第3話 犯人
「早崎さん……
なんだ……僕を呼ぶ声が聞こえる……
「雛子!」
どこだ、ここは?
白い壁、白い服の男に女……それに、スーツの男が2人?
「今、雛子と言ったな……」
「やはり、彼女の言う通りストーカー……」
スーツ2人が、ひそひそ話している。聞こえていないと思っているのか?
しかし、ストーカーだと……? 犯人が……
「早崎さん。ここは警察病院だが、分かるかね」
後ろに見える日めくりカレンダーは、6月6日を差している。僕と雛子の結婚式は、6月12日……時間は、戻っていない……!
それに、警察だと!?
「君は昨日、6月5日に起こった事件の重要参考人としてここにいる。野中幸之助氏殺害事件だ。君は、あの場に倒れていたんだ。もし君も襲われたのであれば――」
倒れていた。あの浮遊感は、タイムリープするのではなかったのか……。
たぶん僕は、一杯一杯だった。ずっと冷静でいたと思ったが、やはり、こんな状況……。冷静でいられるはずがない!
「君、聞いているのかね?」
鬱陶しい。冷静でいることを強制されているのか? だが、その通りかもしれないな……今は感情なんて押し殺さなくては。全て終わったら、いくらでも吐いてやる。
「いえ……まだ気分が優れないし、あなたの声も途切れ途切れに聞こえる……横になります……」
どちらにしても、警察は邪魔だ。
恐らく99%僕が犯人だと断定した上での行動。監視の目はなくならないだろうが、こうすれば考える時間は作れる。
議題は、なぜタイムリープが全て解除されていないか、以外ありえない。
原因として考えられるのは、①幸之助は死んでいない、②タイムリープ犯を殺しても意味がない、③幸之助は犯人ではない、この3つ。
①は、さきほどの警官の言動からないか。②は、僕に正しい時間の記憶がある以上、考えられない。いや、考えたくないし、意味がある方向で動かないと何も出来ない。となれば……③か。
幸之助は犯人ではないが、犯人の近い所にいるということか?
雛子を奪われたんだ、その周りに犯人がいないはずがないからな。
ただ……。
「あの、お手洗い、いいですか?」
少しでも動こうものなら、警官が同行する状況。ここから抜け出す術がない……。だが、何だこの気持ちは……。
脳が踊っているような感覚。下手をすると雛子に2度と会えない状況なのに、なぜこんなにも充足感があるんだ?
そうだ、考えるんだ。考えれば見えてくる、見えてくれば踊ってくる。
さっきまで考えていた、③の幸之助が犯人でない可能性、それをもっと追求すればいい。
③が事実だとすると、幸之助の近くに犯人はいる。とすると、この後その犯人が起こす行動は……!
◆
「!」
また目が覚めた。
この景色……僕の部屋……。初めてタイムリープした直後に見たものと同じ景色……。
「パソコン!」
6月5日12時……雛子と結婚式を挙げる直前に戻ったのと同じ日、同じ時間、か。
僕の知る中で、2度目のタイムリープが起こったということ。
思ったとおり。
僕は最初、このタイムリープは僕を狙ったものだと思った。僕から雛子も仕事も奪ったから当然だ。でも、雛子を得るためのものだと思い直した。雛子を愛する人間が僕以外にもいたということ。
だけど、どちらも違う。
これを突き詰めれば、犯人は見えてくるはず。いや、もう犯人の見当はついているんだ。方向性が分かっただけだが、後は、確認してそれらしい人物がいれば……。
携帯の番号は……よし、この時間の中でも登録されているようだ。
「やぁ、久しぶり。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
僕の大学の後輩に、同じ会社に勤めていた奴がいる。これは正しい時間の中での話だが、彼はタイムリープの影響は受けていないはず。例えば僕の紹介であるとか、OBがいることを知ってとか、僕に関する理由で会社に入ったなら影響しているかもしれない。でも、彼は昔からその会社に入りたいと話していた。
そして案の定、後輩は僕の会社に勤めていた。
今は全くの部外者の僕だけど、野中幸之助と繋がりがある人間、それを聞くくらいなら可能だ。
「
野中幸之助は、偽りの時間で雛子を妻としていた。そして、雛子の親が経営する会社に入った。これは、正しい時間の僕と同じ……雛子の夫となった者の、規定路線。
でも僕は、あくまで僕が会社に入っただけで、自分の仕事で一杯一杯。雛子以外のことを考える余裕はなかった。
しかし幸之助は、1人の人間を、会社に紹介していたようだ。
それが、遅塚神大という男。
なぜ僕が、そんなことを探ったのか。それは、犯人がこの偽りの時間を作った目的を、こう考えるからだ。
幸之助が雛子と結婚したいと願っていたのを知り、慕っていた幸之助を、タイムリープの力を使って手助けした。もしくは、幸之助の願いを知り、願いを叶えれば自分も会社に入れろと幸之助に頼み、タイムリープを使った。
それを考えると、遅塚神大という男はあまりに犯人の特徴に当てはまる。
そしてこの神大は、間違いなく幸之助を慕っている前者の人間だろう。なぜなら、①タイムリープ能力があれば、こんな回りくどい方法を使わなくてもどんな会社にでも入ることが出来るから、②幸之助を殺したことでタイムリープが起きたから。
幸之助を殺した瞬間にタイムリープが解除され、正しい時間に戻らなかった以上、やはり幸之助は犯人ではない。そして、雛子の家にいたのは雛子と幸之助だけ。犯人が幸之助の死を知るとすれば、翌日会社に出勤した時……。
つまり、犯人は幸之助の死を知らなかったから、当日すぐにはタイムリープ能力を使わず、それを知った翌日にタイムリープをしたということ!
ここまで揃っていれば、確信してよさそうだ。
犯人は……遅塚神大だ。
◆
6月7日。2回目のタイムリープから目覚めた2日後。
僕は、僕が本来勤めている会社の前に来ていた。
オフィス街の中心に一際高くそびえるビルを持つ弊社は、この本社の他に、全国に支社や事務所を保有している。社員証がないとゲートは開かないし、警備員が表口も裏口も目を光らせ、進入することは出来ない。
遅塚神大と接触し、タイムリープを元に戻す……神大を殺す。そのためにここに来た。
神大が犯人であると確信はあっても、確証はない。でも、他にアテがあるわけでもない。どうせ僕は、1度人を殺している。もう、2人殺そうが3人殺そうが関係ない。それに上手くいけば全部無かったことになるんだ。
「やだなあ課長! そんな訳ないじゃないですかー!」
あいつ……か?
そんな犯人を待ち伏せるはいいが、名前と会社以外本人の情報はない。しかし、幸之助が死んでまたタイムリープが起こったことを考えれば、この2人は近くにいる可能性が高い。だからこその、会社の前での待ち伏せだ。
そこに、3人の男が並んで出て来た。
1人は幸之助、1人は僕の直上司。もう1人は、知らない。が、遅塚神大である可能性が高い。奴が僕と同じ課にいるのは、後輩に電話した時に聞いていたから、僕の時と上司が同じなのも当然。
今日は週1回の定時退社日……必ずこの時間に出てくると思っていた。
「課長課長、飲みに行きましょうよー! 幸之助も行くよな!」
それにしても、あんなおちゃらけた奴が、遅塚神大なのか……?
僕の会社は、どちらかといえばお堅い会社だ。にも関わらず、奴は明るい茶の髪でスーツを着崩し、あげく厳格な課長にタメ口のような敬語を使う。
何かミスしてもタイムリープすれば良いという、奴の余裕か?
「うむ、では私がよく行く店を紹介しよう」
課長の一声で、3人は飲み屋街に向かう。これなら都合が良い。まだ僕のことを目に入れて欲しくないからだ。
今の時間軸は、僕と幸之助とは面識がない。前回の時間軸では雛子に会いに行った際奴を殺しているが、その6月5日はリセットされ、新たな6月5日を迎えているからだ。
課長も、正しい時間では勿論僕のことを知っているが、この偽りの時間では会ってもいないだろう。
僕を認識できるとすれば、神大だけ。
そのタイムリープを行っている犯人は、前の時間軸で、僕……
単純に神大が幸之助の死を知ったのが翌日だからとも言えるが、なぜそうなったか調査してからタイムリープをさせたかもしれない。僕なら次の時間軸のために絶対にそうする。
もっとも、あのチャラい男がどの程度のものか分からない。しかし、知られていると思って動く……警戒して動いた方が良いに決まっている。
「待ってくださいよ課長ー! この辺りって、えれー高い店ばっかりじゃないですかーご馳走様です!」
……あの男、何も考えていなさそうだが、世渡りは上手そうだな……。
今回の時間の中で神大は、僕がまた幸之助と接触することを警戒していると思っていた。だから僕は、前回の時間軸で幸之助と接触した5日には何もせず、神大の油断を誘うつもりだったんだ。……が、あれじゃあ何もしなかったとしても油断の代名詞じゃないか。……本当にあの男が犯人か、不安になってきた。
「この店だ」
課長らが店に入り、僕もそれに続く。僕もスーツを着てきた……周りには同じようなサラリーマンばかり。まず向こうは気付かない。これで奴らの会話を聞ける。あの男が遅塚神大だと確信が持てる時が来るはず。
「っひゅー、いい店ですね課長ー!」
「神大、飲んでもないのに落ち着け」
「いいじゃん幸之助! ですよね課長ー!」
っと……。入ってすぐに神大の名前が飛んだ……やりがいがないな。
神大と幸之助、互いが下の名前で呼び合い、その関係性が透けてくる。僕のように、人を呼ぶ時は下の名前を使うのが常というなら分からないが、
「幸之助の、ちょっと良いとこ見てみたいー! はい一気! 一気!」
「……ふぅ、次はお前だ神大」
「これ、何も割ってないウィスキーじゃね……しかもジョッキて……」
2人の軽快な会話なら、昔からの馴染みということが感じられた。
幸之助の紹介による入社で、この2人の仲の良さ……。
僕の推理……タイムリープが起こった理由は、幸之助が死んだから、というのは当たっていそうだな。そのパートナーのような存在、羨ましくはあるがな。
でも、これなら……。
◆
2時間後。
課長、幸之助、そして神大。3人は飲み会を終え、それぞれの自宅に戻っていく。定時退社日は水曜なので、翌日は仕事。この日に飲み会をする場合は、21時頃に解散するのが常で、今日もご多分に漏れなかったようだ。
「ここが遅塚神大の家……」
奴が帰り着いたのは、新築らしいアパートだった。僕より年上らしいが、まだ独身のようだ。入り口の集合ポストにも、遅塚神大の名前が刻まれている……間違いない。
「こいつが……!」
こうして、神大のことを観察した今日。さきほどまでは調査中心で動いていたから、冷静でいられた。
だが……もうそれも終わった。
こいつが、こいつこそが! 僕から全てを奪い、あまつさえあんなヘラヘラと生活している犯人……許す訳にはいかない!
もう、僕は止まらない。いや、こうなったら僕も自分を止められない……止まる気なんてない!
ポストに書いてあった部屋番号、ここだ。
「はーい」
呼び鈴を鳴らすと、神大の間抜けな声が中から響いた。何の警戒もなく、アホ面の茶髪がドアから覗く。
「あ……お前!」
そうか。やはりそうか。
僕を見てその反応。僕のこと、1度は幸之助を殺したこと、そして本当の雛子の夫だということ、知っているな? もうこれで、不安もない!
こいつを殺せば、タイムリープが解除されて全て元通り。その証拠は自分が正しい時間の記憶を持っているから、というだけ。そんな希望的観測しかないが、今僕が出来るのは、これだけなんだ!
「遅塚神大……意外と、呆気なかったな……」
「お、おい待て!」
隠し持っていた包丁……握って突き出す。それだけ。神大の……犯人の身体を赤い噴水にする。
「僕の時間を返してもらう!!」
僕の耳に届いたのは、僕の叫びと……破裂音だった。
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