第3話
「――魔王様。この復活の暁に勇者の首を打ち取りに出向いては如何でしょう」
何やら物騒な物言いが聞こえてくるのは他でもない、ガーネットちゃんのその妖艶で艶やかな唇からだ。
普段、と言っても、俺こと魔王の復活から考えて日は浅いが、物静かな彼女の口から聞く言葉として少々物々しい。物静かというよりも、お淑やかな慎ましさとも言うべき気品に、どこか相応しくないような発言だった。だが俺は、そこに違和感を覚えることはないのである。
魔王の軍勢として、一つの主張に成り立っているのだ。
魔王の側近として、その進言は斯くも必然であり自然だった。
だから俺は一考を余儀なくされる。
俺が、魔王として君臨するなら、当然その対となる存在も現れるだろう。それが勇者だ。
曰く、彼の者はこの魔王の復活に並行して力を付けていたと、ガーネットちゃんは言うのだ。勇者と魔王の関係である以上、相入れることは出来ない。故に、何かしらの手段を講じる必要がある。さし当たっては提案された方法が最も手っ取り早いのだろうが、如何せん、俺は乗り気にはなれなかった。
魔王として勇者を討つ。勇者も俺の首を狙う。分かりやすい関係である。前世の記憶で考えても、単純な命のやり取りだ。俺はそれが怖かったのだ。
アニメや漫画で見るものがそんな簡単な提案一つで左右されるはずもなく、アニメや漫画以上にシリアスな内心では頷くことが出来ない。そしてそれが前世の記憶として、普通の感覚で合っているのだろう。
ならば代案を考えなければ、ガーネットちゃんも提案を受けたまま考え込む俺に戸惑いつつ、言葉を待っている。力を付けている段階というならば、早めに策を打たなければならないのは間違いなかった。だが、小心者の俺には血を見たくないというエゴがある。殺すか殺されるかの戦いの場に、そんな仁義があっては命取りになるのは分かっている。
だから俺は、魔王にしても勇者にしても未熟なこの闘諍に水を差してやるべく、その力を削ぐことで手を打つのだ。
「ならば、彼の者から先に武器を奪ってやろう」
アニメや漫画の最後の鉄則。
己を鍛え、あらゆる苦難を乗り越えた彼らは、得てして武器を手に入れるべく最後の冒険をする。
きっと、この世界においては伝説と謳われる武器だ。それを手にすることで、漸く魔王の居城に乗り込むのだ。それを奪う。先に奪っておく。
「さすがです魔王様」
それだけで俺の意図を汲んでくれたのか、実際は臆病者のただの姑息な手段だとは思っていないだろう。
いや、思われていたらそれはそれで恥ずかしいが、とにかく、たゆまぬ忠誠の目が痛々しかった。この魔王の発言ならば全て受け入れていくという姿勢に気恥しくなりつつ、その理解の速さには素直に感心する。優秀な部下を持つ無能な上司という立場が、絵に書いたように俺という存在を表している気がした。
そんな内心の不甲斐なさを隠すように、俺は何時もの威厳を示すのだ。
こういう芝居だけ板についてきたような気がしないでもない。
「――ああ。聖剣狩りだ」
豪奢の限りが尽くされた玉座に座り、頬杖をつく。
客観的に見て、その威圧感は魔王のそれだ。
そんな取ってつけたような威厳も、魔王に見えているはずだった。
◆
聖剣。
神話や伝説の中で神々や英雄達が扱ったとされる名器。この世界でも恐らく、勇者の手元に収まるべきはずだった。
俺はこれからそれを狩る。勇者の手元に収まってしまう前に、事前に奪っておこうという作戦である。
正直、軽はずみな発言だった。よもやこれほどの部隊が集ってしまおうとは、俺は想像していなかったのだ。
「魔王様、先遣隊の準備が整いました。併せて本隊の武装も直に終わることでしょう」
「構わん。まずは先遣隊から征かせろ」
「畏まりました」
そう言って、ガーネットちゃんは小さく頭を下げ、そのまま踵を返し指示を繰り出す。魔王の命を的確に、更なる伝令班に忠実に綴った。流れるような、仕上がった作業である。
ここは玉座の間。
俺は相も変わらず頬杖を付いたまま、偉そうにふんぞり返っているだけだ。
部隊の数は数百に及ぶとのこと。ほとんどガーネットちゃんの進言に従いつつ、俺だけでは間違いなく持て余してしまう部隊になんとかそれらしい指示を下せた。
部隊を向かわせるのは、この世界で聖剣が祀られているとされた大神殿だ。迷宮のように入り組み、獰猛な守護獣達が力無き者共を拒んできたらしい。勇者の最後の試練に相応しい、聖剣の在処である。
これだけの部隊ならば、その袂に近付くことも可能だろう。
ぼっちだった俺がこれほどの家臣に囲まれ、その忠誠の上に胡座をかく。俺を中心に仲間たちが集まってくるというのは、純粋に悪い気はしなかった。ただこの魔王の扱われようがむず痒いくらいで、リア充の気分ってこんな感じなのかなあなんてことは、多分それはまた別物なのだろう。
だからこそこの思いは勘違いかもしれないが、それでもぼっちだった俺を初めて慕ってくれる仲間を失うのは誰一人であっても辛い。初めてにしてはその数は規格外だが、玉座の間を後にしようと頭を下げた伝令班の上から更に命令を重ねるのだ。
「危険だと判断したなら直ぐ様撤退するように伝えておけ。こんな馬鹿げた遊びに命を落とす必要はない」
もう一度頭を上げては、その表情に感銘を携えている伝令班。
何がそこまで彼を駆り立てるのか、唇を震わせるばかりでその感動を言葉にできなさそうにしている理由はガーネットちゃんが説明してくれた。
「あのような下等な者にまで直接その素晴らしき御声掛りを差し出すとは、なんと心広きことでしょう。しかし、僭越ながらこの不肖ガーネット、私に進言頂ければその寛大な御言葉を一字一句紛うことなく伝えることが出来ると自負しております故。何も、魔王様の御口を汚すことは御座いません。彼の者は先の御言葉を一生胸に背負うことでしょう。その上、下人までを想う内容に言葉も出ない様子。私もまた、寛大な御心に痛く胸を打たれました」
言葉の結尾には手を添えるように自分の胸を抑え、少々熱の篭った弁で俺に言う。
そこまで意味のある言葉のつもりはなかったのだが、それも世界を超えた価値観の違いの一つだろう。あるいは魔王とその家臣の明らかな差異だ。この世界においては常識だとしても、そこに若干の隔たりを覚えてしまうのは仕方があるまい。
まだ、魔王としての自覚が足りないと言えば、そんな表現に自分で納得いく。
少なくとも、ガーネットちゃんや下人たる彼らの理想とした魔王の姿には成り得ていないのだ。だからこんな俺のエゴが寛大な心として片付いてしまう。前世の記憶ではそれもまた悪いことでは無いような気もして、しかし魔王として未熟な自分が露呈した。
自分がどのようにあるべきか、それを考えたところで今すぐには答えが出ない。もとより、この場で考えるようなことでもない。
ガーネットちゃんはそれだけ俺に言って、今一度命令を下した。
吐き捨てるような、分かりやすい上下関係を見せていた。
「醜き下人とはいえ、魔王様のご命令は理解したのでしょう? 目障りです。お征きなさい」
伝令班は恐れをなして、逃げ出すように後にする。
魔王と、その家臣達。
手を伸ばせば触れられるほど、近いようで、圧倒的な主従がそこにある。
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