第2話
目を開けると、そこは一面真っ暗な暗闇の中だった。
この暗闇には見覚えがある。
俺が子どもの頃――最も幸せだった頃の夢を見る前兆だ。
「一緒に遊ぼうよ!シグレ!」
後ろから女の子が、俺に元気よく話しかける。
その瞬間、一面暗闇だった風景が夏の公園の風景へと変わった。
俺に話しかけてきた元気のいい女の子の名前は
俺の初恋の女性であり、最愛の女性でもある女性だ。
冴姫はイギリス人と日本人のハーフで、その影響か金髪で青眼という容姿になっている。
顔立ちは日本女性のそれと同じなので、周りの子供からは気味悪がられていた。
まぁ、俺は可愛いと思っていたけどな。
「ああ!いいぞ!」
特に断る理由もないので、俺はいつも冴姫と遊んでいた。
断る理由も何も、冴姫と遊ぶのが楽しかっただけなんだけどな。
今思えば、この時から冴姫のことが好きだったんだよな。
「シグレはさ、どんな花が好きなの?」
これは俺が冴姫に質問されたものの中で、一番心に残っているものだ。
なんといえばいいんだろうか。この時の俺は精神的に病んでいたというしか無いほど心が荒れていた。
だから――
「俺は睡蓮かな。花言葉が好きなんだよ」
――この時の俺は、滅亡を望んでいたんだ。
睡蓮の花言葉は滅亡。
当時、家族を殺されて間もない俺は、この世の滅亡を望んでいた。正直、それは今でも思う。
こんな俺から全てを奪いさってしまう世界は、みんな壊れてしまえばいいんだ。そう、心の底から思っていた。
「そんな悲しい事言わないでよ。ボクはいつまでもシグレと一緒に居たいよ」
それは俺も同じだ。
だけど、そんな願いを踏み躙る輩は絶対に現れる。
これは世界の心理というものだ。人が幸せになりすぎてしまわないようにする、神の人の幸せに対する抑止力。人の力ではどうしようもないものだ。
だからこそ、この世の全てが滅亡して欲しいと願うんだ。
「シグレの考えることは予想できるよ。だけどね、それじゃあダメなんだよ。確かにそうなったら楽しいかもしれないけど、もしそうしたら今までであったことのない人の幸せまで奪っちゃうことになるよ。そんなことになったら本末転倒だよ」
あぁ……そうだな。俺は人間として大切なことを忘れていた。
人のことを思いやるという、人間には欠如してはいけない「
冴姫には、いつも助けられてばかりだ。精神的にも、肉体的にも。
なのに、何一つとして恩返しができないまま冴姫はこの世を去ってしまった。
俺は、いつも後悔してばかりだ。大切なものを失い、守れなかったと後悔するだけのただの
世界は無情だ。いつも俺から大切なものを奪っていく。
そんな世界を、俺は恨んだんだ。
世界に対するどす黒い怒りを覚えていると、目の前が暗黒に包まれる。
そして次の瞬間、冴姫が影で虐められていた光景や俺の家族が殺された光景、そして冴姫を失った光景が一気にフラッシュバックする。
そんな映像を見て、俺は強烈なまでの吐き気と恐怖に襲われる。
それもしかたない。
常人ならばうつ病にかかると確信できるほどのトラウマを一瞬で目の前で再生されるのだから、平常心でいられる方がおかしい。
まともな精神を持っているなら、この夢を見ただけで廃人になっていることだろう。
生憎俺はこの夢に慣れているから廃人になるということはないが、何度みても気分のいい夢ではない。
「……また、会おうね。シグレ」
冴姫の悲痛なまでの言葉で、俺の意識は現実に引き戻される。
目を開けると、目の前には見知らぬ天井が広がっていた。
どこだ、ここは。
たしか俺は台所にいたはずだが。
「よかった……目を覚ましてくれて……」
俺の思考を遮るように、女性の声が部屋に響き渡る。
その女性の声は、まるで何時間も泣き続けたかのように枯れていた。正確には、現在進行形で泣いているが。
声が枯れていてわかりづらいが、この声に聞き覚えがある。
たしかこの声は、俺とぶつかった女性の声だ。
「ん……?どうしたんだ、そんなに泣いたりして」
「ごめんな……さいっ……私のせいで……貴方を危険な目に……遭わせてしまって……」
女性は泣きながら、俺に対し謝罪を言う。
危険な目って、俺は一体――。
ふと、赤い男が持っていた槍で貫かれたときの出来事が脳裏に浮かぶ。
そうか。俺はあの男の持っていた槍に貫かれて、死にかけていたのか。
それなら、この女性が泣いていたのにも説明がつく。
「アンタは悪くないだろ。だから泣かないでくれ。もう、女性の涙は見たくないんだ」
俺は女性に対し、悲しそうな声音で言う。
何故かこの女性と冴姫を重ねてしまう。この女性を冴姫と重ねてしまうのは、俺のために泣いてくれる人だったからかもしれない。
単純だな、俺は。
どんなに泣いてくれたって、いつも理不尽な理由で俺の前からいなくなるっていうのに。
「……うん。分かったわ。ごめんなさい。私のせいで、貴方を不快にさせてしまったわね」
「いや、いいんだ。ただ、俺が女性の涙にトラウマがあるだけなんだ。気にしないでくれ」
「貴方、一体――」
「俺の名前は霧崎時雨だ。貴方と言われるのは、なんか慣れない」
女性の言葉を遮るように言葉を発する。
普段から人と話すということをしている訳では無いが、「貴方」だなんて他人行儀で呼ばれるのは慣れない。
せめて名前で呼んで欲しい。
「わかったわ。これからは時雨君と呼ばせてもらうわ。……ファーストネームで呼ぶのは失礼かしら?」
「いや、そこは気にしないでくれ。苗字で呼ばれるよりはそっちの方がいい」
「そう。時雨君が名乗ったんだから、私も名乗らないと失礼ね。私は
「そうか。わかった、伽弥乃さん」
「わ、私をからかっているのかしら?」
女性――伽弥乃アリスは、顔を真っ赤にしてプルプルと震えながら俺を半眼で睨みつけてきた。
この人は子供っぽい行動もとるんだな。大人びているイメージがあったが、今の行動でそれが覆った。
もしも冴姫と出会っていなかったら惚れていたかもしれないな。飽く迄出会っていなければの話だが。
「冗談だ、アリス。少しぐらいからかってもいいだろ。何かが減るもんでもあるまいし」
「私の心の中にある大切な何かが減るのよ!」
それはきっと、乙女心とかそういうロマンチックなものだろう。
まぁ、そんなもの俺には関係がないが。
「そんなことよりも、ここはどこなんだ?俺の家じゃないってことはわかるんだが」
「スルーされた!?まぁ、いいわ。ここは、
「ちょっとまて、魔想派って一体何なんだ?そもそも、あの男は一体誰なんだ?」
「その質問には私が答えよう」
不意に、ドアの方向から声が発せられる。
聞き覚えのない声に驚きドアの方向を向くと、そこには20代前半程の青年が立っていた。容姿は、黒髪と色白な肌が印象的な清楚系のイケメンと言ったところか。
つまり、俺の敵だな。
「おいおい、そんなに怖い顔をするなよ。別に俺はお前の敵じゃない」
イケメンというだけで俺――もとい、非リア充の敵になるということが、こいつはわかっていないようだ。
イケメンなんぞ冴姫をいじめていたやつにもいたから、いい印象なんてものは無い。
決して顔がいいだけでひいきされてふざけんなよとか、女にちやほやされてふざけんなよとか、一々他人相手に色目使ってんじゃねぇとか思っている訳では無い。
決して、そんな私怨は無い……たぶん。
「俺は
この出会いが、偶然か必然かは分からない。
だけど、これだけは自信を持って言える――
――この時、俺の運命が大きく変わり出した。
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