第14話
それから半年の月日が流れた。
以来、配下の者たちによる労働で遂に奴隷を収容する施設が完成した。人手の数と、何より骨の肉体による不休の労働に勝る手際もなく、存外早く完成に導いてくれた。山をも退けた場を埋める規模は圧巻で、その完成の早さも彼らのおかげであるとしか言いようがない。
新築とは名ばかりに、誇っりぽさの漂うその景観は施設が目的とする本質としてやむ得ない印象なのだろう。前世の記憶が染み付いた思想は時間の流れだけで覆るほど優しくもなく、そこに善良な感情のみを抱くことは未だにできない。
発言の首謀者として無責任な限りではあるが、魔王である前の俺の意識として、あるいは捨てるべきではない感情なのだろうか。少なくとも、奴隷という建前で交流を図ろうとする俺の意志に嘘は付けない。前世の記憶は魔王としての立場の邪魔にしかならないが、俺が俺である以上、善悪の区別は否応にも偽善的になってしまうのだ。それが未だに温い思考を切り離せない理由だった。
月日の経過が動かしたものは、何も俺の目下のことだけではなかった。
俺、改め魔王の目覚めに並行して力を蓄えているという勇者の存在。彼の者の活動もまた活発となり、各地にその名を轟かせているという。いよいよ勇者と魔王の構図が激闘の最中へと踏み込んでいく。最終的な対峙というのは、恐らく避けることのできない因果であろう。
そこへ向けて確かめた魔王の力は、何人も恐る必要のない大きさだった。聖剣を奪い脅威は取り除いたはずだ。優秀な仲間たちに囲まれたこの魔王が恐ることは何もない。
それで尚、危惧を続けるのは俺が俺である所以なのだ。
今も各地へと頼れる配下を配置し勇者の進行を妨害している。
彼らが時間を作ってくれる中であらゆる対策を講じ、この魔王もまた万全の態勢を整えてきた。差し当っては件の奴隷の価値も、ただの奴隷以上の価値を為すことだろう。つまるところ人質として、勇者の手を妨げてくれることを期待したい。
そこに生じる後ろめたさは我が身を守る手段と押し殺す。もっとも、割り切れているわけではないのだが。
何時の日か来る勇者との死闘。
負けるはずがないと繰り返してきた自己暗示も如何せん根拠がない。否、魔王の力こそ最大にして基本的な手段である。それでも俺は奢りを見せてはならないと、この奴隷施設の建設に着手した当初から考えていた画策があった。あるいはこの完成を待ち詫びてきた半年の間、誰にも話してこなかったのは後ろめたさという最大の要因が俺の口を閉ざしてきたのだろう。
それは我ながらに非人道的だと思ったからこそ、俺という意思が歯止めを効かせたのだ。
人質という意義を最大限に利用する方法。
この歳月の間、力を蓄えていたのは勇者だけではない。この魔王もまた、対抗する手段とし彼の者の情報を集めてきた。力を蓄えてしまったことが彼の者への不幸を告げる。
所詮願望に過ぎないが、弱きままで居れば、俺もこんな方法を取りたくはなかった。
「――どうだねマルク。これからはここで過ごすことになるだろう。人間共の管理は任せたぞ」
「身に余る光栄です。魔王様のお役に適うよう、尽力しましょう」
同じく、マルクの意思を矯正するにも十分な時間だった。
その下げた頭にも、今はもうある程度の信用を持つことができる。ガーネットちゃんは今でも抵抗あるようだが、この魔王の態度にも習い利用価値として割り切っているようだ。
「今は空っぽのこの施設、早速欠片を嵌めていこうじゃあないか。ガーネット、また世話をかけるようだが人間共の下へ転移を頼むことになる」
「不服申立てはございませんが、しかし、魔王様自ら出向くこともないのでは?」
「無論、此度は優秀な我が配下たちに任せようとも。ただ今回ばかりはこの魔王自ら出向きたい場所があってな」
「それは、何方か訪ねても?」
当然の反応としたガーネットちゃんの問いに、そこで俺は少々言い淀んでしまった。奴隷、人質という意義への後ろめたさがあるからだ。まして、俺が口にしようという答えが正に歯止めの要因とは、それこそ言葉にするに躊躇があった。
だが、そこに心を痛めているのは筋が違うのだろう。
所詮は魔王として本来あるべき姿を持てない俺の傲慢である。
「――勇者の、故郷へ」
勇者の生まれ育った故郷、彼の者の根底を作り上げた環境。
そこに踏み込むということが彼への冒涜と知りながら、俺はやむなく気を吐くように口にした。
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