エキシビジョンマッチ(?) 高木道弘VS 天使の佐々木さん

 超人格闘大会史に残るほどの激戦を制した俺は満員の観客からの熱いシュプレヒコール(なぜか『帰れ』と聞こえたが気のせいだろう)を浴びながら武道場を後にする。


「やったわね道弘! 一回戦突破よ!」


 大きな瞳をキラキラさせて真衣が駆け寄ってくる。変身させなきゃ勝てる、と言ったのは真衣だった。


「なんかあまり歓迎されない勝ち方しちゃったみたいだけど」


「なーに言ってんの! 勝てば官軍よ」


 俺の肩をバシバシ叩いて慰める真衣。そうかなぁ、と不安になりながらも控え室に入る。


「お疲れ様でしたぁ。メディカルチェックに入りますね!」


 パタパタ走り寄ってきたのは大会の治療担当の佐々木さんだ。もう俺も驚くこともしなかったが、開会式での鮫島さめじま会長の話では彼女は天使だという。純白な羽を背中に生やし、頭上には光輪が当たり前のように浮いているので疑う余地はないだろう。ツッコむ気にもなれないよ。


「お怪我はありませんでしたかぁ?」


「ああ、大丈夫ですよ。ノーダメージでの勝利ですから——」


「そんなことありません! 目に見えなくても怪我の可能性はあります。チェックします!」


 俺の言葉を遮った佐々木さんは俺の手を両手でぎゅっと握った。暖かくて小さな手のひら。女の子に手をこんな風に握られたことなどないのでどぎまぎした。


「なに照れてんのよー」


 真衣が茶化してくる。うるさい!


「あ、ほらぁ。怪我してますよー。ほら、ズボンの中、右膝に青あざができてる」


 百円玉でも拾ったみたいに嬉しそうな顔をしてる佐々木さん。俺は制服のズボンを捲ってみた。


「あれ、本当だ。気づかなかった」


「わーい、偉いでしょ!」


 えへへ、と子供みたいに屈託無く笑う佐々木さん。なんだ、この子ちょっと可愛いぞ。


「じゃあ治癒魔法かけますねー!」


 そう言って背中から金色のラッパを取り出した。ラッパの音色で傷を癒すのだろうか。大した怪我でもないのに、そこまでしてくれるのは申し訳ないが御言葉に甘えるとしよう。

 なんて俺が気を許しかけた刹那。



「おりゃー!!くらえー!!」


 佐々木さんはドスの効いた声で叫び、ラッパで思いっきり俺の膝に殴りかかってきた。


「うわー!! 何よ!!」


 必死に避ける俺。間一髪だ。ほんの一瞬逃げるのが遅れていたら俺の膝は粉々になっていたかもしれない。


「ちょっとぉ、なんで避けるんですかぉ」


 頬を可愛らしく膨らませる佐々木さん。思わず怒鳴る。


「なんで殴りかかってくるんだよ! 治療じゃないのかよ!」


「治療ですよ! この金の小ラッパで患部を殴るとみるみるうちに完治するんです。これが私の天使魔法『小ラッパ豪烈治癒撃打」です。


「そ、そうなの? 全然回復しそうにないんだけど、てかさっき『くらえ』って叫んでなかった?」


「言いました。でもそれは怪我に対してです。怪我を倒すことがこの『小ラッパ豪烈治癒撃打』なのです。怪我を殺す……これすなわち治療なり」


 無茶苦茶なこと言ってるぞ、こいつ。


「ものは試しよ。やって貰えばいいじゃん」


 ニヤニヤしながら真衣。くそ、他人事だと思って。


「もう今度は逃げないでくださいよ!」


 そんなこと言われても、本能で逃げちゃうんだから仕方ないじゃん。


「行きます! どおおりゃぁあ!!」


 再びの雄叫びと共にラッパが俺の右膝を撃ち抜いた。


「痛ったぁぁぁ……くない?」


 ぶん殴られたのに痛くない。それどころかみるみるうちに痣が消えていく。


「マジか!?」


 目を見開いて驚く俺に、満足気な笑顔で頷く佐々木さん。


「ね! 言ったでしょ! 今回の目標は失敗ゼロでの治癒、ですぅ! 今のところ成功率100パーセントっ!」


「あ、じゃあさっきの試合で右肘をやられた一文字も?」


 佐々木さんは今度はVサインを作った。


「バッチリです! その前のセルフィーさんももちろん全快ですよ!」


 おお!と感嘆の声を漏らす。


「すごいですね!」


 拍手しようと手を動かすと、違和感。右手がぐしゃぐしゃに折れ曲がっている。


 ほえ?


 人間というのは認識の生き物だ。怪我をしていても気がつかないとあまり痛みを感じないものだ。気がついた瞬間に痛みは襲うが。


「ぐおおおお!! いてええええ!! なんだコレぇええ!!」


 絶叫しのたうちまわる。


「あ、あれ、失敗しちゃった! ごめんなさい! 邪念が入ると『怪我』を殺せず、逆に倍増して転移しちゃうことがあるんですぅ!」


 説明はいい!治してくれ! 

 と言いたいのだが、右手の骨はどうやら粉々になっているようで言葉を発する余裕など微塵もなかった。


「高木さんが、最初の治癒魔法を無理やり避けるからですよぉ。なんでこの人自分勝手に避けるんだろ、うざいなーって思いながら二回目の治癒魔法をしたんで、その邪念が右腕の犠牲に繋がったんですねぇ。てへ」


 いらねえ、そんな情報いらねえ。


「まあこのバカが悪いのかもしれないし、のたうちまわっているのを見るのも面白いけど、悲鳴がうるさくて耳障りだから回復してあげてもらえない?」


 真衣よ、そりゃあんまりじゃないか。


「わかりましたぁ。じゃあ右手に治癒魔法をかけますねぇ。ほら

 高木さん暴れないでくださいよぉ。あんまり暴れると私も面倒臭いんで、一回殺してから蘇生魔法かける形になりますよー」


 駄々っ子に言い聞かせるみたいに言う佐々木さん。


 なんで試合にはほぼ無傷で勝ったのに、控え室でこんな死にそうな目にあうんだよ!


 ちくしょー!!






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