部であったというのに。
どうせ作ったところで、弱小のうちなんかじゃ太刀打ちできない。無理して恥をかくことはない、エントリーを取り消してくれ。ぶう垂れる僕らに短気な彼女はこう言うのだった。
「あんたら良いのこのままで! あたしらは映画部なのよ! それなのに他からなんて言われてるか知ってる? 映画部(仮)だとか、MAD作成部だとか! ユーチュー部とかよ! ねえ恥ずかしくないの⁉︎ あたしは恥ずかしい、すっごい恥ずかしい! 去年はまだ良かったわ、先輩もコンクールに出そうと色々やってくれた、だけどあたしらが三年になってからよ! くっだらない動画作って、CG加工してネットにあげるばっか、そればっかよ! そんなの映画部なんて言えないじゃないの! だから今回のは映画部を立て直す修行だと思いなさい! それに賞金だって入るのよ! 五十万もあればもっといい機材もソフトもカメラも買える、今年入ってきた
矢継ぎ早に言われ、誰も彼女に反論することができなかった。草食系ばかりが揃うこの部だ、誰が肉食獣のような彼女に反論ができよう。
そんなことが春にあってから、僕らは締め切りの秋までに一本の長編映画を成り行きで制作することになった。
長編と言っても普通の二時間半の映画じゃなくて、三十分から一時間を目安としたストーリー性のある映像が課題だ。
テーマは自由、恋愛でもミステリーでも加工を施してSFっぽくしてみてもいい、とにかくインパクトがある作品を期待しているらしい。
どんなジャンルがいいか、様々な議論を繰り広げたすえ、撮ることに決まったのがホラー映画だった。
インパクト重視であるならば、王道の恋愛系なんかよりこっちの方が良いと、決めたは良いがそこからがまた困難を極めた。
春先から何本か作ってはみたが、ホラーなんて今まで制作経験がないからどうにもこうにも感じが掴めず、むしろ素人が作成するホラー映画が此処までわざとらしく、間抜けっぽく見えるのだと痛感した。
そりゃそうだ。ホラーなんて視聴者に恐怖を与えなければホラーと言えない。そうでなければただの茶番だ。
恐怖こそが全ての主軸。恐怖を感じてそこで初めてホラーになるのだ。人間の感情の中で最も濃いそれを人の手で引き出すのは、生易しいことじゃない。
頭を絞り、何十本ものDVDを借り、僕たちはオカルト研究部のようにそれらを観続け、映像で感じる恐怖の根幹、魅せ方を熱心に研究した。
だが、結局は素人中学生の集まり。撮った作品を見直しても、これといった進歩は感じられなかった。
編集も加工も、撮り方もそれなりに上達しているはずなのに、やはり肝心な何かが足らない。その前にツメが甘いのか。ブラチラした状態で迫る白い着物の女なんて、一体これはなんのプレイなんだ。
「――つうかさ、これこのままコメディにすれば意外とインパクトあるかもな。つか初めから性教育ビデオ作ればいんじゃね、ジャンル不問なんだし」
おいおい。なにを言ってくれるんだと振り向けば、ニタニタと笑みを浮かべた、がたいの良い坊主頭、泥まみれの野球のユニフォームの西川コメンテーターが僕の肩に強引に腕を回した。
「ガッツ!」
百合子がかなみの頭を乾かしながら不謹慎なことを言うなと声を荒げる。
「だって全然怖くねーよ。インパクトのいの字もないね」
ケラケラ笑う彼は野球部兼、面白そうだからという理由で映画部の評価担当をしてくれている三年の
制作側では近すぎてわからないことを外側から観察して指摘してくれる。辛口評価過ぎて凹むくらい正直に、しかも言わなくていいことさえ容赦なく付け足すので、彼は部長で勝気な
「まあー、演技は良かったと思う。特に
僕ですかガッツさん。
「おう、相変わらずすげえな、表情もわざとらしくねえし、役に入りきってると思ったぜ」
でも、と彼はしょうもないものを見るように僕らをぐるりと見回した。
「しょーじきに言わせてもらうと、なんかやっぱ違うわ。だってよ、学校でなんで着物の女なわけよ? 屋敷とかならわかるけど、背景が学校なら制服でもよくね? なんであえて着物よ、不自然すぎるわ。あとよォ、スマホ取ってなんでそのあと知らない電話番号に出ちゃうわけ? フツー出ねえだろ、そこで一目散だろ。なんつうか家から戻ってくるとこから撮るのも余計だし、そこカットでいいだろ。てかスマホなんて明日でいいだろべつに!」
総評すると全体的に狙ってる臭い。だそうだ。
僕もそう思った。スマホなんて明日でいい。役に入りきっていたから気にしなかったが、今考えるとやっぱりどこか変だ。
彼は僕らの作品を毎度ボロカス言ってくれるが、その評価はいつも的を射ている。
ひょろデブコンビの斜丸と左門は椅子に沈み込んで情けない顔で唸り。百合子は気に食わなそうな顔で「コメントありがと、汚いから直ぐシャワー室に行って」と告げ。垂瓦とかなみの方は、ホラーって難しいよおと頭を抱えた。
設定が凝り過ぎていたり、どこか不自然だったり、思わぬハプニングも含め軽い反省会をし、時間も時間であるからと、僕らは教室で荷物を纏め、合宿中宿代わりにしている視聴覚室に戻ることにした。
ガッツの容赦ないダメ出しもあって、結局今回の脚本はボツ。同時に僕が演じた臆病で体の弱い、恐怖よりスマホを優先してしまう「
僕は眼鏡と共に孝太郎の皮を脱ぎ捨て、彼に別れを告げる。
さようなら、コウタロウ。また会う日まで。
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