第3話
幽霊の話を真面目に聴くというシュール極まりない時間の中で、ベタ子、というよりも幽霊の実情とやらを知る事が出来た。
幽霊と言えば、やはり恐怖として捉えられる存在だろう。不気味で恐ろしくて、神出鬼没で、人を驚かせたり恐怖に陥れたりする。
何故幽霊はこの世で人を怖がらせるのか。それには多かれ少なかれ目的がある。その目的は千差万別だが、目的無くそれを行っている幽霊は一人としていないという。
「よくあるこの世に未練があるっていうのが、大枠ですけどね」
この世でやり残した事。それを成就させる為に恐怖を利用する。
恐怖は彼らにとって入口なのだ。自分の存在を証明する為には、まず自分がこの世に存在している事を生きている人間に知ってもらう必要がある。しかしそれは往々にして人を怯えさせる結果となる。それはそうだ。死んだ存在がこの世にいるという事自体、生きている人間にとってはまだちゃんと理解されていない事であり、即ち恐怖なのだ。
いる。見た事があるという人間はいても全ての人間共通のものではない。しかし悪魔の証明のように、いないという事を証明も出来ていない。非常に不確かな存在だ。
人は理解の出来ないものを恐れる。それは本能上仕方がない。だからいずれにしても、幽霊が目的を成就させる為に、恐怖は手段として使われる事になるのだ。
「じゃあ、ベタ子さんにも未練があるって事か?」
「まあ、そうですね」
そう言うベタ子の顔は明るくて、肌は確かに白いが、その顔は明るくて生きている女の子と違わないように俺の目には映る。
「幸せが欲しいんです」
「幸せ?」
「はい」
「どうして?」
「それ以上はセクハラです」
「幽霊にもセクハラってあるのか」
「元人間ですから」
「そう言われる納得せざるを得ない」
幽霊と言えど事情がある。それに無暗やたらに踏み込むのは良くないだろう。
「でも、なんで俺の所に」
「それは、ランダムです」
「たまたまだったのか。運がねえな、俺」
「ええ、不運だと思います」
「幽霊に不運だなんて言われたらぞっとするわ」
「幸運ではないでしょう」
目の前で屈託なく笑う幽霊は、恐怖の欠片もなかった。
*
「で、なんでずっといるの?」
「いやまあ、未練がありまして」
ベタ子が現れて数日が過ぎた。あれから彼女は当たり前のように俺の部屋に居ついている。別に生活費がかさむわけでもないからいいのだが、急に同居人が出来てしまった事への困惑は拭えない。唐突に俺の一人暮らしという平和は打ち砕かれた。
「じゃあ、未練が消えるまでずっといるのか?」
「そのつもりです」
「結構遠慮ねえな、お前」
彼女が幽霊である事についてはもうどうでもよくなっていた。幽霊の女の子と二人暮らしなんてどんなドラマだよという自分の中でツッコミを入れる事もなくなっていた。それぐらいにベタ子との生活に慣れ始めてしまっていた。
“幸せが欲しいんです”
彼女の未練。
困惑しながらも不思議と居心地は悪くなかった。だがこの生活をずっと続けるわけにもいかない。
「なあ、ベタ子」
「はい?」
窓から外を見つめる彼女に呼び掛ける。
「どうやったら、お前の未練って晴れるんだ?」
俺は自然と、ベタ子の未練と向き合う事となった。
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