5.白雨の波紋
「大丈夫? 酷い顔をしてるわ」
店先に行くとリョウさんが心配そうに僕を覗き込んだ。
ケンさんは何も言わず、タオルを渡してくれた。
リョウさん達は僕と白雨の会話を聞いてはいない。
僕の声しか聞こえていない。
が、それも少し距離のある店の中にいたリョウさん達には多分僕の声さえ聞こえていなかったと思う。
でも、何があったの? と詮索はしない。
ただ、僕を心配し、お茶でも飲みましょう、と部屋へ招いてくれた。
「落ち着いた?」
冷たいお茶に少しだけ落ち着いたので、小さく頷く。
「ケンさん……驚かせてしまいましたよね」
僕の隣の魁を不思議そうに見ながらケンさんは大きく何度も頷いた。
「リョウさんからさっき少しだけ聞きまシタ。橋守? というヒーローだって」
ヒーローという言葉に僕は困惑する。
そんな凄いものじゃない。
「僕には雨の妖が見えるんです。魁は雨を浄化する為の刀として僕の傍にいます」
僕がそう説明すると魁は鬼雨の姿からいつものお手伝いのタキさんに姿を変えた。
ケンさんは欧米人っぽく「オウ!」と驚いたリアクションをした。
「タキさん、人じゃなかったデスカ! 凄いデス!」
ケンさんの反応は思いの外、スーパーマンでも見るようなもので、気味悪がられたりしなくて安堵したものの、ちょっと居心地が悪かった。
僕はヒーローなんかじゃないし、それを嫌々やっていたのだから。
「さっきのサムライみたいでカッコ良かったデス! サムライ・ソードもカッコイイ! アメイジングッ!」
興奮気味のケンさんをリョウさんは楽しそうに笑って「クール・ダウンね」と窘めていた。
「分かってマス。ここだけの秘密ネ。誰にも言いません」
そう言ってケンさんは欧米人っぽい口に鍵をかけて鍵を投げるマネをした。
「それと一つお願いが。僕の前では人の名前を呼ばないようにして下さい。雨に聞かれるとマズいので」
「了解デス。でも何て呼んだら良いデスカ?」
「晴一君は橋守、私は和菓子屋、近藤さんは骨董屋、酒井さんは呉服屋、柚菜ちゃんは孫よ。でも柚菜ちゃんは晴一君が橋守だって知らないから内緒よ?」
リョウさんが人差し指を口に当てる。
「あれ? タキさんは?」
「私のことはタキさんで。この姿以外の時は魁って呼んでください。私の名前は全て本当の名前ではありませんから」
「本当の名前知りたいデス」
「それは私も知りたいですね。名前をもらった時、まだ赤ん坊だったので知らないんです」
「オウ……それは悲しいデス」
会話が一段落した時、電話が鳴った。
ケンさんが走って出る。
少しして「橋守、和菓子屋」と声が掛かった。
「骨董屋が心配してマス」
早速秘密を守ってくれているケンさんに僕達は苦笑しながらリョウさんが電話を代わった。
そういえば、お使いの途中だった。
リョウさんが事の次第を話してお使いが遅れている理由を説明してくれた。
ケンさんが知ってしまったことも。
「お茶の先生、今日は来られなくなったそうでちょうど良かったわね。それと今日はもうこのまま帰っていいって。だから二人共、お夕飯食べて行かない? たまには大人数で食べたいわ。それにケンさん、意外と料理が上手なのよ?」
リョウさんの提案にケンさんが任せてと言わんばかりに胸を張りドンと叩いた。
二人の視線を受け、僕と魁はそのお言葉に甘えることにした。
「ケンさん、ありがとうございました」
台所へ向かおうとするケンさんに御礼を述べると、ケンさんがきょとんとした顔をした。
「水をかけてくれたじゃないですか。あれ、お蔭で助かりました」
「それはリョウさんに言ってクダサイ。私、言われた通りしただけデス。助太刀できたナラ私もヒーローの仲間デスネ!」
そう言ってケンさんは嬉しそうに台所へ行ってしまった。
ケンさんが料理を作っている間、僕達は客間で待つこととなり、話題は先程何があったのか、その説明に戻った。
魁が説明し、白雨と僕との間で交わされた会話もかいつまんで話した。
「そう……ご両親と
辛かったわね、とリョウさんが辛そうな顔をした。
「でもなぜ橋守を探して現れたのかしら? だってまだ万全な状態じゃなかったのでしょう?」
確かに。
しかも祖父は白雨に殺された。
既にもう目的は果たしている。
生き残った魁を狙って現れたのなら分かるが僕を狙っていた。
ということはまだ白雨の目的は果たされていなかったことになる。
が、一度深手を与えられた相手には普通慎重になるものじゃないだろうか。
「魁さん、話してないことがたくさんあるようだけど? 部外者の私が余計なお世話かもしれませんけどね、当事者である晴一君には全部話しておいた方がいいのじゃなくて?」
リョウさんの言葉に僕が大きく頷くと魁は「そうなんですけどね」と歯切れ悪く困った顔をした。
「お節介ついでに。話せないならせめてその理由を言ってあげたらどうかしら?」
「理由……そうですね。先代の本心がどこにあったのか……それが分からないので迷っています。私は人ではありませんから、人の複雑な感情を未だに理解できていません」
「瀧さんがどう思っていても、決めるのは晴一君でしょう? 子供にはこうあって欲しいっていう親の願いはあるけれど、子供自身のこうありたいっていう願いだってあるもの。人はね、例え自分の子供であっても他人よ。一人の人として尊重してあげなきゃ」
「確かにそうですね。では今夜にでもゆっくりお話ししましょう」
魁はそう言って笑顔を見せ、リョウさんも安堵した様子を見せた。
そして、その夜。
魁は両親の死の真相を話してくれた。
あの日、僕に遠い親戚の法事に行くと言って出て行った両親は祖父の家へ行っていた。
僕が橋守を継がなくていいように両親と祖父との間で話し合いがされていた。
僕が一五歳の時、儀式をしなくて良いように祖父は白雨と契約した。
今の成人は二十歳だから、と。
歳は数えで計算される。
高校三年の五月、再度祖父は白雨と契約する。
が、この時、白雨は祖父が僕に橋守を継がせる気がないことを知る。
契約した後だった為、その怒りの矛先は両親に向けられた。
雨を降らせただけだった。
父は僕の『盾』だった。
盾の役目は孫が橋守を継ぐまでの間、守ること。
仮に橋守を継ぐ前に先代が亡くなった場合はその任を引き継ぐこと。
この二つだ。
盾は雨を見ることも声を聞くこともできないが、感じることはできる。
雨が近くにいるかどうか、それだけは分かる。
それとは別に盾には一つだけ力がある。
魁に命令する力。
どこにいても魁を呼び寄せることができた。
だから父の声に魁は呼び寄せられ、白雨を攻撃した。
だが、橋守がいなければ刀にはなれず、浄化もできない。
そもそも契約中は互いに傷をつけることはできなかった。
そして、契約が切れる年。
僕が一九歳の時、祖父と魁で白雨に深手を負わせた。
けれど、祖父はそれで亡くなった。
「ん? ちょっと待って。それだと自殺ってことにならないだろ?」
「白雨はスリップした車が側壁に激突する様を見て、自ら車で突っ込んだのだと思ったのでしょう。警察の現場検証でもそのような事実はありません。自殺ではなく不幸な事故です」
魁の説明は確かに正しく思えるが、白雨の言葉が妙に引っかかる。
「今お話したことに嘘偽りはございません。信じるか否かはあなたにお任せします」
魁はそう言って話を終えた。
僕は聞きそびれたことがまだ一つ。
魁は『雨』なのか?
それが魁を信じられない理由だった。
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