精霊と少年は黄昏に笑う
@konkitsune_
第1話
「私の事、忘れないでね」
それが、俺の愛した女性の最後のメッセージだった。
世界というものは残酷で、いつも人間から大切なものを奪う。
世界が定めた幸せの杯からこぼれ落ちた者を不幸にし、杯に留まった者だけを寵愛する。
それは世界の真理であり、絶対者が決めた定義である。
もしも神という存在が実在するのであれば、それはとても美しく、とても憎たらしい顔をしていることだろう。
なんせ――
――こんな残酷な世界に、
――時雨side
「はぁ……」
俺――
俺の過去は一般人と比べると特殊だ。
6歳の頃に家族を虐殺され、10歳の頃には最愛の人を亡くした。
世界から愛されることのなかった人間、とでも言えば良いのだろうか。
こんな言い方をすれば、多少は格好良く聞こえるかもしれない。
だが実際にこんなことを体験してみると、そんな悠長なことは言っていられない。
どこにもぶつけようがない怒りと後悔、大切な人を失った喪失感は一生俺につきまとう。
でももし、本当に神様が存在するのなら――
「
――1度だけでいいから、冴姫に会わせてください。
誰にも聞き届けられることのない、儚い願望。
少年の願いが叶えられたことは1度も無く、今日もまた当たり前のように消えていく。
願えば神様に叶えてもらえる、なんて甘い考えは持っていない。神頼みが人々が作り出した幻想で、一種のまやかしに過ぎないということはわかっている。だが、神頼みをしなければ心が壊れてしまいそうなほど、俺の心は疲弊しているんだ。
ふとあたりを見回してみると、視界に勿忘草がはいる。
その瞬間、脳裏に一つの言葉が浮かぶ。
「フォーゲット…ミー……ノット……」
フォーゲットミーノットというのは、勿忘草の学名だ。
勿忘草の花言葉である『私を忘れないで』という意味がある。
生前の彼女は、この花の花言葉をとても気に入っていた。
自分を覚えていてくれる人が一人でもいる事ほど嬉しいことは無いよねと言って、無邪気に微笑んでいたのを覚えている。
俺は冴姫を忘れない為にこの花を自宅で栽培している。
気のせいかもしれないがこの花を見ていると、冴姫が俺に『頑張れ』と言っているような気がした。
「そうだよな……ごめん………もう少しだけ…頑張るよ……」
勿忘草のおかげでなんとか立ち直ることに成功する。
そしてベッドから起き上がり、台所に移動する。こんな調子で、俺の朝は始まる。
朝はどうしても感傷的な気分になってしまう。
寝起きだからということもあるのだろうが、たぶん昔の――主に、俺のトラウマになっている夢を見ているせいだ。
普段は割と明るい性格なのだが、昔のことになると自虐的になってしまうのは俺の悪い癖だ。
「今日は……簡単にすませるか」
俺は軽くつぶやくと、冷蔵庫に向かった。
一人暮らしを長い間やっているせいか、料理はそれなりにできる。
オムライスやハンバーグなどの一般的な家庭料理はもちろんのこと、フレンチなんかも作ることが出来る。
まぁ、初めて作ったりするものは味の保証はできないが。
「さて、始めるか」
そう呟くと冷蔵庫から卵とチーズを取り出してスクランブルエッグを作り出す。
スクランブルエッグを作る時にチーズを加えるとトロッとして美味しくなる。
まぁ、チーズを焦げつかせたりすると酷いことにはなるが。
「よし、できた」
できあがったスクランブルエッグを皿に盛り、黒胡椒を軽くふる。
うん、いい感じにできた。
あとは冷蔵庫にあった野菜とチーズ、それとハムでも使ってサンドイッチでも作るか。
そんなことを考えていると――
「どいてどいてどいてえええええええ!!!」
――一人の女性が、リビングの窓を突き破って台所に突っ込んできた。
急な出来事に反応することが出来ず、そのままぶつかってしまう。
強い衝撃が、俺の体を突き抜ける。
後ろが壁だったおかげでなんとか吹き飛ばされなかったが、そうじゃなかったら確実に数メートルは吹き飛ばされていた。
「痛てぇ……何が起きた……!?」
全身は痛いが、なんとか体は動かすことができる。声も問題なく出すことができるし、感覚もある。
死んだ訳では無いようだ。
それにしても、女性とぶつかった時から感じられる柔らかい物体が俺の体に……って、まさか!?
「いたた……って、大丈夫!?怪我とかしてない!?」
目を開けると、黒いローブを羽織った女性が俺のことを抱きしめる形で質問していた。
何この状況。俺はただ、朝食を作っていただけなんだが。
「あ、あぁ。怪我はない。あと、そろそろどいてくれないか」
「―――ッ!!!」
女性は顔を赤くして俺から離れた。
俺に言われるまでは、特に意識をしていなかったらしい。何か悪いことをしたかな。
「おいおい、こんなところまで逃げてきたと思ったら男とラブコメか?いいご身分だな」
そんなことを考えていると、赤い槍のようなものを持った男性が台所に侵入してきた。
何を言っているんだこいつは。
そもそも俺は冴姫一筋だ。見ず知らずの女性とラブコメなんぞするわけないだろ。
と言うか、なんでこいつは槍なんてものを持っているんだ。
日本の警察は何をしているのだろうか。こいつ完璧に銃刀法違反をしているぞ。
「そ、そんなわけないでしょ!?これは偶然よ!」
女性はムキになって否定する。
そうだ別に俺はラブコメ展開なんて望んじゃいない。日常系の展開を望んでいるんだ。
俺は平凡で幸せな人生を歩みたいんだ。
「とりあえず、見られたからには死んでもらうか。《こっち側の人間》、というわけでもなさそうだしな」
「なっ!?ふざけんな!殺されてたまるかよ よ!」
なんで俺が殺されなきゃならないんだよ!?
「それはお前が決めることじゃねぇよ。刺し穿て」
男が言葉を紡いだ瞬間、男が持っていた赤い槍は俺の心臓を貫いた。
あまりの出来事に女性は反応できなかったようで、俺の姿を見た瞬間驚きを隠せずにいた。
槍の速度は人知を超えたものと思わせる程速く、まるで刺さることが決まっていたかのようだった。
「こんな……ところで……俺は…死ぬのか……ッ……ゲホッゲホッ」
吐血をしながら男を睨む。
刺された部分から血が噴水のように溢れ出す。
なんでいつも、他人の事情で殺されるんだ。
家族は殺され、冴姫は病気で死んだ。なんで、俺はこんなにも不運なんだ。
「恨むなら自分の不運を恨むんだな」
目の前が霞み、意識が遠くなる。
だが、そんな中でも俺は怒りを胸に抱いていた。不運?ただ、運がなかっただけで俺は殺されるのか。
何でこんなにも、俺は不幸にならなければならない。
「ちく……しょ……」
脱力感が全身を襲う。
意識を保っていられるのにもついに限界が来たようだった。
俺は力が抜けて行くことに抵抗することができず、そのまま意識を手放した。
意識を失う瞬間、金髪の少女が悲しげな表情を浮かべながら俺を見ていた気がした。
あれは一体何だったのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます