終幕:流家にて

 翌日は古月堂は休みで、僕は全てが終わった安堵感から縁側で見事な秋晴れの空を眺めてのんびりとしていた。


 電話が鳴り、魁が出た。

 すぐに切って魁は楽しそうに僕を振り返った。


「なんだよ? 誰からだったんだ?」

「リョウさんからでした。うちに珍しいお客様が来られるそうですよ」

「珍しい?」

「さ、そこを片付けて。私はお茶の用意をしますから」

 そう言って魁が台所へ引っ込んだところで玄関のチャイムが鳴った。


「おや? もう着いてしまわれたようですね……丁重にお出迎えして頂けますか?」

「いいけど、誰なんだ?」

「それは出てからのお楽しみ」

 魁のニヤけた表情に僕は小首を傾げた。

 近藤さんか酒井さんしか思い浮かばないが、珍しい客だと魁は言った。

 雨だろうか、と少々警戒しながら玄関の戸を開けると、そこには柚菜さんが緊張した様子で立っていた。

 思わず僕も緊張する。

 それで魁がニヤけていたのか。


「……いらっしゃい」

 驚いたのもあって一瞬、間が空いた。

「あの……この間のことで……ちょっとお話が……」

 柚菜さんは紅葉色の着物姿で、リョウさんから電話があったところを見るとお茶かお華のお稽古の帰りだと思われた。

「あ……ど、どうぞ」

 中へと彼女を促す。


『この間』というのはお花見のことだろう。

 あの告白についてかと思ったが、神妙な面持ちの彼女の様子から察するに何か他にあったのか。


「柚菜さん、いらっしゃい。リョウさんから電話を頂いてご用件は了承しております」

 客間へと続く廊下の途中で、台所から魁が爽やかな青年の姿で顔を出し、そう挨拶すると柚菜さんは「え?」と困ったように固まった。

 この期に及んでまた意地悪を。

「夕飯の買い出しがありますので、お茶をお出ししたら失礼させて頂きますのでご安心を」

 魁はそう言ってにこりと笑むと、柚菜さんは「お気遣いありがとうございます」と小声で言った。


 いつもと様子の違う彼女を少し怪訝に思ったが、魁が買い物に出かけると柚菜さんはようやく口を開いた。


「あの……告白のお返事をちゃんとしていなかったと思って……」

 いきなり本題に入られ、僕も身構える。

「……リョウさんに相談したんです。そうしたら想ってることはちゃんと言葉にしないと伝わらないし、聞きたいことはちゃんと聞いてハッキリスッキリさせないとってアドバイスもらって……それで……今から行って来なさいって送り出されちゃって……」

 リョウさんらしいアドバイスだ。

 でも、面と向かって改めて言われるのも辛いものがある。

 酔いから醒めた彼女の言葉は予想がつく。


「……リョウさんから聞いたんですが……両想いって本当ですか?」


「両……想い?」

 思わず聞き返す。


「あ、違いますよね。やっぱり嫌われてますもんね、私。ごめんなさい」

 彼女は顔を真っ赤にして俯き、今の忘れてください、と両手を振った。

 が、聞き返したのは勿論そういう意味じゃない。

 それをどう上手く伝えたらいいのか。

「い、いや。嫌ってなんかいません」

 とりあえず否定する。

 好きとか愛してるなんてやっぱり口にするのは難しい。


「避けられてる気がしたから……リョウさんが晴一さんには秘密があるって……」

 リョウさんから?

 急に血の気が引いた。


「……リョウさんから何を聞いたんですか?」

「……何も。ただ秘密があるとだけ。それって魁さんのことですか? なんか皆、魁さんのことを教えてくれないんです」

「魁は……」


 言いかけて止めた。


『忙しい時に時々手伝いに来てくれる人です』


 反射的にそう言おうとした。

 繕って繕って……そうした作り話はいつか綻ぶものだ。

 いつもいつも嘘を吐いてきた。


 でも彼女には嘘を吐きたくない。

 正直に募る想いを伝えたのに今更繕ってどうする?


 彼女が僕を好きだと言ってくれた。

 それはとても嬉しいことだ。

 でも、それを話してもまだ僕を好きでいてくれるだろうか。

 それにそもそも彼女は僕のどこが好きなんだろう?

 全くそんな素振りはなかったと思うのに。


 でも、この気持ちは嘘じゃない。

 近藤さん、酒井さん、リョウさんは祖父から話を聞いて知っていた。

 僕から誰かに自分のことを理解してもらおうと努力したことはない。

 ケンさんの時だって成り行きだった。

 誤魔化せるものならそうしたかった。

 でも柚菜さんには成り行きとか仕方なくとかじゃなく、伝える時は自分の口から話したい。

 例え彼女が受け入れてくれなくても、初めて自分から自分のことを話そうと思えた人だ。


 だから彼女には全てを告白する。

 それは大きな賭けだ。

 でも、本当の自分を知ってほしいし、何も隠したくない。

 彼女には全てを知った上でもう一度、返事を聞きたい。

 だから、まず雨の話をしよう。


 どんな答えが返って来ても、僕はもう恐れない。

 どんな目で見られても、どんな言葉を投げかけられても、僕は僕だと胸を張る。


 橋守を正式に継いだんだ。

 まず自分の周りと真剣に向き合えなければ、人ではない雨の妖となんて到底良好な関係を築ける訳がない。


 全部、正直に。


 僕は腹を括った。


「雨は好きですか?」

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