第2話 探求
「タイムリープ……」
時間が戻った。結婚が無くなった。職もなくなった。それどころか、雛子は僕のことを知りもしない。あまつさえ、他の男と結婚していた。
「ふざけるな!」
なんだこれは。僕の築いた時間はどこにいった!?
確かに僕は、いくつもタイムリープが関わる映画、ドラマ、アニメ、小説を見ているし、ある意味慣れている。だが! 僕が見たのは主人公がタイムリープ能力を以って何かを成そうとしているもの! なんで僕はその被害に合っているんだ!? なぜ僕がこんなことに……!
「痛っ……」
くそ……物に当たっても仕方ない……落ち着け……!
まだ本当に、そんなタイムリープなんてものをしたとは限らないじゃないか! さっきは電話しかしていない……雛子の家に行けば分かること!
◆
雛子の実家。僕が住むはずだった家。
純和風の作りで、家の敷地は塀で覆われている。ご丁寧に堀まであり、ちょっとした城のような作りだ。
その家の、車でも入ることが出来る大きなな門の前。2m以上はありそうな木の扉を、女性が開けて顔を出す。
雛子……!
「あの男……」
雛子の隣には、長身で大柄な男。それでいて、メガネから覗く雛子を見る目は優しさに溢れているように見えて、包容力を持っているのを感じた。僕より年上だろうか。恐らく電話に出た奴だ。
対して僕はどうだ……中肉中背で、自慢できるとしたらモデル風の髪型を作っている所くらいだ。
……何で比較しているんだ僕は?
「雛子」
だが、そんな男には構っていられない。僕は雛子の前に出た。
顔を見ればすぐに浮かぶ。普段はツリ目なのに、笑うとタレ目になるまで止まらない、輝く笑顔。毛先だけ癖が強いからと、セミロングまでで諦めているという髪。今すぐその小さい身体を抱きしめてやりたい。
「えっと……あの……?」
なのに……なんで戸惑いの表情を浮かべているんだ、雛子……!
「なぁ、君」
僕は雛子と話しているんだ邪魔者が!
「その声、さっき雛子の携帯にかけた奴だな?
私は
でかい身長に、高圧的な態度……雛子を見ていた眼差しと違う、他人を見下すそれ。
「僕は
「そうか、成程。さすがストーカー、頭がおかしいらしい」
そしてもはや、人を見る目をしていない、そいつの目。
「頭がおかしいのはお前の方だ!」
幸之助という男の表情……哀れみ、という単語以外浮かばない……。僕を……僕を見下しているのかこいつは!?
「ふざけるなああああぁ!」
「哀れな」
……なんだ、これ?
「行くぞ、雛子」
「ええ……」
行くな、雛子……。
僕は、あの邪魔者を殴ろうとして、逆にやられたのか……頬が痛む。奴は僕を哀れんだ目で見ていたが、これでは本当に、僕はただ哀れな人間じゃないか……。
だが、いつまでもこんな道端で寝てるわけにはいかない……けど、僕はどうしたらいいんだ……。
◆
「……」
いったいどれだけ、時間が経った? あれ? 時間が戻っているから、経ったわけじゃないのか? いや……なんで僕は時間が戻ったことを信じている?
でも。
家に帰る中、道行く人に質問した。コンビニで新聞を確認した。帰ったらテレビを見た。そしてまた、PCを見ている。
「タイムリープ……」
誰だって何だって、今日は6月5日だと言う。そして、あの『あなたが誰か知らない』という、雛子の表情。
PCの画面には、タイムリープのワード検索結果画面。それに“アニメ”だとか“ドラマ”だとかを加えれば、僕が見た作品が羅列されたサイトが表示された。
理解するしかない。そういうものが起こってしまった。
僕の答えは、それだった。
どれだけ否定した所で、僕の周りが肯定する……時間は、戻っている、と。
「……」
ため息が出た。幸之助に対して怒りが頂点に達したせいで、今は自分で驚く程冷静になっている。だが、なればなる程認めたくない事実を認めざるを得ない……何度だってため息が漏れた。
何か……何か、どうにかする方法はないのか。
せめて、この無駄にタイムリープ物の作品を見ていること、活かしてなんとかならないものか。
僕の……僕の雛子を取り戻すために。
まずは……。
「どっちのタイムリープをしたのか」
これを考えることから、か。
僕は、タイムリープには2種類あると考えている。
①タイムリープした人間が、記憶をそのままに数年前の身体に戻る、②今の時代の人間がそのままの姿で戻る。
①の場合、記憶が無くなっていることはありえない。そうでなければ、歴史が変わることはない。このとき、どの時間にも同じ人間は1人しかないのだから、大きな問題にはならない。
②は、いわゆるタイムマシーンってやつだ。過去と今の自分、同じ時間に同じ人物が2人いることになる。しかし数年程度のタイムリープなら、すでに年齢20歳を超えているとすると、見た目に大きな変化はない。よって、タイムリープした人間は、過去の人間と一時的に入れ替わっても気付かれない。注意すべきは、過去の自分に気づかれないことかな。
いや、もし過去の自分に会ったのだとしたら、未来のために説得することもできるか。自分が自分に訴えかける以上、疑っても結局信用してしまうかもしれない。
「……今は、分からないか」
これがどちらなのかは、もっと調べないと分からない。でも、これがいつか鍵になる気がしている。
じゃあ、次にいこう。なぜ僕には前の……いや、正しい時間の記憶があるのか、ということ。雛子や課長に連絡したり会ったりして、僕のことを知らないことが分かった。少なくとも僕が確認した範囲では、僕以外の人は、正しい時間の記憶はないということだ。
「……念のため、もっと確認するか」
◆
かつての友人に連絡した。自分の記憶と、彼らの時間。すり合わせて、どの地点から正しい時間が流れていないか……タイムリープした何者かが時間を変えたか分かった。
3年前。
僕が、雛子……
その地点から、僕と雛子が出会わないように工作して、僕と結婚しないように改変したということ。
正しい時間はこう。僕が雛子と出合ったのは、大学のテニスサークル。大学3年になって、高校時代までやっていたテニス、またやりたくなって途中から参加した。それと同じ時期、同じ学部、同じ年次の雛子も、テニスサークルに入ってきた。
偽りの時間では、僕の友人は僕がテニスサークルにいたことを知っていたが、雛子はサークルにいなかったようだ。
残念ながら、僕の記憶は正しい時間のものしかない。改変されたものは分からないから、工作員は不明。
しかし。
「犯人は、雛子側の、元々の知り合いであった可能性が高いな……」
犯人が、改変された時間の中の、過去の僕に接触したとする。
しかし僕が、その時初めて会った人間を信用して、サークルに行くことを止めるとは思えない。元々の知り合いだとしても、僕はテニスが好きだ。間違いなくサークルは入る。
となると、雛子の知り合いが、サークルに入ることを止めたに違いない。
何より。
最初は僕を狙ったと思った時間改変だけど、
「狙いは、雛子……」
大学時代、雛子に気がある人間がいた。そいつがタイムリープして、過去の雛子を
僕から雛子を奪うだけで、僕は妻も仕事もなくした。が、僕が被害にあったのはたまたま。
なら、簡単だ。
あの男と、また相対しないといけないようだ。
◆
数時間ぶりに訪れる、雛子の家。
あの時2人は出かけて行った……まだ戻っていないんだろう。都合が良い。
僕が出来るのは、ひとつの可能性に賭けるだけ。
「!」
もっと待たないといけないと思ったが、案外奴はすぐに戻ってきた。いや、それだけ僕が、自分の家で腐りかけていたということか。とにかく、いったん姿を隠す。雛子の家なんだ、いくらでも隠れる場所は知っている。鍵が隠してある場所だって……。
「じゃあ雛子、僕は書斎にこれを片付けてくるから、お茶でも入れておいてくれないか?」
「ええ、分かった」
予想どおり、この部屋に来るようだな幸之助……本当だったら、僕の部屋になるはずだった部屋に。
「野中……野中幸之助ええぇえ!」
「な!」
殴りかかった時は、返り討ちにあった。でも、こんな所に誰かがいるなんて予想出来ることじゃない。
タイムリープなんてものを仕出かした犯人は、胸を抑え、膝が崩れ、頭を地につけた。犯人の胸に刺さった包丁を引き抜くと、瞬く間に辺りが赤く染まっていく。
「これでいい……」
今流れている時間は偽りだけど、僕以外はそうだと思っていない。けど、それに気付き、正しい時間を知っている僕がいる。いや、たぶん僕以外にもいる。いて欲しい。
これが意味することは……。
確かに正しい時間、それは消えずに、存在している!
そんな時、犯人を殺したらどうなるか。この偽りの時間が、そのまま流れていくだけか?
違う。
幸之助の持っていたタイムリープ能力が無かったこととなり、この3年間の改変も無かったこととなる……つまり、タイムリープが元に戻り、正しい時間をまた歩める! そうでなくては、僕の記憶が残っているはずがない。
「!」
部屋の外から足音……騒ぎを聞いた雛子がやってくるのか。今抱きしめてやりたいが……それは、時間が戻ってからだ。
……なんだ、この感じ。水に入って初めて身体が浮かぶことに気付いたような、浮遊感。戻れるのか。
雛子の所へ。
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