第4話 記憶と学習

 目覚めると、そこは6月5日の12時だった。すでにパソコンで確認したから間違いない。4度目の今日、ということか。


「ふぅ……」


 これで分かった。タイムリープを起こしている犯人は間違いなく、遅塚神大ちづか じんだいだ。


 僕が犯人を刺す直前、タイムリープは起こった。これが神大の仕業ではないなら誰の仕業だと言うんだ? 偶然起こった可能性もないとは言わないが、2人の結婚と神大の入社のため起こったもの、幸之助を生かすためのもの……これまでのタイムリープを総合して考えれば、確証ともなる。


「にしても……」


 僕、死んでいないようだな。

 これだけが、一番不安な所だったんだ。そしてそのことで、分かったことがある。


 考えていた2つのタイムリープの方法、タイムリープ者は、①記憶をそのままに過去の自分に戻る、②今の姿のまま過去にワープしてまた現代に戻ってくる事が出来る、のうち、神大は①に違いない。


 もし②だとするなら、過去に戻って僕を殺せばいい。過去の神大自身もいるのだからアリバイは成立して、まず捕まらない。でも①なら、神大は僕を殺した上で警察に捕まらない時間軸を作らないといけない。何度も何度もタイムリープすれば可能かもしれないが、それは容易ではない。タイムリープなんてものが出来ても、それ以外では普通の人生を歩むしかないんだから。例えば、突如超能力で人を殺せるようになる、なんてなりはしない。


それに、僕はリープを感じる事が出来る。もしかしたら、今までは6月5日を起点にしていたけど、神大が僕を狙うようなことがあれば、それより前の日でリープに気づくかもしれない。


「とはいえ……変だ」


 神大が自分が狙われていると気付いても、それをしないのもおかしな話。何かタイムリープには制約があるのか? タイムパラドックスなんてものもあるしな……。まあ、これは今考えても分かることじゃない。

考えるべきはただ1つ。


 遅塚神大をいかにして殺すか。


 今回、奴に姿を見られる形で襲ってしまったから、殺す直前、タイムリープさせられてしまった。自由にタイムリープを使えるなんて実にうらやましいことだ。

 しかし、奴に見られず即死させ、タイムリープを行う隙を与えさせなければ……。


 多少の失敗も問題ないはず。奴を殺す意思を見せても、またこの地点に戻ってくるだけ。確かにタイムリープなんて能力は嫉妬に値するけど、それが起こったことを自覚できる僕なら、それを利用できる。


何度だって、神大を殺すチャンスはある。



「奴の家は、変わっていないのか」


 神大の、新築アパート。そのポストには、相変わらず奴の名前が刻まれていた。


 それにしても、改めて思うと妙な気分だな。

 僕はいくつもタイムリープものの作品を見てきた。そういったものの主人公は、愛する女を自分のモノにするとか、死んだ人間を死なないようにすべく動くとか、そういった目的で動いていた。何度も何度もリープする主人公が成功するようにと、感情移入して見ていたけど……僕がそれを潰そうとする立場になるなんてな。


「奴は家にいない、と……」


 すでに夕刻を迎えつつあって、辺りはすでに薄暗い。でも、神大の家には明りが点いていない。


「そうだ、今日って……」


 最初のタイムリープの後、幸之助を殺した日。

神大と幸之助の絆は強いようだから、また僕が幸之助を殺さないかと、雛子の家で警戒しているんだろう。


 いや、それだけじゃない……あわよくば僕を逮捕させる気だな?


 あの時僕は、幸之助を殴り、しばらくしてから殺している。その間に警察を割り込ませれば、幸之助は死ぬことなく、僕はあっさり御用となる。

 もう僕は、幸之助に興味はないんだけどな。


「奴の行動、読めるようになりそうだな……」


 僕には、前回の時間軸に記憶がある。そして、神大にもある。僕の行動を先読みして動くのであれば、僕はさらにその先を見ればいい。


 6月5日、僕が幸之助を殺さなかったことで、神大はひとまず満足するはず。その隙をつく……!



「ピッキングは……無理か」


 一番だと思った方法。

 それは、神大の家の中で待ち構え、奴が戻った瞬間刺殺すこと。でも、どうやら僕に鍵師の才能はないらしい。壊してしまっては、不意を付くことはできないしな。


「あの路地かな……」


 前の時間軸で、僕は神大を尾けてこの家を特定している。奴がどのルートを通って雛子の家から戻ってくるか、それは想像出来た。そのルート上にある、ただでさえ薄暗い夕闇の中、一際闇が深い小さな路地。あの場所に隠れて神大を待つ。


「……!」


 下手をすれば、日付が変わるまで神大は戻ってこないかと思っていたが……あの街頭に照らされたやたら明るい茶髪……奴だ。今は20時半……この時間、覚えておかないといけないな。


 深呼吸、3回。

 あいつがこの路地を通り過ぎた瞬間、背後から襲うだけ。やああああ! なんて掛け声もいらない。ただ静かに、あの犯人をナイフで貫けばいい。


 今だ!


「!!」


 神大が……こっちを見た!? 気配でも感じとったのかこのクソ犯人め!


 神大に刃が届く前。また、破裂音が聞こえた。



「くそ……」


 また戻ってしまった。5度目の6月5日12時に。

 でも、やはりここは僕の家で、僕は死んでいないし五体満足。この調子なら、神大の家も同じだろう。神大はタイムリープで死を回避できるが、やはり万能じゃないな。……雛子を奪われている僕が言えることじゃないが……。


 前回の時間軸で分かったのは、僕が潜んだ路地は、神大の予想の範疇にあったということ。今回またあそこに潜むわけにはいかないし、同じ時間の20時半、神大があの場所を通ることもないだろう。

あの路地は、神大が住むアパートにかなり近かった。神大の家を僕が知っている、ということを奴は知っている。警戒して当然ということか……。


 前回、前々回のことで、神大は自宅周りの警戒を強めたはず。であれば、そこから遠い場所なら……。

 うん、雛子の家に近い路地に潜めばいい。今日神大は、雛子の家付近にいるはずだからな。



「……またか」


 6度目の6月5日12時。


 僕はまた、神大に気付かれてしまい、タイムリープをさせてしまった。初めて直接神大と接触した時、堂々と目の前に現れてしまったことは、本当に失策だったな……。

 こうなると、もうナイフで奴を刺すことはできない。恐らく、いつだってあいつは警戒しているんだ……。ただのチャラ男だと侮っていた。


「いや、待て……」


 人間、そんなに常に、アンテナを張ることが可能か? 無理だ。


「……今日だから、いけないのか」


 これまで僕は、6月5日に何かしらの行動を起こしていた。最初は幸之助を殺し、2回目こそ動いたのは8日だったが、次からは5日に神大を狙ってしまっていた。1日2日くらいの間なら、警戒は出来る。


 なら、簡単だ。


 今日から2週間、僕は神大を殺すことはしないし、近付こうともしない。神大だけじゃなく、幸之助や雛子にも、だ。

逆に神大が僕を偵察に来るかもしれないから、就職活動をするフリでもするか。恐らく神大に接触した時から、僕はタイムリープが起こっていることに気付いていること、奴は感じているはずだからな。こちらのことが気にならないはずがない。


 もしそれで失敗したら、次は1カ月後。それでもダメなら2カ月置こう。またタイムリープしてしまったら、次は逆に6月5日に即動こうか。緩急をつけて、奴の神経をすり減らす。絶対に、ずっと僕を警戒することなんてできやしない。


「長期戦、だ」


 どれだけかかっても僕は、雛子を取り戻す!



「……」


 なんだ、これは?

 今は……30度目の6月5日か? いや、まだ20台だったか……50に上っていたか? どうでもいい、どうでも……。


「ふざけるなあああああ!」


 なぜだ!? なぜ遅塚神大を……全ての元凶、タイムリープ犯を殺せない!? 奴の神経をすり減らすつもりが、なぜ僕の方がそうなっている!?


 奴の家を火事にして飛び出したところを刺そうとした、トラックを奪って突っ込んだ、あいつが乗った飛行機をジャックして落とそうともした。

 だが! いつだって何をしたって、あいつは死ぬどころか傷すら負う前に6月5日だ!

 一番瞬発力があるのは、拳銃を使うことだと思った! 警察から奪うなんて真似は目立つし、逮捕されるかもしれない。そうなったら神大の思う壺だと思った。だから、年単位をかけて、なんとか海外から手に入れた! それが1つ前の時間軸……なのに、手に入れた瞬間このザマだ!


 ということは何か? 神大に近付かなくてもバレるということは、神大は常に僕を見張る手段を持っていたのか? 僕を殺さないのは変だと思っていたが、それがあるから僕が何をやっても無駄だと諦めるまで、嘲笑って見ていたということか!?


 いや! そんな僕を監視するようなことこそ、簡単に出来るはずがない!


「遅塚神大いいいい!」


 もういい、ここまで来れば、本当にどれだけかかっても構わない。ただお前を、殺して殺して殺して殺して!


「早崎さーん」


 なんだこんな時に! どれだけチャイムを鳴らしたって僕は出るつもりなんて!


「!?」


 いや、待て……今日は6月5日だぞ? これまで今日この瞬間、僕を訪ねた人間なんていなかった。何十回も繰り返しているんだ、間違いない。


早崎奏多はやさき かなたさーん、さっきから声漏れてますよー、いるんでしょー?」


 いない、そんな僕を呼ぶ奴なんているはずがない! これはおかしい……出てはいけない。神大が何か仕組んでいる……!


 この部屋は2階。裏の窓から飛び降りても、無傷か打撲程度で済むはず。


「おい、今窓を開ける音がしなかったか!?」


 扉の外にいる奴が、焦った声をあげていた。が、そんなものは関係ない!



「……」


 幸い、怪我はしていないし、追手もない。けど、こんな公園の小さなプレハブ小屋なんて、そう長居は出来ないな……。


「タイムリープ……」


 この何十回も繰り返した同じ時の中で、僕は遅塚神大ちづか じんだいの行動を理解しようとしていた。当然それは奴の方も同じで、僕の行動を読もうとしていただろう。


幾度ものリープ、それによる記憶は、即ち学習か……。


 たぶんあいつは、僕の監視のためか、裏から手を回すためか、さらに前の時間にタイムリープして準備していたんだろう。そうして、何か僕が犯罪者になり得るように手を回した……。が、僕はタイムリープ犯に対して以外は犯罪なんて犯さないし、他人から誘導されても絶対に聞かない。いかに過去に戻られようが、そうである自信がある。


 それに、さっき僕の家に来た奴ら。

 たぶん警察なんだろうが、アパートの裏には誰もいなかった。ということは、証拠は何も取れていないただの聞き込み。参考人程度ということ。僕が逃げたことで、めでたく容疑者へ昇格だろうが。


 僕が警察にそんなことをされる理由……あるとすれば、僕のPCに神大が何か仕込んだパターン。持っていてはいけない画像、大型掲示板への犯罪予告、動画の違法アップロード……何だっていい。過去に戻り僕のいない時間を探して忍び込めば、それくらい出来るだろう。

どうも僕は、6月5日より前の時間軸へは、戻ったことは自覚できないみたいだしな。神大もさすがにそこまでは分からないだろうが、お互いなり振り構ってはいられない。


 神大は、僕を殺すのではなく捕まえて、実質世界から追放する気か……。


「もしかしたら、この時間軸が最後のチャンスかもしれない……」


 数十回のタイムリープ。まだ永遠と続くように感じていたが、犯人もただ、僕に殺されるのを待っているだけのはずがない……。

 今はたまたま逃げられたが、これで神大の手はもっとエグくなるだろう。次のタイムリープで、僕は問答無用に逮捕されてしまうだろう。いや……今回の時間軸でさえ、神大に仕掛ける前に警察に捕まってしまうかもしれない。


 何か……何か神大を確実に仕留める方法はないのか……!


「!」


 何だ? 小屋の周りに人の気配がする……しまった、考え込みすぎて警戒を怠った……! この小屋、出入り口はひとつだけ。中も電球と3人程度が座れるベンチがあるのみ。身を隠すなんて無理だ。


 扉が遠慮なく開けられた。終わった……か? 


「あ」

「あ」


 女……。短めのスカートにパンプス……どう見ても警官じゃない……が……。


「あ、先客がいたんスね。まさか警官じゃないッスよ……ね?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る