第2話
「マジで言ってんの?」
「……はい、大マジです」
はあーっと俺は大きくため息をついて見せる。机を挟んで向かい側に正座する彼女は申し訳なさそうに身体を縮こまらせながら正座している。
――こんな事あんのかよ。
俄かには信じられないという気持ちはとめどないが、それでもしっかりと俺の眼は対面に座る彼女の姿をしっかりとらえているし、瞬きをしても視界から反らしても、元の位置に視線を戻せば、彼女はやはり存在している。
――これで幽霊だって? 冗談きついわ。
ちゃんと理解しきれていないが、曰く彼女はどうやらこの世の存在ではないらしい。
*
「あ、えっと、とりあえず、立てますか?」
風呂場でへたりこんだ俺に目の前でおろおろする彼女は腕を伸ばした。何かを遮断するように顔を自分の顔で隠しながら向けられた腕を俺は掴み、なんとか立ち上がる事が出来た。掴まれた二の腕がひんやりしているのを感じながら、俺は改めて自分の状況を確認し、そして彼女が自分の顔を覆った理由に思い当たり、急いで衣類を再び着用した。
突然の騒動で乱れた思考と精神を落ち着かせ、俺と彼女は部屋の真ん中で向き合って座った。
「あ、あの、すみません。ヌードを見る趣味はないのですが」
「風呂場に出てくるからだろうが」
「ごもっともです」
彼女は深々と頭を下げた。
――いやいや待て待て。
駄目だ。俺はまだ冷静になりきれていない。
何がヌードだ。話の論点はそこじゃない。全く違う。
こいつが何者かというのもそうなのだが、なんでこいつは俺の部屋にいるんだという事だ。
「あんた、何しに来た? 泥棒か? それともストーカーか?」
言葉にした途端、恐怖がまた込み上げてきた。コミカルな出会いだったが、いずれにしても相手はまともではない可能性が非常に高い。勝手に部屋に上がり込んで、風呂場で待ち伏せしてるような奴だ。見た所凶器の類は持ってなさそうだが、油断はならない。
「いや、あの、幽霊です」
「……は?」
「ですから、幽霊なんです」
「ユーレイ?」
「はい」
「……え、なんか、大丈夫ですか?」
「はい?」
「いや、あー。だいぶヤバイ発言だろ、それ」
「本当の事なので、ヤバイも何もないんですけど」
「……」
いや、ヤバイだろ。何言ってんだこいつ。
幽霊? よく夏頃に風物詩的にテレビとかでやるヤツ?
だが真面目に考えてみる。明るい部屋の中に座る彼女を見直す。
長い髪、白い肌。白のワンピース。
「貞子かお前は」
思わず言ってしまった。見た目は大学生ぐらいの可愛らしい顔立ちの女の子である事を除けば、その見た目は完全に貞子だ。日本のホラーの伝統様式とも言えるその姿は、幽霊界ではベタすぎる出で立ちだ。
「ベタ子だな」
「へ?」
「俺は幽霊見た事ねえけど、幽霊って言えば、だいたい今のあんた見たいな見てくれで描かれる事が多いんだよ。白いワンピースに長い髪。ベタな幽霊。だからベタ子」
「……私今馬鹿にされてます?」
「馬鹿にはしてねえけど」
うーんと唸るベタ子を見ながら、俺はこの不可思議な状況を頭で整理しようとする。
幽霊ってこんなフランクに喋れるものなんだなという、一種感心にも似た心情もありつつ、本当に彼女は幽霊なのかという事を考えると、確かにそうなのかもしれないとも思った。
今日俺は部屋を出る際、当然鍵を掛けている。そして鍵を開けて部屋に入った。
「あんた、どうやって部屋に入ったんだ?」
「それはまあ、幽霊なんですーっと」
ベタ子は両手を慌てて前に突き出し、すり抜けのデスチャーをして見せる。
「ピッキングなんかよりずっと楽だな。泥棒だったら堪らない能力だろうな」
「そんな面倒な事しませんよ。出来ますけど」
「出来んのかよ」
ややこしい奴だ。ピッキングが出来る幽霊なんて聞いた事がない。
そして俺はまた今日の記憶を辿る。風呂に入る前だ。風呂場の扉はすりガラスになっていて、ある程度中を見る事が出来る。少なくとも誰かがそこにいるのであれば、それぐらいは外側から分かる。
ただあの時、すりガラス越には何の存在も確認出来なかった。こんな黒々とした長髪がいれば、その時点で気付いていたはずだ。しかし実際は扉を開いた瞬間に彼女が現れた。異空間から突如出現したかのように。
ピッキングで物理的に入れたとしても、風呂場の件は説明がつかない。
やはり彼女は――。
「なんかまだ信用されてないようなので、もう見た方が早いですよね」
そう言って、ベタ子はすくっと立ち上がり壁に向かって歩き出す。そしてそのまますうっと壁の中に消えた。まるで壁に溶け込むようにあまりに自然な現象に俺はぽかんと口を開いた。そして程なくしてベタ子は部屋の中に戻ってきた。
「この通りです」
「ああ、よく分かったよ」
もうこれは間違いない。今ここが夢ではなく現実だという事も分かっている。
ベタ子は幽霊。これは確定した。
なら、次のステップだ。
「で、ベタ子さんは何しに来たんだよ」
「その名前で決まりなんですね」
ベタ子はしょげながら話始めた。
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