その音、聞こえてますよ

 ひとつ前のお話しで書いたように、私のアパートは左右と上下の世帯と部屋が隣接している。とはいっても上の階からは最初の一年間、全く生活音が聞こえてこなかった。誰も住んでいないようだった。


 しかし、数か月に一度、一週間程度、誰かが滞在している音が聞こえていた。決まって祝日や連休、イースターの時だった。


 気になって不動産サイトで住所を入力すると、何年も前に上の階の部屋を購入した人がいるようで(売買記録まで分かるという恐ろしさ)、恐らくその人が郊外のセカンドハウスとして使っているのだろうという結論に達した。


 しかし。


 たまに来るだけならよかった。一週間そこらの滞在なら我慢すればまた平穏が訪れるからだ。だが、ある日、上の階の住人は買った家を賃貸に出したのだ。


 ある時から上の階から話し声や何かを工事する音が聞こえ、またある時から人の気配を感じられるようになり、そして生活音が聞こえるようになった。


 入居者が生活を始めたのだった。


 家族なのか、恋人同士なのかはわからないが大人の男女が一名ずつ。


 悪夢の再来だった。


 夜にはゲームをしているのかテレビを見ているのか、私の部屋の寝室まで音がつつぬけで、深夜2時過ぎまで眠れない夜を過ごすこともあった。


 生活音は足音をはじめ、ドンドン、ガンガン、非常にうるさい。風邪をひいた時もすぐにわかった。夜中まで咳が止まらないようで、結局夜も更けた頃に病院に行ったようだった。かわいそうだとは思うが、こちらも眠れぬ夜を過ごすわけで、心中複雑である。


 日本でも上の階の住人の足音に悩む人は少なくないだろう。けれど、日本の方がマシだろうなと思う。なぜなら、ほぼ全ての日本人は玄関で靴を脱ぐからだ。英国は靴を玄関で脱ぐという習慣はなく、家の中まで靴で歩く。


 靴が着地する音と、体重が乗っかって床がミシッとする音の両方が聞こえる。女性は特に迷惑だ。朝早くからヒールのカツカツとした音がアパート中に響くんじゃないかというほどよく聞こえる。その音で目覚めたこともある。


 朝目覚めるといえば、朝早くシャワーを浴びるのが習慣なようで週に何回もシャワーの音で目が覚める。朝の6時前後だろうか。私が起きるのが7時なので、一時間前に起こされることになる。


 シャワーが浴室に跳ね返る音や、浴槽に水をためているような音も聞こえる。一番うるさいのが水道管の音で、シャーッという音が5分から10分続くのでいや応なしに目が覚める。


 極めつけは、トイレだ。


 聞こえるのだ。あの、せせらぎの音が。


 私の寝室のちょうど斜め上がトイレなのだと思う。寝る前にうとうとしていると、聞こえることがよくある。眠りに落ちる時の音としては不愉快極まりない。


 聞きたくもない音だが、家の壁が薄いのだから仕方がない。せめて自分の音が階下の住人に聞こえていないことを願うばかりである。


 結局、不動産屋に相談した。私のつたない英語力では不安だったので、現地の人に協力してもらって相談した。テレビの音はきっと何とかなるだろう。しかし、生活習慣を変えろと言うのは気が引ける。そろそろ、私も引っ越す時が来たのだろうか。

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