雨の橋守
第壱話 宿雨:yadorime
1.嘘と電話
雨は好きですか?
おそらく嫌いな人の方が多いだろう。
濡れるから。
洗濯物が乾かないから。
屋外でのイベントが中止になるから。
電車などが遅れるから。
様々な理由があると思う。
だけど、僕、
僕は小さい頃から『雨』が見える。
雨、といっても誰にでも見えるあの雨とは少し違う。
雨の多い国だから、雨の名前もたくさんある。
そんな雨の名を持つ水の
彼らは雨の日に現れるが、空から降って来る訳じゃない。
人の姿をしているが、どこか普通の人とは違う彼らは、祖父の家の裏にある古い小さな石橋の向こうから来る。
その橋を利用する人はおらず、渡って来るのは常に雨の名を持つ水の妖達だ。
その橋を守り、また彼らとこちらとの境界を守るのが『
自分が橋守だと知ったのは高校三年のゴールデンウィーク。
そして橋守を継いだのは大学二年生の夏。
その時一緒に継いだのは祖父の家とそして、
ところで、何日も降り続く雨のことを何て言うか知っているだろうか。
***
高校三年の五月。
連休中にふいに両親が遠い親戚の法事へ行くと言い出した。
朝早く車で出掛け、夕方には戻ると言って。
両親は駆け落ち同然で結婚したらしく、母方とは絶縁状態で父方も祖父母は既に亡く、他に親戚もいないと聞かされていた。
だから『親戚の法事』というのは違和感があった。
「もう急に電話があって……」
母がそう困ったような表情で言った。
遠い親戚って誰? とか。
誰から連絡があったのか、とか。
その時は何も疑問が浮かばなくて、そうなんだ、とただ受け入れていた。
だから、二人の下手な芝居も嘘も全く気付かなかった。
今思えば、母の困った表情は急に電話があったからじゃなくて、僕にどう説明したらいいのか咄嗟に良い嘘を思いつかなかったからで、父が珍しく僕の肩に手を触れて行って来る、と言ったのも、僕の為に嘘を吐いたが故の罪悪感からだったのかもしれない。
いってらっしゃい、とアパートの狭い玄関で見送ったのが最後だった。
閉じたドアが開くことはなく、お帰りなさいと言うことはなかった。
父が運転する車はカーブを曲がり切れずに側壁に激突して、両親とも即死だったそうだ。
通り雨があって、濡れた路面をスリップしたのだろう、とのことだった。
それを死んだと聞かされていた祖父から聞いた。
親戚の法事ではなく、両親は祖父の家に行ったのだった。
事故が起きたのはその帰り道。
夕食の時間が近づいても何の連絡もなくて、両親の携帯に電話しても繋がらなくて、法事ってそんなに長時間かかるものなのか、行ったことのない僕は何も知らなくて。
やっと家の電話が鳴ったのは夜八時近かった。
「……初めまして。
祖父の第一声はそれだった。
同じ苗字だったから遠い親戚の人なのだろうと思った。
「初めましてがこんな電話になって……」
低い声は少し震えていた。
「私のことはお父さんから死んだと聞かされていただろうけど、私はその、
連絡が遅くなって申し訳ありません、と言われたが、何を言っているのか、何を謝られているのかまるで理解できなかった。
何かの冗談か詐欺だと思った。
黙っていると、震える声で、
「君は『雨』が見えるでしょう?」
唐突にそう訊かれた。
雨は誰でも見える。
でも、その雨じゃないことは分かっていた。
「そのことについて話をする為にご両親はうちに来られたんです。あなたを雨から遠ざける為にしてきたことが、逆にあなたを苦しめていたようですね。いつまでも避け続けることはできないと分かっていましたのに……」
その後、祖父と名乗ったその人はいろいろと何かを話していたが、僕はずっと黙っていた。
両親が死んだと聞かされ、死んだと聞いていた祖父がそれを伝え、その人は僕の秘密を知っている。
混乱するなという方が無理だ。
よく理解しないまま、僕は電話を置いた。
会話が終わったのかさえもよく分からない。
いや、ほとんど黙っていたから会話じゃなくて、一方的に向こうが話していただけだ。
両親が死んだのは本当だろうか。
本当なら真っ先に息子の自分のところに警察か病院から連絡が入るはずだ。
でも、祖父が対応したなら、息子とはいえ子供の自分に連絡は入らないのかもしれない。
警察に電話で確認する?
いや、その前にテレビをつけてニュースを見た。
全国のニュースをやっていてローカルニュースはやっていなかった。
他のチャンネルはドラマかバラエティばかり。
時間帯が悪かったか。
そう思ってスマホでネットのニュースを検索する。
でもどこにもそれらしいものは載ってなかった。
待ってれば何事もなかったかのように両親が帰って来る気がした。
今の電話はいたずらだ。
そう思ってリビングのソファに座ってただ待っていた。
玄関のドアが開いて、ごめんごめん、遅くなった、と笑う両親が帰って来る。
そう信じて寝ないで待っていた。
そのつもりだったが、いつの間にか眠っていたようで、目を覚ますと朝になっていた。
そして、見慣れぬ天井が視界に広がっていた。
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