第5話 被害者達
「誰だ……お前は」
「あたしは
この女……近藤未姫……。
短めのスカートに、片目が隠れる程のアシンメトリーな長い髪。履き物もパンプスだし、警官でないことは分かる。しかし、こんな所に何の用だ?
神大の息がかかったもの……ではないか。警察が動くように仕込んだ上で、こんな訳の分からない女を送り込む必要はない。
それにこの女、第一声なんと言った? “まさか警察じゃないよな”、そんなことを言った……まさか……。
「お前も警察に追われているのか?」
「あ、それで察したッス。似たもの同士、隠れる場所も同じになるんスねー」
やはりこいつもか……。その妙なしゃべり方だけは同じではないがな。
だが厄介だ……警察に追われている者が2人揃っている……追手も倍になるってことじゃないか。2人で一緒にいる以上、どちらを追っている警官が来ようとも、事情聴取で2人とも連れていかれてアウト。
この場を離れた方が……。
「あたし、もう逃げるより隠れてようかと思って。暇になりそうだから丁度よかったッス、信じなくてもいいから聞いてくださいよ~」
なんだこの女……隠れる気があるならもっと大人しく……。
「あたし、タイムリープって奴に巻き込まれてるんスよねー。あたしの知ってる時間、どっか行っちゃったッス」
「タイムリープ!?」
「おっとっと、隠れてるんスから大声は無しッスよー?」
……言い返したいが、ことばがない……いやそんなことはどうでもいい。
僕はタイムリープに巻き込まれて思った。正しい時間の記憶が残っているから戻すことは可能、と。そして、同じように記憶が残っている人もいるだろうと。近藤未姫……ようやく出会えたということ……!
「未姫」
「いきなり下の名前ッスか」
「僕は
「おお!」
僕は、今日までのタイムリープについて話した。未姫は、必要以上にうんうんと頷いて、僕の目を見て離さなかった。
気持ちは分からないでもない……自分1人が時間に取り残された感覚。ようやくそれを共有出来る人間を見付けたんだから。やけに距離が近いのは気になったが。
「あたしを巻き込んだ、タイムリープを使う犯人は、ココノエって奴ッス。
あたしは今、本当だったら大学院1年で研究室に入ってて、ココノエと同じ研究室にいるはずでした。そこで、週1で成果テストをやるんスけど、あたしとココノエはそのテストで競ってました。最初はあたしが勝ってたんですが、段々ココノエに負け始めて、後半は全く勝てなくなったんスよー」
ココノエとかいう変な名前の奴、その後半か中盤あたりからタイムリープを使ったのか? だが、その頃未姫には、それが起こった自覚はないのか……?
「けど、その後あった卒業研究……その評価は、あたしの方が上だったんス。すごく嬉しくて、踊る程だったんですが……気付いたら、あたしは4浪したニートになってたッス」
卒業研究は、テストと違って答えがあるわけじゃない。いくらタイムリープをしようとも、ココノエは未姫を超えられず……未姫が大学にいた事実ごと消したわけか。入試の書類をいじることでもしたんだろう。
だが……疑問が2つ出てきたな……。
①僕は神大のタイムリープを感知できるのに、ココノエの方は感じたことがない。②未姫は何度かタイムリープをしたはずなのに、なぜその時になってようやく感知したか。
「……!」
いや、そうか。この2つの疑問があることで、逆にそれが答えとなるじゃないか。
正しい時間と比較して、あまりに人生に差異が出来る……タイムパラドックスレベルの被害を被った人間が、その瞬間タイムリープを感じられるようになるんだ。あまりに差がありすぎて自覚してしまうということ。そして、その被害を与えた犯人のタイムリープだけ感じることが出来る……!
未姫の、テストによる勝敗なんて微々たるものだが、4年間過ごしたはずの大学が、入学すらなかったことになればあまりに大きな違い。そして、僕はココノエのタイムリープを感じられないし、恐らく未姫も神大のタイムリープは感じていない。この回答には、自信がある。
しかし、そうであれば僕すら感知しないタイムリープにも溢れているということ。いったい何度この世界は、タイムリープをしているんだろうな。進歩なんてあったもんじゃない。
「で。あまりに変だなーと思って日付を見ると、微妙に戻ってたんスよね。そうしてこれは、タイムリープ的なやつだなー、と思ってココノエと接触したんです。そんなことをしそうな人、他に心当たりがなかったッスから。
問い詰めたらあっさり自供……でも、すぐタイムリープしたッス。ココノエがあっさり話したのは、あたしに何も出来ないと分かってるからッスねー。で、そのタイムリープから目覚めたら、今度は犯罪者扱いッスよ、参った参った」
ココノエは、神大のように何十回ものリープの後でなく、即座に警察を動かした……神大よりも頭がキレる奴かもしれないな。
いや、それにしても……。
「未姫、僕らは似すぎている。
相手は違えど、タイムリープのせいで人生が狂い、今警察によって狂った時間から弾かれようとしている……」
「そうですね、これって運命って奴ッス!」
もともとじーっと僕を見ていた未姫だが、一歩詰めて僕の手を握った。動いた拍子に髪で隠れていた片目も露わになって気づいたが、こいつ美人だな。しゃべり方は変だけど。
だが、運命、というのは間違いない。
「未姫、改めて確認するよ。
君は、ココノエのタイムリープ、ココノエリープによって正しい時間から追い出され、今は警察に追われている。
僕は、遅塚神大のタイムリープ、神大リープによって正しい時間から追い出され、今は警察に追われている」
「そしてたぶん、今捕まるか、次の時間軸に行くことがあれば、取返しがつかない……もう後がないッスね」
「そうだ。だからこそ……僕の策に協力して欲しい」
◆
「ここが奴のいる研究室か……」
未姫が正しい時間の中で通っていた大学。まさか僕と同じ大学だったとは……。
相変わらず人が多く、すでに何人とすれ違ったのか数えるのもバカらしい。僕は23歳……大学院生と同じ年なんだから、学生面して大学に入るのは差し支えない。
今の大学はセキュリティが高く、学生証がないと建物内には入れない。当然僕の持っているものはもう使えない。
でも、未姫から聞いている。たまに学生証を忘れた時に使っていた裏口があることを。未姫の研究室がある研究室棟にしか入れないが、それで充分だ。
この生物系の研究室……そこが本来、未姫がいるべき場所であり……タイムリープ犯、ココノエがいるはずだ。
逆に、未姫は神大の元に向かっているはず……家を教えて、写真はないから外見的な特徴を教えている。あの目立つ茶髪だけ意識していれば充分だろう。
そして僕も、ココノエのことは聞いている。小柄で白衣が大きすぎ、いつもワンピースのようにしているそうだ。……下着に直接白衣を纏っているとでも?
「お……」
雑誌をめくりつつ、隅の椅子に腰かけて待つ。するとすぐに、それらしいのが僕の前を通って外に出た行った。
白衣に着られているような出で立ちにツインテール。未姫が言っていたとおりだ。しかし、本当にあれは大学院生なのか? 飛び級という話は聞いていないし……小学生と名乗られてもなんの疑い持てないぞ? そもそも、ココノエという名前から外国人を想像していたが、どう見ても日本人なんだが。
いや、今そんなことを考えても仕方ない。まずは、ココノエが1人で目立たない所に行くまで尾ける。
◆
「ここなら……」
大学の棟と棟の間。エアコンの室外機が並ぶこの細い路地は、通常あまり使われない。この先は確か駐車場だったか……ちょっとした近道なのだろうが、都合がいい。
ココノエがまさに、その角を曲がった。
今だ……ココノエを殺す!
「!」
ココノエの身体が驚いてた少し跳ねた。が、僕がそれをさせない。後ろから羽交い絞めにした今、こいつは簡単には動けない。その小さい身体なら、僕との力の差は歴然。
僕は、神大リープの中で気付いていた。タイムリープが起こるとき、破裂音を聞いていたこと。なんのことはない、それは神大が手を叩いていた音だった。未姫に確認すると、ココノエはジャンプがそれに当たるのでは、とのこと。要は、タイムリープを起こすには、決まった行動が必要ということ。
だから僕は、羽交い絞めにすることでココノエの動きを阻害した。この状態でココノエを刺せば、ココノエリープは起こらないはず。
にしてもこいつ……本当に白衣の下に直接下着を……。いやむしろ、何も着てないのでは……?
「待っていた、
「!?」
なんだ……なぜ僕の名前をこいつは……!?
「私を殺さなくて正解。そのままの態勢でいいから、私の話を聞いて欲しい」
聞く耳を持つな……他人の名前を知る方法なんていくらでも……。
「あなたは未姫と組んで、交換殺人を企てているわね。
あなたは遅塚神大に、未姫は私に、それぞれ警戒されていて殺人が行えない。やろうとすると、その前にタイムリープしてしまうから。でも、遅塚は未姫を、私はあなたの事を知らないから、近付くことは可能……殺しは可能。違う?」
こちらの策……交換殺人……。全て……筒抜け!? まさか未姫が裏切って……いや、何の意味があるというんだ!?
「迷い、伝わってるわよ。私を掴む力が抜けているから。答えは簡単、私は未姫を監視していたってだけ」
ココノエがタイムリープ出来ると感じられるのは未姫1人……その女に対して警察をけしかけたとはいえ、野放しになんて出来ない。僕と未姫が公園で接触していたこと、ココノエは知っていたということ……。しかも、僕らは小屋の中で話したが、所詮公園の片隅にある小屋……外からでも会話は聞こえてしまった……。
「気付いたみたいね。勿論その段階でタイムリープをして、未姫がそこに行かないように誘導も出来た。けど、あえてあなたが来るのを待っていた」
僕が来るのを待っていた……狙いはなんだ?
いや、狙いなんてどうでもいい。こいつを殺せば、時間を壊した元凶のうち1人は消えるんだ!
「また手に力が入った。私の目的を言わないとダメみたいね。まず、私はココノエ。勿論あだ名。そして日本人。ついでに言うと、22歳」
「なぜ今更名乗った」
「ただの礼儀だから。一方的にあなたの名前を知っているというのもね」
なら本名を名乗れよ……。
「単刀直入に言う。あなたが私を殺すことは得策じゃない。私と組んで欲しい」
「君と僕が組む……?」
僕は、ココノエによって時間を壊されたわけではない。が、タイムリープを使う者が憎いことは間違いない。そんなココノエと組むなんて……。
「まず、あなたははこう考えているわよね。
タイムリープを使った犯人を殺せば、正しい時間軸に戻る、と。それは、私も間違いないと思う。でも、そこで私を殺したとしても、戻るのは私が変えた時間だけ」
そんなことは分かっている……この行動で解決するのは未姫の狂った時間だけ。でも、だからこその交換殺人。未姫の手で、僕の時間は正される。
「じゃあそこで考えてみて。
今あなたが、私を殺したとする。すると、未姫はこの大学を主席で卒業して、修士課程を歩んでいる時間に戻る。たぶん、私もそこに、タイムリープを使えなくなった状態でいると思う。
じゃあ……この時あなたはどこにいる?」
僕はどこに……?
ココノエのタイムリープが解除されれば、未姫と僕は出会わない……ココノエを殺すこともなく、ただ神大の仕向けた警察に追われる身に……。
「あ!」
「気付いたみたいね」
ココノエリープだけが解除された時間。それは未姫にとって正しくても、神大リープが残った僕には相変わらず偽りの時間……。しかもそこに、未姫という協力者はいない……僕の代わりに神大を殺す者がいなくなる……!
「だ、だがしかし! それはあくまで僕が君を殺さない理由でしかない……僕と君が組む理由には……」
「殺してはいけないと分かったんなら、まずは手を放してくれない? ずっと、触ってはいけない所を触ってるんだけど」
「あ」
身体を放す。が、仮にココノエが言うような場所を触っていたとしても、そんな感触がするほどの身体ではないと思うが。
ココノエによるタイムリープは……起こらない。
元々僕の存在に気づいていたのにそれをしなかったなら、今更する意味もないか……。
「私があなたを待って、組もうなんて言いだした理由。それは、怖いから」
「恐い? タイムリープなんてものを使えて、失敗したら元に戻せる……そんな君が、か?」
何を言いだすかと思えば……。
「タイムリープは万能じゃない、それはあなたも感じていたはず。仮に時間を戻せても、その時間の中での私の行動は、あくまで一個人としてのものだけ。私が超能力者になって空を飛びたい……そう願って何度タイムリープをした所で、永遠にそれは不可能」
「それは感じていたが……」
「私が恐れるのは、タイムリープしたことで戻した時間、全く同じように過ごしたとしても、僅かな歪みで崩れてしまうこと。
私にとっての正解ルートを歩んだ中、何か問題が起こりタイムリープをしたとする。それを解決するために動いたら、当然その後発生することが変化する。だから仮に問題解決が出来たとしても、正解ルートに入れなくなるかもしれない。
そうなったとしてもう1度タイムリープをして、問題解決を諦め何もせずに過ごすとする。それでも、私の本当に少しの行動の違いが、正解ルートに入ることを許さないかもしれない。タイムリープを知らなければ、何度時間を繰り返しても人は全く同じ行動を取る。けど、それを知る私は……」
成程……要するに、タイムリープを行うことにもリスクがあるということ。何の考えもなしにタイムリープしては、犯人が望んだ時間に永遠に辿り着けなくなるというリスクが。
そう考えると、神大が過去で僕を殺さない理由も分かる……人が1人死ぬなんて、時間の流れの中であまりに大きな歪み。しかも、神大の目的は幸之助の幸せ……その幸せには雛子が必要だ。そして、僕は雛子の本来の夫……神大にとっての正解ルートに辿り着くには邪魔な存在だが、僕を殺すことは影響が大きすぎるということ。
もしかしたら僕は、すでに神大に何度も殺されているのかもしれない。しかし何度タイムリープしても正解ルートに入れなかったから、止むを得ず神大は、僕に狙われる時間を過ごすことに……。
「それに、さらに問題も加わった」
ココノエが、やれやれと呟く。それなら分かる。
「もう1人のタイムリープ犯……かな?」
僕はココノエリープを感知できない。未姫は神大リープを感知出来ない。
では、その犯人らはどうか。
恐らく互いのタイムリープは感知できないはず。となれば、例えば今この瞬間、神大がタイムリープしたとすると、僕はそれを分かるがココノエはそれを分からず振り出しに戻る。
だが僕とココノエが組めば、僕から情報を得られる。神大リープでさえ分かることとなり、ココノエにとっては良いことしかない。勿論ココノエの記憶には残らないだろうが、タイムリープ犯であるココノエであれば、僕が未来からタイムリープして来たと言えば容易に信じるだろう。
「私のメリットは感じて貰えた?
じゃあ、あなたのメリット。こうしてあなたが私を殺すことを止める等の情報提供が出来ることがひとつ。それに……君が次に取るべき行動を示すことでふたつ。これでどう?」
確かに、ココノエのおかげで僕は色々と気づけた……けど。
「次に僕がすべきことは僕が決める。もっとも、たぶん君と僕が考えていることは同じだ」
「そう。じゃあ、待つってことね」
待つ。
僕がココノエを殺し、未姫が神大を殺す交換殺人計画。それは未然に防がれ、実行していたら僕にとって最悪であることは分かった。だが、それに気付いたのは僕だけ。未姫は、変わらず神大を狙っているだろう。
そして未姫が神大を殺せば……僕の正しい時間が戻ってくる。
戻っても、タイムリープのことを僕は覚えているかもしれない。これは想像することしか出来ないが、そうでなくてはココノエのメリットが消える。覚えていれば、僕はココノエの助けるになるかもしれない。
「いや、ちょっと待て。僕が待つとしても……おかしくないか?」
「そうね、私も思ってた。あなたに接触したら、最低でも、あなたが私を殺してはいけない理由だけ説明したかった。たぶんそのあたりで遅塚神大は死に……終わりだと思った。でも、全て話せてしまったし、それでいて未だにタイムリープがないなんてね。
あ。私は嘘は言ってないから」
……嘘……。
僕と未姫は同時に出発した。公園からの距離では、僕のいる大学と神大がいるであろう雛子の家、そう変わりはない。なのに、未だ僕のタイムリープが解かれていないということは、神大は死んでいないということ。
未姫はまだ
未姫と神大も、僕とココノエのようになったか。
もしそうなったとするなら……。
「ココノエ」
「はい」
僕の取るべき行動は、決まったと言える。
「僕は……やはり君を殺す……!」
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