5.約束
魁はあまり食事を摂らない。
人ではないとはいえ、どんな生き物も生きている以上、何かしらの活動エネルギーが必要な訳で、それは魁も同じだ。
人と同じように食事で摂ることもあるが、基本は植物などの生気を吸って生きているらしい。
人の食事はお金がかかるので、と遠慮がちに殊勝なことを言ったこともあったが、自然からエネルギーを得る方が手っ取り早いし効率も良いらしい。
それがここ数年は作りすぎてしまったので、と言い訳しながら僕と食事を摂ることが増えた。
多分、朝と夜だけ、つまり僕が家で食事をする時は魁も食事をする。
祖父が亡くなってからだ。
祖父がいた時は祖父と僕が向かい合って食事をし、それを横から魁が眺めていることもあったが、大抵はすぐ隣の居間で洗濯物を畳んだり他の家事をしていた。
なんで? と訊きたかったけど、答えは多分分かりきっていて。
「一人で食事をするのは寂しい」
祖父の家に来たばかりの頃にそう言ったのを魁が覚えているからだ。
昔は一人で食事するのは全然平気だった。
ただ、両親が亡くなってから一人で食事をすると本当に独りだというのを嫌でも実感してしまって、一人で食事が摂れなくなった。
だから、近藤さんも店で一緒に僕と魁が作ったお弁当を食べてくれる。
本当は交代でお昼を摂るのが良いのだろうけど、幸か不幸か閑古鳥が啼く骨董屋なのでわざわざ交代で摂る必要がないのだ。
「橋を造った理由、でしたね?」
席に着くと魁がそう口を開いた。
珍しく魁の前に食事の用意がなかった。
話をする為か。
でも、それを決めたのは魁が夕食ができたと僕を呼びに来た時だから、初めから食事を用意していなかったということになる。
不思議に思いつつも魁の話に耳を傾ける。
「どうぞ。冷めるといけないので食べながら聞いてください」
促されて箸を手に取る。
和食用の食器に根菜がたっぷり入った豆腐ハンバーグにアボガドとトマトのサラダが添えられ、お椀には卵スープが入っていた。
ご飯はいつもの白米じゃなくて雑穀米だった。
祖父が亡くなって食事のメニューも少し変わった。
ヘルシーな食事は相変わらずだけど、和食が主だった食卓は洋食の方が比率が高くなった。
そんなことに今更気づく。
僕が食事に口をつけるのを確認してから、魁はゆっくりと話し始めた。
「私は最初の橋守によって橋と共に作られたモノです」
「作られたって……?」
「陰陽師が使役する式神のようなモノに近いと思います。ただ……」
「ただ?」
「いえ。私にも自分が本当は何なのか分かりません。刀は単なる
「依代?」
「刀に憑りついているようなモノ、とでも言いますか。私にも詳しくは分からないので、そこはさらっと流してください」
魁に困った顔をされたので、僕は頷くしかなかった。
「そんな風に生まれた私ですから、最初は人の感情というものが理解できませんでした。自我が芽生えたのは二代目の頃です。そこから徐々に人の感情を学び、人の子が成長するように私も成長してきました。なので、当時の私は橋守に命令されるがまま動くただのモノでした。それ故、今思い返すと恥じるようなこともしてきました」
魁はそう前置きをして、遥か遠い昔を思い出すように目を細めた。
「橋ができたのは西暦八百年頃の平安時代です。あの頃は陰陽師がいたりして、政治も占いで動かしていた時代だったんです。特に天候を操る術は重宝されました。日照りが続けば農作物に影響が出ます。それはつまり人々の飢えに直結しますので、まさしく死活問題だったんです。天候、特に雨を降らせる為に人柱なんてものが随分昔からされていました。そんなことをしても無駄だと現代人は知っていますが、当時はそれで降るんだと信じられていたんですね。稀に本当にそれで雨が降ったりするんですから。例え降らなくとも人柱が神に気に入られなかったせいだとか何だとか、理由はいくらでもつけられましたしね。それを最初の橋守は止めたかったんだと思います。だから、橋を造って雨を操ろうとしたんです」
初めて聞く話に箸が止まる。
とても食べながら聞く話ではない。
が、魁が視線で食事を続けろと促すので、仕方なくご飯を口に運んだ。
「最初はそういう純粋な気持ちから造られた橋でしたが、人が代わると考え方も変わるもので……それに時代が変わると環境も変わりますしね。徐々に橋は欲の象徴ともいえる存在になっていきました」
「欲?」
「あの橋は最初は雨を呼ぶ為のものでした。呼ばれた雨だけがこちらに来られる、そういう仕組みだったんです。だから、最初は『橋守』という名ではなく『
「雨の欲って……?」
僕の問いに魁は再び意地悪な笑みを浮かべ、話はここまでです、と皿を指さした。
「さっきからまたお箸が止まっていますよ」
「た、食べるから続きを話してよ」
「続きはあなたが橋守を継ぐと決めてから、です。契約の内容に係わりますので、この先は橋守にしか話せません」
「そういえば、まだ橋守じゃないってどういうこと?」
「儀式が必要なんです。本来なら一六歳の夏にその儀式をしなければならなかったんですが……」
「一六って……もう二七だけど?」
「成人したらということで先延ばしにしてたんです」
「二十歳もとっくに過ぎてるけど?」
「……だから鬼雨がしびれを切らしてきたんですよ」
魁は僅かに悲しそうな困った顔をした。
魁は僕に橋守を継がせたいけど、祖父が継がせたくないと言っていたのでその板挟みになっているのだろうか。
「継ぐよ」
「またそう口先だけ……」
「違う。本当に継ぐ。ただし、話を聞いて橋守が現代にも必要だって思ったら」
「そういうズルは無しです。では、ズルができないように鬼雨を呼びましょうか? 鬼雨の前で宣言してくださったらお話しますよ?」
鬼雨。
そういえば約束していた。
契約を引き継ぐ気があるなら呼べ、と言われている。
それはつまり橋守を継ぐ気があるならば、ということだ。
結局、いずれにせよ鬼雨にも橋守を継ぐか否か報告することになっている。
僕はまだその契約の内容も知らない。
橋守を継ぐとなれば自動的に契約を継ぐことになる。
否応なく祖父が絶対にダメだと言っていた雨との契約を僕はすることになるのだ。
雨との契約には『死』が付き纏う。
それは祖父のように自らの死かもしれないし、両親のように大切な誰かの死かもしれない。
「呼んでもいいですか?」
魁のその言葉で突如記憶が蘇る。
「もし……困ったことがあったら……鬼雨を呼びなさい」
祖父のあの言葉の先は『鬼雨』だ。
雨を呼べるのだとその時知ったんだ。
それを今までずっと忘れていた。
祖父は鬼雨を本当に信頼していたのだ。
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