シーン6:傷だらけの思い出

 沈んでいく。


 暗い水底へ。ただただ底へ。

 隼人は落ちていく自分を、ただぼうっと眺めていた。


 泡の中に幼い自分の姿が浮かび上がる。

 無垢な笑顔で、隣の女の子を山登りに誘っていた。


(ああ、あんときの……)


 隼人がまだレネゲイドのことも、オーヴァードのことも知らなかった頃。

 日常の、最後の記憶。


 温かくも切ない思い出は、ふつと消えて散った。


 別の泡は惨劇に彩られていた。

 その中心にいるのは隼人だ。うつろな目で黒い大剣を握り、目に映る命をすべて奪っていく。その直前まで仲間であったはずのものまで。


 次の泡にも、次の泡にも、映るのは隼人の姿だ。


隼人:これ、俺の記憶か。

GM:そういうこと。浮かんでは消えてゆく記憶の中を、隼人は落ちていく。


 どれぐらいそうしていたかはわからない。

 ふと、声が聞こえた。


「ふふふふ、あははははは。お兄さんの記憶、傷だらけじゃない」


隼人:チャロ。

GM:「そうだよ、あたし」と、チャロが現れる。彼女の周りは水が毒々しい赤に染まっている。


「両親とは死に別れ、研究施設に捕まり、実験で暴走して仲間を殺した」


 歌うようなチャロの言葉に応じて、該当する記憶の泡が浮かんでは消える。


「幼い頃の友達には自分のことを打ち明けられず。かつての仲間のことは忘れてしまって、最後には殺し合い。それにお兄さん。今の組織のこと、心の底では信用してないのね」


 くすくすと少女は笑う。


「お兄さんってひとりぼっちだ」


隼人:こんなところで嘘なんてつけねえな。

GM:「でももう大丈夫だよ」と、チャロは胸の遺産を握る。じわりと広がる赤い液体。「その空っぽの部分を満たしてあげる。あたしの血で」

隼人:そんなもので孤独は埋まらないさ。


「キミの言うとおり、俺の過去は傷だらけだ」


 泡の中を覗くまでもない。

 隼人はまっすぐにチャロを見据えて言った。


「失ったものは多い。傷つけたものは数え切れない。居場所を見つけたわけじゃない。……でもな」


隼人:代わりに得たものも多いんだ。相棒に上司、友人や仲間。数は少ないが、かけがえのない奴らだ。

GM:「そんなの――」

隼人:嘘じゃあない。俺の記憶を見ればわかるだろ。

GM:「う……」

隼人:生きてるってことは、それだけでつながりが生まれる。孤独じゃない。

GM:隼人の眼差しと言葉に圧されるチャロ。だが、彼女は「はっ」と自虐的に笑う。「それは、人間の話でしょ」


「あたしは、人間じゃない。複製体だ」


 血を吐くように、少女は言う。


「両親に捨てられ、友達に裏切られ、騙されっぱなしのチャロ。あのみじめでかわいそうな記憶すら、あたしにはない!」


隼人:そんなの関係ないさ。

GM:「!!」

隼人:作られた命でも、生きて、幸せをつかめることを俺は知ってる。何も変わらない命だってことも。だから――。


「キミは、この手を取れるはずだ」


 手をさしのべる隼人。

 わずかに、遺産を握るチャロの手が緩んだ。

 しかしそれも一瞬のこと。少女は激しく首を振り、抵抗する。


「イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだ!」


GM:「そんな言葉、嘘に決まってる! あたしを裏切るための嘘に!」

隼人:チャロ。

GM:「お兄さんは人形にしてやる……。傷だらけの思い出から、毒を流し込んで! あたしだけの人形に!」


 紅い毒が渦を巻く。

 記憶の泡を巻きこみ、周囲全てを赤に染め。

 隼人自身を飲み込もうと、濁流と化す。


隼人:いいや、それはできない。


 隼人は差し伸べていた手を握りしめる。

 握られているのは一葉の写真と、傷だらけのネームプレート。

 チャロが“傷”と呼んだ思い出。


隼人:チャロ、コイツは傷じゃあない。


 生み出されるのは一振りの刀。

 それを濁流めがけ、振り下ろした。


隼人:道を切り開く、大事な相棒だ。


 黒刀の一閃が、紅い毒を切り裂く――。


GM:そうか。隼人が力にしてるのは幸せな記憶じゃないんだな……。

隼人:昔はそうだったけど、今はもう違うからな。

GM:よし、じゃあ改めて〈意志〉判定をしてもらおう。目標値は9。成功すればEロイスで取得したロイスをタイタスにできる。

隼人:思い出の一品でダイス+1個。侵蝕率ボーナスもある。……よし、11で成功。


 隼人は目を開く。

 そこはもう水の底ではなかった。UGNの偽装貨物船の封鎖区画。

 視界には狼狽したチャロと、驚きに目をむく志津香。


GM:チャロは「そんな、そんな……!」とうろたえてる。

隼人:志津香も戻ってきてるんだっけ。じゃあ、「よう」と声をかける。

志津香:……自力でもどってきたのですか、あなたは。

隼人:正直ギャンブルだったけどな。あんたがまだ無事でいる、ってわかってたし。ちょっと賭けてみただけだ。

志津香:信頼していただけて何よりですわ。でも、無茶はそこそこに。……なんだか別の方を思い出しますし。

隼人:苦労させてすまねえな。……さて、チャロ。

GM:「う、うう……っ!」

隼人:俺は腹の底まで見せた。何が嘘で、何が真実かはもうわかるはずだ。――その上で言うぜ。


 ひた、と隼人は少女の目を見据える。


隼人:俺たちはお前を助けに来た。

GM:「あたしは――」とチャロが答えようとしたその時。遺産がひときわ大きく脈打つ。

志津香:!!


「え、あ、なに……!」


 まるで孤独から離れようとする少女を咎めるかのように。

 遺産からあふれ出た紅い液体は、見る間にチャロを飲み込み、巨大な体を形成していく。

 それは上半身が人、下半身が馬の、伝説上の生き物。

 獣人はチャロを胸に据え、声なき声で咆吼する。


志津香:くっ……! なるほど、ケンタウロスの血という触れ込みは本当でしたのね。

隼人:今度こそ、本当に暴走ってヤツか?

志津香:適合者を逆に取り込んでいますわ。間違いありません。

隼人:遺産は破壊してもいい、って話だったよな。

志津香:ええ。優先順位はチャロさんの救出、次に遺産の回収と封印ですわ。

隼人:了解だ。……だが少し待ってくれ。

志津香:なんですの?


 隼人は改めてチャロを見る。

 少女の体はほとんどが液体に飲まれ、露出しているのは顔のみ。


隼人:チャロ、これが最後だ。お前はどうする?

GM:「……?」

隼人:俺はお前の望みを叶えてやる。

志津香:隼人さん、あなたは……!?

隼人:(手で制し)お前はどうしたい。それを言うんだ。

GM:「う、うう……」


 チャロの顔がくしゃりと歪む。


「たすけて、お兄さん」


 ほんのかすかなそのつぶやきは、初めて見せた彼女の本音。


「ああ、任せろ」


 紅いケンタウロスへと沈んだチャロに、隼人は約束する。

 主人を飲み込んだ歓喜からか、ケンタウロスは咆吼を上げ、隼人たちへと振り返った。

 そして――。


隼人:《ライトスピード》。


 黒い剣閃が二条、走った。


隼人:ダメージ165点。二撃目が86点。

GM:えっ? ひゃく?

隼人:165点と86点。

GM:…………それ、は。


 パキン、と音が鳴った。

 十字に付けられた刀傷を中心に、液体の体が徐々に結晶と化していく。


「……! !!!!!」


 咆吼し、暴れようとするももう遅い。

 紅い巨躯は漆黒の結晶と化し硬直した後、即座に崩れ去った。


GM:一発で死んだ……。

志津香:ほ、ほんとに?

GM:HP150で、《不死不滅》使って復活しても次の一撃で刈り取られる。

隼人:一撃目にさっきのタイタス使ったからな。出目もよかった。

GM:く……、相変わらずおかしい火力だな。では――。


 崩れるケンタウロスと共に、気を失ったチャロが落ちてくる。


「よ、っと」


 隼人はしっかりと少女を受け止めた。

 胸の遺産はすでに無い。ケンタウロスと共に隼人が切り捨てていた。


隼人:ふう、これで一件落着だな。


「ったく、世話焼かせやがって」


 腕の中の少女が、どこか安心したように眠っているのを確認して。

 隼人は笑った。

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