第6話 逮捕

 1時間程経ったか。

 事前に未姫と打ち合わせていた通り、僕は公園の小屋へと戻ってきた。幸運にも、警察に捕まるどころかその姿さえ見ていない。


「お、奏多かなたくん戻ったッスかー!」


 扉を開けると、未姫みきがすでに、輝く笑顔を携えて手を広げていた。それは、抱きついて欲しいのか? それに、なぜ着替えている……。


「あの家でっかいですねー、いつかはあんな家に住んでみたいッスー!」


 あの家……雛子ひなこの家か。今日6月5日は、神大じんだい幸之助こうのすけを僕が殺さないよう見張るため、雛子の家かその近くにいる。だから未姫はそこに行った。

未姫が雛子の家に行ったのは間違いないようだし、今ここにいる以上警察に捕まったわけではない。にも関わらず、僕の偽りの時間は解かれていない。ということは……やはり未姫と神大は……!


「これ、見て欲しいッス! 道にスマホを置いて、遅塚ちづかくんが来るのを待ってた……で、あたしの前を通り過ぎた時……」


 未姫が差し出したスマホが映すのは……神大が崩れ落ちていく様だった。

まず未姫は、神大の足を払った後、背中に馬乗りになり、タイムリープを使わせないように両肩を刺した。神大は両手を叩くことでそれを行うから。次いで片方の手首を切り落として、今度こそタイムリープをさせないようにして、足、腕、残った手、背中……最後に首……無慈悲にメトロノームのように、神大を刺し続けていた。


 後姿が映る、未姫の笑い声を添えて。


「な……」

「ここでたくさん血を浴びたから、着替えたんスよね~。ショートパンツだけど、スカートの方が好きッスか? 着替え持ってて良かったー」


 そんなことはどうでもいい……何だこの映像は!?


「ところで、奏多くんも戻ったってことは……」

「あ、ああ、僕は動画じゃなくて写真だがな……」


 僕のスマホにも、ココノエを捉えた写真がある。互いにそれは申し合わせたわけじゃなかったが、やることは同じだったか。

 

「なんか派手さに欠けるッスね」

「君のと比較しないで欲しいな……」


 それにしても、未姫……。


 僕は、僕の時間を奪った遅塚神大ちづか じんだいを恨んでいる。殺したい程そう思い、実際何度も殺そうとしていた。そんな僕がいよいよ神大を殺せるとなっても、果たして未姫がした程のことをしただろうか?


 しかもあの笑い声……連想させるのはヤンデレという奴だが、今日出会ったばかりの僕に、未姫が好意を抱くはずもない。嫌いじゃないけどな、ヤンデレというのは。


 いやそれよりも大きな問題がある。


「でも、なんで元の時間に戻らないッスか?」


 それだ。


 あの動画……未姫が神大を殺していないとは到底思えない。

 だが僕は、正しい時間に戻っていない。タイムラグがあるのか? なぜ?


 僕は元々、犯人を殺しさえすれば、全てが元に戻ると思っていた。それは未姫も考えていたようだし、何よりタイムリープ犯の1人、ココノエもそう言っていた。この方法が間違っているとは思えない。


「まさかとは思うんだけど……お互い、犯人間違えたッスか……?」


 間違えた? 犯人を? じゃあ、真犯人は?


 ……分からない……。


 僕はずっと、遅塚神大を犯人だと断定して、何度も何度も何度も何度も同じ時間を過ごしてきた。犯人が他にいるなんて、全く考慮していない!


 いったんわざとタイムリープさせて、全てを元に戻すか? いや、それをするには神大がいなくてはいけないのに、奴は死んで何も起こっていない……。タイムリープ犯がいない……。


「!」


 外が騒がしい……子供がハシャぐような声でもない……複数の大人がいる。


「あ……これ、ヤバイかもしれないッス!」


 未姫が小屋の扉をわずかに開けて外を伺っていた。


「警察!」


 そうだ……未姫はあれだけ目立った殺人を犯したんだ……目撃者がいたってなんら不思議じゃない。そして、この場所に潜伏していることを通報されれば……。

 くそ……ここに来るまで警察を見なかったのは、警察が態勢を整えていたからか……。恐らく、すでに僕の姿も確認されているだろう。こうなっては未姫はただの厄介者……どうせココノエと出会ったこととで、未姫は切り捨てるつもりだったんだ。こんな状況なら……。


「未姫!」

「はい!」

「僕に考えがある。どうせ、僕も君も捕まるだろう。だけど、タイムリープ犯のことは僕らしか知らない……僕らがなんとかしないといけない。だけど、こうして逮捕される事で、逆に出来ることがあるんだ。ただ……!」

「今すぐ捕まるわけにはいかない……そういうことッスか。分かりました……たぶんこうなったのはあたしのせいッス……あたしが囮になるから、奏多くんは逃げて欲しいッス!」


 察しがいいな……こんな時だけ。


 だが……僕は必ず、ここは逃げて見せる……そして、今度こそ真犯人を殺す!



 僕が捕まってから、1年が経った。

 久しぶりの外の空気……。


 真犯人も想定していないだろう、僕がこんなに早く外に出られるなんて。脱獄でもないし、裏取引のようなものをしたわけではない。僕は神大か、もしくは真犯人に仕組まれた分だけ、刑期を終えた。


 神大との争いの中で、僕は長期戦を見込んで最大5年、神大を殺すのを待っていたことがある……1年なんて、大した時間じゃない。


「よし、届いているな……」


 僕は実家に来ていた。

 刑務所にいる間、1人暮らしのアパートは家賃が払えない。当然捕まった段階で解約だ。だから、僕が資料送付を依頼していたのが実家だった。両親には、僕が捕まるのは訳があり、この資料は出てきてから絶対に必要なものだから開けないで欲しいと言っておいた。どうやら、開けた様子もない。


「思ったより少ないな……」


 1年前、未姫と別れてから僕がしたことは、探偵への依頼だった。


 依頼内容は、3年半前から今に至るまでの、雛子と神大の身辺調査。もっとも、神大は死んでいるから、過去の調査をしてもらった。

3年前とは……いや、今この時点から考えれば4年前だが、僕が雛子と、本当なら出会っていた時。偽りの時間で、雛子が僕のことをいっさい知らないとなれば、その少し前に何かあったということ。ならば、その時点で雛子と関係が深い人物が真犯人である可能性が高い。


 もしこれを、僕がシャバにいる段階で行っては、真犯人に気づかれたら即タイムリープだ。でも、僕は探偵に依頼したこの半年間、ずっと塀の中にいた。真犯人だって、そんな僕を警戒する意味もない……探偵にだって気付くはずがない。

 未姫に、逮捕されてこそ出来ることがあると言ったのは、そういう訳だ。


幸之助こうのすけは雛子の家庭教師だったのか……」


 偽りの夫、野中幸之助のなか こうのすけ。雛子がこいつと出会ったのは、その時のようだ。そういえば雛子は、大学生にもなって家庭教師を雇っちゃったと、正しい時間の中でも語っていた。何か資格を取るためだったはず。

 しかし、僕の記憶にもあるということは、元々幸之助は雛子の家庭教師で、時間改変による変化はないということになる。違うとすれば、その資格取得に僕が知っているよりも力を入れていること。本当なら、それをやりつつ僕と同じテニスサークルに入り、僕と出会っていた。


 資料をめくると、次に出てきたのは遅塚神大ちづか じんだいの名だった。どうも雛子が資格を獲得するのを後押ししたのが、神大だったようだ。その実、幸之助と雛子をくっつけるためのものだったんだろう。でも、たったそれだけのことで、僕は今こうしているのか。時間の流れとは本当に恐ろしい。


「重要なのはここから……」


 偽りの時間の中で、僕が雛子と結婚しなかった、それはいい。だが、全くの1度も、雛子と僕が会わないなどありえるだろうか?

 僕と雛子は、学科こそ違えど同じ学部で、同じ年次。講義が同じになったり、何度か大学ですれ違ったりすれば、どこかで見たことがあるかも、程度にはなるはず。


 でも、初めてタイムリープを自覚し、雛子の家に行ったときの雛子の態度……そんな様子は微塵もなかった。


「誰かがコントロールしていたはず……」


 どうやってコントロールしたか、それは分からない。ちょっとしたことで変化する時間の流れだ、僕と雛子が少しでも知り合ってしまえば、結果は違うはず。

 だから全てが上手くいくまで、真犯人は何度もタイムリープしたんだろう……それこそ、マンガやドラマの主人公のように。僕がタイムリープに気付いたのは、それが成就して生活が一変したからか……。


「……いない」


 雛子の周りには、大学では僕も知っているような友達、大学外では幸之助と神大……それくらいしか交流がない。その友達だって、箱入りだった雛子はあまり多くは持っていなかったし、表面上の付き合い程度だったと、僕は記憶している。サークルに入るまで、雛子は暗い性格だったとも聞いていた。そんな雛子のサークルに入っていない状態での友達が、大きな影響を及ぼせるはずがない。


 ……これは……。


 僕は獄中でも、誰が真犯人かずっと考えていた。僕がこうなってしまった全ての元凶だ、それ以外のことなんて考える必要はなかった。


 そうして、雛子をコントロールして僕に会わせないようにして、幸之助や神大とも繋がりがあるような人物。それが真犯人だと考えていたんだ。

 真犯人は、僕が幸之助を殺したことで、僕がタイムリープを感知していることに気付くことになる。そして、僕が次に狙うのは神大であることを想像するのは簡単だろう。


 なら真犯人がすべきは、僕と神大を監視すること。いや、神大には助言をしていたに違いない。僕が神大を狙っているから、路地裏などに注意しろ、と。そうして、ピンチになったら手を鳴らせば必ず助かる……とでも言ったんだ。

 真犯人はタイムリープ出来る……未来に起こることを予言すると言って、大きなニュースになることをあらかじめ神大に伝えておく。そしてそれが報道されたのを見せれば、神大は簡単に信じてしまっただろう。


 僕が初めて神大を襲った時に動揺していたのは、そんなやりとりがあったからだと考えれば納得できるしな。

 

「でも……1人だってそんな人間、いないじゃないか……!」


 なんだこれ。目から涙が出る。

 この1年……いや、何十回と時間を繰り返したんだ、もう何十年かもしれない。僕の時間を奪った、ずっと殺したいと追っていた犯人……それは……。



 繰り返されたタイムリープのせいで、僕の体感時間ではもうどれだけ前なのか分からない、雛子との出会い。確か、サークルに入った雛子が初めて打ったサーブが、僕に直撃したからだっけ。

 そういえば、偽りの時間で僕の部屋には、大学関係のテニス大会で準優勝したトロフィーがあった。正しい時間ではそんなことはなかった……。僕が雛子と出会わないことで、テニスに打ち込んだ結果ということか? やはり何かが動くきっかけなんて、本当に些細なことなんだな……。


「ここに来るのも久しぶりだな……幸之助を殺した時以来かな?」


 今日幸之助がいないのは分かっている。僕が勤めていた会社は、第3土曜だけは会社に行かなくてはならない。業務の都合上仕方ないし、代わりに水曜が休みになるから文句はなかったが。

 そして雛子も、今日は出かけない。さらに、家にいる時は自室にいることが多い。特に1人でいる休日は、間違いなくそこにいる。


 すでに家の中には裏口から侵入した。

 僕がここを使ったのは幸之助を殺した時だけだが、それはタイムリープでなかったことになっている。もっとも、真犯人から見ては2回目かもしれないが、1回目だってここから入ったと気付いていたかどうかは分からない。

 真犯人に気付かれているかどうか、その判断は簡単だ。


 タイムリープしたかどうか。

 

 今はまだこの時間にいられるということは、気付かれていない。これ以上気付かれる危険を冒す必要もない……あとはただ、部屋の前で待つだけ。部屋に入れば即座にタイムリープだろうから。飯かトイレか、そのために部屋から出て来たら……。


「!」


 思ったより早かった……これで……!


 僕の足元には、僕が使ったナイフと赤い液体……倒れた真犯人が……雛子がある。ふいをついて腹を刺した……脈を確認したが、もう何も刻んでいなかった。


「なぜだ……なぜなんだ、雛子……!」


 雛子の身体から流れ出る液体が多いか、それとも僕の目から流れる液体が多いか。僕は、雛子との本当の記憶しか繰り返すことが出来ない。


 なぜなんだ、雛子。

 君は結婚式の直前、僕に何と言った?


『幸せにしてね、奏多』


 そう言ったじゃないか! あの言葉、嘘だったとは思えない……思いたくない!


「だけど……だけど……!」


 雛子が真犯人ということ以外考えられない……全ての筋が通ってしまう……!


 僕が神大を犯人だと思ったのは、幸之助との繋がりが強かったから。そして、幸之助の死の後のタイムリープは、翌日起こったものだったからでもある。これにより、幸之助の家族ではないと考えられる。

 でも雛子が新犯人であり、幸之助に、もう1人会社に入れるように薦めていて、スケープゴートとしていた。そして、幸之助が死んですぐにそれを知っていたのに、僕に神大が犯人だと思わせるため、わざと1日タイムリープをずらしたのだとしたら……。


 僕が神大を何度も殺そうとした時、直前にタイムリープしていた。当然、神大が自分の命を守るべくやっていると僕は思っていた。

でも雛子が真犯人であり、神大の近くにいられる雛子が監視していて、神大が死なないようにコントロールしていたんだとしたら……。


 同じ大学で同じ学部の僕と雛子、いかに時間を変えられたとしても、全く面識がないとは思えない。どれだけ外部からコントロールしても、4年という時間の中、何度タイムリープしたって出来ることじゃない。

 でも雛子が真犯人であり、大学時代僕を避け、仮に会っていたとしても知らなかったことにすれば……。


 それでいて、あの探偵の成果物。

 怪しかった幸之助や神大は犯人ではなく、それ以外で雛子の近くにいたのは誰もいない。


「何もかも、雛子が真犯人であるとしか告げていないじゃないか!」


 雛子がタイムリープをして、僕との結婚を無かったことにした、その理由は分からない。

 あるとすれば想像でしかないけど、仕事で成果を残せない僕に対し、結婚式直前に思い直した……? 確かに、逆玉で入った会社……周りの目も厳しくて思うように動けていなかったが……。それでいて、あの野中幸之助という男は優秀なようだからな……。


「だけど……」


 雛子を殺すなんて、絶対あってはいけないことだったけど……僕は犯人を殺さないといけなかった、仕方ない。

 これで僕の目的は、果たされた。

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