第3話


 あまりにあっけない。


 胸の内に浮かび上がってくる落胆を改めて言葉にする気にもなれず、勇者はその身が朽ちるのを、ただ待っている。

 崩れ行く瓦礫の雨に埋もれ、それに抵抗もせず、この肉体が――九百九十九度目の肉体が朽ちるのを、ただただ待っていた。


 彼の持った剣にはどす黒い血が滴り、虚脱した視線の先には豪奢な着飾りをされたままの人影が倒れている。

 贅の限りを尽くされた装飾から、破滅と滅亡の禍々しい色を読み取った。

 支配によって得た物々だろうと、勇者は察した。


 この世界の誰もが忌み嫌い、同時に恐れた存在。

 支配されながら、逃げ惑いながら、戦いながら、勇者の存在を待ち続けた人々の怨敵。

 略奪と支配を繰り返してきた人類の絶望。

 だがしかし、彼にしてみればそこにしがらみなど在りはしないが――魔王が、そこに倒れている。


 この旅路の幕引きは、あまりにあっけなかった。

 とある世界では彼が一から情報を集めて手にした伝説の剣も、九百九十九度目の自分は目を覚ましたときには持っていた。

 魔王直属の魔物たちも、簡単になぎ払い。

 魔王も同様に、この剣の一振りで屠った。


 何かの予兆であるように、簡単に事が運んでいく。

 この居城にしてもそうだ。

 過去の人生ではもっと漠然とした拠点を構える魔王が多い印象である。

 漠然とした拠点と城で、見つけやすさと攻略しやすさと言う意味では後者の方が強い。

 城を力の誇示とすると、どちらが魔王にとって良いのかなど、そんなことなど興味なかった。

 なんとなく、正真正銘の彼としての身体だった頃の魔王は城を持っていたことを思い出す。

 謁見の間で決戦し、そして敗れた。

 今となってはどうとも思わないが、涙を呑んだものである。


 ある意味、魔王が最後の力で城を崩して勇者を道連れにしようとしたことさえ、彼には都合が良い。

 魔王を殺し、新たな世界へ巡り、また殺す。

 その作業の一環である、わざわざ自分から死ぬ手間が省けたとさえ思っていた。


 気付けば瓦礫に貫かれた下半身にこの肉体の限界を悟りながら、痛みさえも苦とならない精神はあまりに都合の良い事運びに何か怖いものを感じさせた。

 死さえ恐れないというのに、不思議なものだ。


 久しく思い出した感情はやがて激しいまどろみに呑まれ始める。

 いい具合に血が抜け出してきた肉体に、勇者は身を委ねた。


 流れる血の感覚に心地よささえ感じながら、彼は悠然とその瞳を閉じた。



  ◆  



 ――そして、千度目の転生。


 キリも良いことだし、これで終わってはくれないか。と、勇者は考えた。

 既に芽生えている意識に、新たな人生は嘲笑から始まった。


「……フン。下らんな」


 まぶたも開かぬ先、下らない愚考に鼻で笑う。

 徐々に覚醒していく意識を気だるく受け入れる。

 そして、その瞳を悠然と開いた。


「――どうかなさいましたか?」


 不意に丁寧に紡がれた声と共に、飛び込んでくる光景に勇者は強烈な既視感を抱いた。

 転生した直後ではありえないはずの既視感に混乱しながら、続く言葉に耳を疑う。


「――魔王様」


 彼にとってこの光景とは、忘れるはずもない空間だった。


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