第7話 結婚式

 ようやく、この時が来た。

 

「緊張してるのか? 震えてるぞ」

「だ、大丈夫」


 僕の横で、ウェディングドレスを着て、入場の時を今か今かと待ってくれる人がいる。

 いったいここに至るまで、僕はどれだけの時間を過ごしたんだろう。

 

 幸之助こうのすけを殺していっぱいいっぱいになり気絶して、警察病院で目覚め、逮捕される直前までいった1回目。

 神大じんだいを犯人と考え、彼を殺そうと彼の目の前に現れたことでタイムリープ……そのことで、神大が犯人だと確信した2回目。

 そこから数十回は、神大の命を奪うべくの行動……ここだけで、いったい何十年経ったことか……。

 そして協力者やもう1人のタイムリープ犯との出会い……あれは大きかった。結果的に逮捕されることとなったが……真犯人、雛子ひなこを殺すことに繋がった。


「どうしたの?」

「あ……ああ、感慨深くてな……」


 気づけば、誓いのキスか……。いけないな、ここに至るまでの道筋なんて、後でいくらだって振り返ればいいんだ。


 そうして僕は、ベールを上げる。


また長い髪が片目だけにかかってるじゃないか、まったく。顔をしっかり、見せてくれ。


「幸せになろう」

「うん……よろしくお願いするッス!」


 僕と未姫みきは、唇を重ねた。



「終わった……」


 結婚式から1日経った。なんだか溜息が出てしまうな。

 未姫も同じ想いなのか溜息を吐いた後、僕に寄ってきた。


「そのうちマイホームが欲しいッスねー」

「未姫、その、~ッス、って話し方どうにからないのか?」

「んー今更ッスねー。もう癖だからねー」


 結婚式、披露宴、二次会三次会……何次会までやったっけ? 起きたら、もう12時近くとはな……。


 まだ2人の貯金ではマイホームは厳しく、アパートを借りるしかない。それでも2DKある。まあ、新婚には充分だろう。


「なんッスか? じーっと見て」

「未姫の髪、綺麗だなと思って」

「ええ? 結構クセっ毛ッスよー」


 こうして未姫を見ていると、知らないことばかりだと気付いた。同棲を経ずに結婚したからか? 未姫の長い髪がクセもありつつ綺麗なこと、それが片目にかからないようかき上げる動作が色っぽいこと、何気に脚が長いこと。知らなかった。


 ま……そういう新しい発見が続くのも、新婚生活の醍醐味なんじゃないかな。


「んーー、そういう奏多かなたくんの髪もさらっさらッスねー! なんだか初めて見た気分ッス!」


 撫でるな撫でるな。

 未姫も同じように思っていたのか……似た者同士だな。そういえば初めて会った時も、全く同じ境遇だったな。懐かしい。懐かしいが……あれはどこだった?


「あれ……?」


 未姫が人差し指を唇に当てて上を向いている。たぶん僕がしている表情も、同じようなものだろう。お互い、頭の上にハテナマークが浮かんでいる。


「初めてって言って思ったんスけどー、あたし達って、何であんな公園の片隅で出会ったんだっけ?」


 そうだ、公園の小屋だ。

 あそこで、僕は警察に追われていて、未姫もそうだったんだ。


「警察に……?」


 いや、そうだ。僕はタイムリープの波の中で、警察に追われたこともあった。けど、未姫と出会ったのは大学のテニスサークルで……。


「ん?」


 いや、大学のテニスサークルで出会ったのは雛子……遠坂雛子とうさか ひなこだ……僕は彼女と結婚する直前にタイムリープを……。


「奏多くん、なんであたし達、結婚してるんスかね?」

「そんなこと、僕の方が……!」


 そうだ……そうだそうだそうだ! 僕は時間を取り戻すために、何度も何度もタイムリープをした。犯人を殺すために! その中で、この協力者、未姫を利用して……!


 待て、ということは、これは……。


「もしかして、また……」

「またタイムリープによる改変だ!」


 僕と未姫は同じ大学だったようで、年齢的に僕が大学3年のとき未姫は1年のはず……未姫が本来の大学に入るようにして時間改変すれば、出会わせることは難しくない……。

 そしてそうなると……!


 真犯人は、雛子じゃない!?


 ありえない……もう雛子の周りにいる人間で怪しい人物はいなかった!

 だが、こうしてまた偽りの時間が始まっているということは、他にいるってことじゃないか……! 雛子の周りにいる人間が犯人、そこからすでに間違っていたとでもいうのか!?


 それに、なんで今回、時間改変が起こったと感じるまで時間がかかった……? これまで、目覚めて少ししてから、それに気付けたのに。いや、タイムリープがあったこと自体は分かっていた……結婚式の最中、僕はそれを思い返していたんだから。じゃあ、なんで改変には気付かなかった!?


「困ったことになったッスねー。でもあたし的には、奏多くんに一目惚れしてたからいいッスけどね! そうじゃないと、警察に追い詰められた時、自分を犠牲になんかしないッスよー」


 何を呑気な……!


「とはいえ」


 ん? 

 未姫……いつ見ても笑顔だったのに、なぜ突然無表情に……?

それに、手に持っているものは何だ……いつの間に……?


「全部思い出した所で……聞きたいことがあったんスよねー……」

「み、未姫、それは……」

「包丁ッスよ? 見たら分かるよね?」


 な、なんでそれを僕に向けて近付いて……! いや、心当たりはあるんだ……僕は……!

 そ、それに未姫は、神大をめった刺しにして笑っているような人間……今だって、僕に、いつもと違う笑顔を向けて……! そんな底の見えない瞳で僕を見るな!


「落ち着け……落ち着け未姫ー!」

「あ!」


 未姫は油断していた。

 僕が出来ることなんて、隙をついて家の外に逃げることだけだ!



一先ひとまず未姫は追ってこない……」


 アパートから離れ、何度も後ろを振り返った。

 この前警察から逃げた時よりも、息が上がっている気がするな……。


「やはり、バレているということか……」


 前回の時間の中、僕は未姫に2つの嘘を吐いている。未姫はどうも、そのどちらかか、あるいは両方に気付いた後、この時間軸にリープしてきたようだ。


 まず僕は……ココノエを殺していない。

 だから僕は、1年で刑務所から出ることが出来た。捕まったのは、真犯人が僕のPCに仕込んだ犯罪予告が実際に起こっていたから。僕は何もしていないがそれを証拠にされてしまった。でも、僕としては捕まった方が都合が良いから罪を認めた。その起こった犯罪も軽いものだったからな。


 未姫に見せたココノエが死んだものを映した画像は、ココノエと手を組む代わりに、ココノエに協力させて撮影したもの……ただココノエに倒れてもらっただけのもの。


 それをした理由は、未姫も神大を殺さずに戻った場合に使えると思ったからだ。


 あの交換殺人を行った時、僕がココノエを殺してしまえば未姫だけタイムリープが解除され、神大を殺す人間がいなくなる。未姫から見たらその逆。待つしかない、という状況だった。だから、互いに何も起こさず戻ることもあり得た。

 そんな時、僕がココノエを殺した画像を見せれば、なぜタイムリープが戻らないかは分からないが、未姫に神大殺しを強制する材料になる、というわけだ。

 

 もうひとつの嘘は、警察に追い詰められた時のもの。あたかも2人が助かる方法を取るため、未姫を一旦犠牲にしたようにしたが、そうではない。あれは僕が、雛子や神大の周りを洗うための、探偵に依頼する時間を稼ぐためのもの。未姫には何も関係がない。


 ひとつ目の件は、未姫が刑期を終えてか脱獄でもしたか分からないが、どこかでココノエと出会ってしまったから気付かれたか。ふたつ目の件は、まあ、バレると思っていた。


「いや、待て」


 僕が雛子を殺し、タイムリープが起きたのは僕らが捕まってから1年後。しかし、明確な殺人を犯した未姫が1年で出てこられるはずもない……なぜタイムリープが起きるまでの1年間で、ココノエが生きていることに気付いた?


 そうだ、そもそも。


 なぜ互いに、タイムリープをしたと分かっているんだ? そうだ……これが一番の問題じゃないか!


 これまで、僕は真犯人XのXリープ、未姫はココノエリープを感知出来たが、その逆は出来なかった。なのに、なんで……!


「ココノエの方が未姫に接触した? そして、Xとココノエが同時にタイムリープをした……?」


 ココノエが未姫に接触した理由は分からないが、同時のタイムリープと考えれば、多少納得が行く。2人のタイムリープ犯が同時にリープさせたせいで、僕も未姫も2人ともが感知出来るタイムリープとなった。しかし、感知できないリープも合わさっているんだから、時間改変に気付くことが遅れた……!


「だが、そんな偶然に……」


 ありえるのか? 2人の犯人が同じタイミングで行い、そして2人のタイムリープを感知できる僕と未姫が結婚させられる。


 ありえない。


「Xとココノエ、繋がっている……?」


 あるとすれば、これしかない。勿論、繋がったのはどのタイミングかは分からない。僕とココノエが会う前か、後か……。監視しないといけない僕と未姫を同じ場所に置かせることで、2人の犯人が交代で見張るというなら、犯人らにメリットがない訳じゃない。


 ココノエ……僕と組もうと言っておきながら……!


 こうなってしまったらどうなる? 僕はXもココノエも殺さないと正しい時間に戻れないのか? いや……記憶が混濁したのは、片方のタイムリープは感知していないんだから、やはり僕が殺すべきは、Xだけ。そしてそうすれば、僕は正しい時間に戻ることが出来て、未姫と出会った事実もなくなる……この未姫から狙われる事態からも逃れられる……!


 とにかく、僕は犯人を見つけ出して殺す……それが僕の目的だったじゃないか!


「奏多くん」


 ……あれ。


「奏多くん、悪いクセッスね。考え始めると周りが見えなくなって、足、止まってたッスよ?」


 そうだ、僕は考えるのは苦手じゃないが、どうしてもいつも……。


……ん? 僕は考えるのは苦手じゃないんだ、なぜ頭が周らない……?


「これ、またあたし逮捕されちゃうッスね。まあ仕方ないですねー。どうせそのうち、タイムリープが起こるから、それを待つッス」


 そうか、僕の身体から血液が抜けていっているせいか……いつからだ? こんな地面が顔の近くにあったのは……。


 未姫……ヤンデレというよりメンヘラの類か……そっちも嫌いじゃないが……実際に刺されるなんて……。


 はは……僕はいったい、最後に何を考えているんだ……よ……。

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