異世界転移

 世界的大ヒットを記録した完全無料のVRMMORPG『FANCIFUL-ONLINE』。

 多くのプレイヤーの中には現実を無視してのめりこんでしまう者も少なくはない。

 中学二年生の少年『神内蓮』もその一人だ。

 元々授業を受ければすぐにすんなり覚えられるタイプの蓮は、学校以外のほとんどの時間をゲームに費やしていた。

 そんな中FANCIFUL-ONLINEに出会い、配信開始日にすぐにインストールして始めた。

 ゲームをプレイすることに関しては天才的な才能があったため、同時期に始めたニートたちよりも早くレベルを上げ、ストーリーを進めた。

 職業が豊富なこのゲームで、彼が最初に選んだ職業は「黒魔術師」。魔法を使うという現実逃避をしたいせいもある。

 HPなどの能力値の低さから、味方のサポートが必要な職業ではあるものの、レベルや装備でそれらを乗り越え、他にもさまざまな職を体験し、見事早くも上級職の『賢者』となった。

 このゲームの中において賢者は魔法のエキスパートであり、黒魔術師や白魔術師の良さをすべて受け継いでいる。だが、使い勝手の悪さから人気がない。

 その使い勝手の悪さをレベルの高さや自分の技術によってカバーするのが蓮である。

 彼の強さに惹かれてパーティ参加を申し込むことや、逆に勧誘するものも多いが、悉く断られる。

 ゲームの中では、まさに一匹狼であり、孤高の存在であった。

 「よし、夕食も終えたしそろそろやるか。」

 ある日、蓮はいつものように早く夕食を済ませ、カプセルの中に入った。

 このカプセルはVRMMORPGをプレイするには必ずなくてはならないものである。そして高価だ。

 最初のころは富裕層にしか手の届かないものだったが、需要が高まってからは無理をすれば買えるくらいの値段になった。

 蓮の家庭は富裕層に属していたため、発売日に買うことができた。正確には予約していた。

 カプセルの中にあるスイッチを入れ、ゲームを起動した。

――――――だがいつまでたっても起動しない。視界は真っ暗なままだ。

 すると、突然目の前に赤い文字列が表示された。


  重大なエラーが発生しました!

  ハッキングされています!


 (ハッキングだと!?)

 思わず口に出てしまった……と思ったが声が出ない。いや、そもそも自分の体が見えない。

 目の前の文字は見えているのに……。

 数秒後、文字が変わった。こんな時は文字化けしていることがおちだと思うが、普通に鮮明に見える。


  ずっとお前を待っていた。

  お前を本当の『FANCIFUL-WORLD』へと案内する。


 (本当の……FANCIFUL-WORLD?)

 FANCIFUL-WORLD、それはFANCIFUL-ONLINEの世界だ。

 本当のとはどういう意味だろうか。

 考える暇を与えないかのように赤い文字がまた変わる。今度は長文だ。


  お前を救出し世界を変えるために、ありとあらゆるものを作った。

  それについての真相はいずれ明らかになるだろう。

  だが最後に言っておく。

  お前を知るものは、もうどこにもいない。


 色々なことを突っ込みたかったが、気持ちの整理がつかなかった。

 特に一番驚いたのは、最後の行、「お前を知るものはもうどこにもいない」というところだった。

 混乱していると、ツッと選択肢表示音が鳴り響いた。

 どうやらこれは自分の意志でカーソルを動かせるらしい。念じて指示をすると、カーソル移動音が聞こえる。

 だが、どのみちカーソルは動かないようだ。

 選択肢は……「はい」の一択だった。

 仕方がなく蓮は、それを選択した。

 決定音が鳴ると、レンは急に意識を失った。


------------------------――


 気が付くと蓮は草原に寝そべっていた。傍から見れば、色々と大変だ。

 別に草原で大の字になって寝ることが変だというわけではない。ただ、ちょっと周りが大変なだけだ。

 「ウウウゥゥゥゥゥ」

 視界が朦朧としている中、蓮の眠気を覚ましたのは犬の唸り声。

 「なんてうるさい犬なんだ。近所迷惑じゃないか。」

 目を擦りながら軽口をたたく。だが、そんな余裕はなかったことに気づく。

 「グルルウウウウウウゥゥ!」

 「何だと!?」

 目を覚ますと、明らかに凶暴そうな、犬歯が発達した目の赤い犬5匹に囲まれていたら、誰だってそういうリアクションをとるだろう。しかも顔が三つあるので合計15個の目で睨まれている。でも何だか見たことがあるような・・・。

 「グルウウウッ!」

 そのうち一匹が飛びかかってきた。反射的に腰の左辺りに手を運ぶ。やはりあったのはいつものあの長剣。

 賢者は普通、杖や短剣を使うが、蓮の場合は違う。小学生のころに剣道を習っていたためこっちの方が使い慣れている。

 その才能は、全国大会で優勝するほどだ。

 VRMMORPGでの"実戦経験"を積んだおかげで、腕は飛躍的に向上した。

 ザシュッ!

 素早く剣を振り、そして犬を斬った。胴は真っ二つになっており、大量の赤い血を流している。どうやら死んだようだ。だんだん体が半透明になってゆき、まもなく消滅した。

 FANCIFUL-ONLINEでは、幅広い年齢層に対応するために、血液などの一言で言ってしまえばグロい演出はしないようにしているため、自分が倒したモンスターが血を流しているのを見るのは初めてだった。

 当然臓器の露出も初めてだ。

 だが蓮は一つ学んだという感覚でそれらを見つめる。少しとはいえ、現実に対する怯えがあったのも嘘みたいだ。

 「これで抵抗を覚えるなんて……くだらない。」

 元普通の暮らしをしていた者とは思えない感情を持ってしまった……というか大事な感情を失ってしまったようだ。FANCIFUL-WORLDにおいてそんな感情は邪魔なだけだ。

 蓮は半無感情となった。

 気づくと、犬たちの上に『ケルベロス』という赤い文字が表示されていた。やはり見たことがある。FANCIFUL-ONLINEの序盤で少し強いぐらいのモンスターだ。

 「っ!」

 危険な気配を察知し、跳躍で距離をとった。

 間一髪、ケルベロスによる強力な攻撃を避けたのだ。

 「ステータス。」

 ステータスを表示するときは、「ステータス」と呟く。FANCIFUL-ONLINEの設定だった。

 すると、見慣れた画面が表示される。成功したようだ。

 成功するという確証はなかったが、なぜか自信があったのだった。

 ステータスを見ると、



レン  大賢者


Lv 1


HP 1500

MP 2000

EXP 0

NEXT 50


ATK 150

DEF 130

MAT 250

MDF 220

AGI 180

LUK 100


《状態》

《装備》

天羽々斬剣(片手剣) 魔王錫(杖)

《所持品》

〈アイテム〉

〈武器〉

天羽々斬剣(片手剣) 天叢雲剣(片手剣) 魔王錫(杖) 

〈防具〉

《従魔》

《特殊技能》

炎・氷・雷・水・大地・風・神聖・暗黒・無属性攻撃魔法第二段階まで 炎・氷・雷属性付与魔法二段階まで

夢幻属性魔法〔幻夢小迷宮 蜃気楼実体化 惨劇幻想実現〕 呪文詠唱高速化 探索魔法〔瞬間移動 脱出 透明化〕

魔法消去魔法 従魔入手可能

《称号》

孤高の一匹狼 半無感情人 半ニート半廃人 鈍感野郎



 (はーん、なるほど。)

 と納得してみるが、ゆっくり眺めている暇はなかったようだ。敵が近づいてきた。

 (これはまずい。なんかないか・・・あ、あった。)

 ポケットの中を探るようなセリフを吐き、呪文を詠唱する。

 「~~~。」

 透明化魔法によって、自分の体が見えなくなったことに気づいた。何かがなければ効果が終わらないタイプだ。だが、攻撃が当たりはしてしまう気がするので、慌てて安全な場所へ避難、一時休戦だ。

 FANCIFUL-ONLINEは所持品もステータス画面で表示されるのが特徴だ。装備品なども当然表示される。

 名前はレン。蓮と読み方は変わらず、書いても漢字かカタカナかの違いだが、大きく違うということは自覚していた。

 蓮は中学二年生だった、そしてレンは一匹狼であり、孤高の存在だ。ゲームの中での話だったが、今では現実だ。

 それよりも、このステータスを見て、三つのことが気になった。

 まず、大賢者とは何かについてだ。賢者の上位種ということは予想がつくが、聞いたことがない。上級職の上ならさしずめ超上級職ということだろう。

 といってもここはFANCIFUL-WORLDとはいえ、VRMMORPGのFANCIFUL-ONLINEではないため、あまり自分の知識はあてにならないが。

 次にステータスの高さ。レベル1でこれほどとは純粋にすごいと思う。大賢者はステータスも高いのだろうか。きっと使える魔法も多いに違いない。

 そして『夢幻属性魔法』。聞いたこともないし、使ったこともない。

 装備は天羽々斬剣と魔王錫。ちなみに魔王錫は必要な時以外相手には見えないようになっている。装備していない武器に天叢雲剣。全てかつてイベントで手に入れたものだ。期間限定&先着5名限定のすごくレアな逸品である。

 称号が何だか気になるが、気にしないでおこう。 


 ステータスを一通り見て、そろそろ再開しようと決意した。

 「~~~。」

 魔法消去呪文を詠唱する。何だかややこしい。

 この魔法により、敵にも自分の体が見えるようになった。

 ケルベロス達は当然こちらを向き、臨戦態勢をとった。こちらも剣を構える。

 サッ!と素早さを使った身体能力で一気に距離を詰める。敵はなりふり構わず飛びかかってきた。

 ビーーーーー!

 蓮、いやレンは、即座に左手から細めの暗黒属性のビームを放つ。飛びかかってきた一匹の肝臓辺りが打ち抜かれ、バサッと倒れ、そして消滅した。

 レンはすぐさま右に振り向き、剣でもう一匹を切り裂く。剣の刀身は華麗に三つの頭の首を切断した。半透明になってゆき、最後は消滅する。

 「グルルルウウウウウ……フウウウウウウ」

 左を見ると、二匹が攻撃を躊躇っているように見えた。

 レンはその一瞬のスキを突き、魔王錫の仕様である巨大化を利用した薙ぎ払いで、二匹を同時に倒した……かのように思われた。

 よく見ると片方のケルベロスへの攻撃が外れていた。何かを察知して逃れたようだ。

 「こいつ、なかなかやるな。」

 と言いながらも、

 「フォーアッ!」

 ケルベロスの頭上に火球を生み出す。炎属性攻撃魔法第一段階だ。

 「じゃあな。お元気で。」

 ボオオオオオオオオォォォォ!

 火球が着弾し、雑草などと一緒に骨ごと燃えた。

 「…………。」

 気になることがあったので、周りをきょろきょろ見る。

 (やはりそうか。)

 血はだんだん消え、先程燃えた雑草などはまた生えてきた。生えたというよりも、現れたという感じだ。

 (やっぱり、ここはFANCIFUL-WORLDなんだな。)

 レンは心からそう思う。その理由は次の通り。

 一つ目は、戦闘後のフィールド修復があるからだ。派手な魔法を使えば草原が荒野に変わってしまうことへの懸念からだろうか。

 だが、戦闘以外では例外を除いて修復されないという仮説を立てた。なぜならここは現実世界。むしろフィールドが修復されることの方が異常だ。

 二つ目に、今考えてみると、世界がよく似ており、モンスターも今のところ同じだということ。

 三つ目、装備品などがFANCIFUL-ONLINEから継承されているところ。

 最後は、なんといっても赤い文字がそう訴えていたからだ。

 「でも何だか面白そうじゃんこの世界。」

 今でも信じられないが、自分は全ての者の記憶から消え去ってしまったので、この世界を心から楽しめるような気がしてきた。

 遠方に小さな村のようなものが見えたので、取り敢えずはそこに行くことにした。

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