第15話

 今一度魔王の居城へと戻り、部隊を整える。

 半年前、聖剣狩りの時にも出向いた部隊だ。

 今回は奴隷を確保するという性質上、いくら魔王といえど単身で乗り込んだところで効果は薄い。故に、およそ半年ぶりにも及んで軍勢を集わせたのだ。


 記念すべきというには語弊があるが、最初の奴隷とするのは彼の者への人質という意味においてこれ以上に効果の大きい者は居ない。親、兄弟、友人、知人、彼という人格や強さを、勇者という存在を作り出した周囲の仲間たち。

 俺たちは勇者の故郷へ出向く。

 それは偏見かもしれないが、仲間という存在を重んじる勇者にとって、年来の知れた友はその身を呈してでも守るべき存在なのだろう。そこに隙を見せることが互いに命取りになることなど分かり切ったことだ。その点、勇者がそんな小賢しい手段を取ることもない分、この魔王に都合よいことは否めない。無論、それもまた偏見ではあるが。


 とにかく、常に周りに仲間の居たリア充、故の死角を出し抜く。嫉妬ではない。優秀な仲間たちに囲まれたこの魔王が嫉妬するはずがない。前世のぼっちだった記憶こそ彼らへの仲間意識を芽生えさせたというのなら、ぼっちだった記憶こそ勇者を欺くに最も適しているとも言えるのだ。魔王となった今だからこそ、臭いようだが仲間の大切さがわかる。素晴らしさがわかる。

 リア充を殺すには周りからだ。今の俺から配下たちを奪われること、想像するだけでも恐ろしい。それをかのリア充めに体感させてやろうというのだ。

 積年の恨みをはらさでおくべきか、リア充は爆発してもらう。


 敢えて忌みする部分を見つけるとすればそんなところか。こんな気の持ちようでもなければ少々の躊躇いすらもある。流石に身の知れた友人を盾に使うのは、それこそ仲間という存在に触れた今こそ煮え切らない部分があった。正々堂々なんて言葉を取り繕うつもりはないが、この力を持ってしてそれを避ける理由は悪人的な思考としか言いようがない。

 まあ、魔王なのだが。


「勇者の故郷とは言え辺境の小さな村。危険は無いかと思われますが、くれぐれもご注意を」

「安心しろ、油断はせんとも」


 そんな考え事をしていると、どこか上の空だった俺にガーネットちゃんが気を引き締める言葉をくれた。

 俺は身を入れ直し、いつもの威厳を持って返事をする。それでも、気の入りきらない自分を自覚して、ガーネットちゃんの厚意に甘えるように吐露してしまう。


「ただ、こんなことが其方らの忠誠に応える形かと思っては、我ながらため息の一つも出てしまってな」

「滅相もございません。我々は魔王様の覇道へと着いて征くのみ、そこに疑問を抱く者は居ないのです。もしも魔王様が引け目を感じてしまったのでしたら、それは我々の精進が足りぬ証拠。魔王様に自責の念すら抱かせてはしまわぬよう、尽力いたします」

「……ああ。頼りにしている」


 相も変わらず心強い限りだ。あるいは、そんな答えを求めて吐き出していたのかもしれない。今の俺は恐らく、否、間違いなく魔王然とした態度とは言えないだろう。彼女らの忠誠心に応えようとするあまり、過剰に自らを卑下している。それもまた前世の記憶だからとしか言いようがないのだが、忠誠を無駄にはしたくないという思いが既に魔王として自覚が足りていないのだ。魔王然とし、玉座にでもふんぞり返っている方が彼女らにとっての忠誠への証明になるだろう。

 それでも、甘えたくないという自己満足に、前世の記憶に甘えてしまうのだ。

 ガーネットちゃんの言葉は常に耳に心地良く、染み入ってくる。


 それもまた魔王として一つの姿とは、こんな俺が言えたことではないのだろう。だからこそ自分の中に甘さを見るのだ。

 当然俺はこの世界にきて仲間を知ったのだし、彼らを重んじることは前世の記憶ながらには立派なことである。今の俺の在り方を鑑みても素直に頷くことはできないが、それはそれとして魔王らしさと言えなくもないのかもしれない。忠誠が厚く義理に堅い、配下の者たちに慕われる王と言えば聞こえはいいが、今の俺は彼らの忠誠に対し義理を果たすことも中途半端になっている。もとより、魔の王たる者としてあるべき姿とはかけ離れている。だがやはり、そこを目標としてしまうのは人間としての記憶の性か。

 勇者の故郷へと発とうとする今も尚、この魔王自ら出向くことで最大の手向けにしようとは、しがらみを切り離せない生温さを露呈していた。

 今は魔王の名に保たれた体裁、如何に保守すべきかは、もはや分かり切っている。


「ガーネット、皆に伝えおくのだ。この魔王に続け、と」


 魔王としての振る舞い。今は演技でもいい。魔王らしさなんて、前世で普通の人間だった俺が分かるはずもないし、簡単に身につくものでもない。そもそも意味が分からない。

 魔王らしさとは何ぞや。何故俺は俺自身にそれを求めているのか。

 それは恐らく、やはりこの魔王の言葉に打ち震える彼女らの忠誠に応えるために、一目惚れした彼女のために、見栄を張りたいだけに過ぎないのだろう。それこそが魔王らしさに足りぬ根幹というのなら、魔王の名を捨てでも惚れた女の前で格好つけられる男でありたい。そんな気概を持っていることが既に彼女に応えるべき王の姿として矛盾しているのだ。

 だからこそ中途半端になってしまっているのだろう。


 時間が解決してくれるほど簡単な問題ではない。

 ともすれば、今回勇者の故郷に出向こうという非道な手段が、魔王としての俺を成長させてくれるきっかけとなってくれるのか。魔王の力を持ってして勇者を恐れている俺が、彼の者の仲間を盾に戦うことができるのか。

 勿論平穏に終わる手段があるなら俺はそれを望む。だがそれは魔王の名が許してくれない。

 ならばこの非道な手段の中に、魔の者としての、魔王としての思考を身に付けるしかないのだろう。この魔王自ら出向く理由はその程度だ。そんな魔王を見て、ガーネットちゃんは覇道に付いて来てくれると言う。その内心なんて知らずに取り繕った外装を信じてくれているのだから、やはり忠誠に応えずは魔王の名が、そして何より俺自身の意思が恥ず。


 勇者の故郷へ。

 奴隷という建前に交流を図るなんてことがただの綺麗事なんて分かっている。その実、人質という意思がそこにある時点で、俺の思想がどうあろうと奴隷となる者への敬意は皆無だ。

 それでも俺は彼らを盾に取る。勇者が怖いからだ。

 勇者を恐れる必要すらなくなるほど、危惧される要素はひとつづつ消していく。

 彼の者を恐れることがガーネットちゃんの忠誠に傷を付けているのなら、こんな方法でも俺はそれを取り除くしかない。


「さあ。彼の者を生み出したその根源、この目で確かめてやろうか」


 魔王自ら出向く意味、配下の彼らには先陣を切る雄大な姿にでも見えているのだろうか。

 本来魔王の力を使うまでもないはずのこんな行為が、恐れの中にあるとは想像もできないだろう。

 あるいは、魔王の存在感こそ奴隷への恐怖を印象付ける最大限の効果をもたらすかも知れない。


 俺の中の意思を押し込み、魔王として呟いた。


「人間どもに恐怖を刻み込んでやろう」


 俺自身の恐怖を見透かされぬよう、敢えて彼女の前で口にしたのだ。


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