第四試合 高木道弘VS箇条明日菜
「どうしたの? あの
俺が黙って俯いているから真衣はそう勘違いしたのだろう。否、断じて否である。俺は怒りに震えていたのである。
だってそうじゃん。あのダサくて弱そうな藻部野が変身した上めちゃくちゃ強かったんだよ。
「藻部野の癖にちょっとカッコよかったねー」
通路の先を通り抜けていく女生徒の声が微かに聞こえた。目尻がヒクつく。
「まあ運がよかったって感じね。
俺の前で腕組みをしたまま真衣が頷いている。藻部野の戦いを目の当たりにして俺にも色々な感情が取り巻いていた。一つ深呼吸をする。……俺は覚悟を決めた。
「ゼッタイ勝ち進んで、あの藻部野をぶっ飛ばしてやる!」
俺は足早に控え室に向かった。次は俺の試合である。相手は
勝てるわけがない、そうずっと思っていた。だが、藻部野と戦うためには箇条明日菜を倒さなければならない。
幸運にも箇条明日菜のライバル、王城スバルは敗北した。彼女がこの大会に出る目的の一つに王城スバルを止めるということがあったが、そのスバルが負けたことで少し気が抜けているかもしれない。なら、そこを突けばなんとか出来る可能性はある。……俺には策があった。
会場が騒がしくなったのが控え室からもわかる。試合の準備が整ったのだろう。案内係に呼ばれる。ついに俺の出番だ!
「絶対勝つのよ! あの作戦よ!」
セコンドに付く真衣が真剣な顔でこちらを見る。俺は口を閉じたまま頷いて、出来るだけ不敵に見えるように笑ってみせた。
「超人的凡人! 高木道弘!! 入場です!!」
歓声が上がる。緊張しないといえば嘘になる。だが、俺は自らの震えを武者震いということに決め付けている。
薄暗い通路を抜けると眩しい武道場が俺を迎えた。やはり観客席で見るのと実際に試合の舞台に立つのとでは武道場の見え方は一味も二味も違ってくる。
観客はどのくらいいるのだろうか。我が校の生徒数が大体1,000人程だが、一般人らしき人間も会場の半分くらいの割合を占めている。2,000人ほどいるのかもしれない。すごいな。
その会場中の視線を受けながら武道場中央へと歩みを進める。すでに中央には対戦相手の箇条明日菜が俺を待ち構えていた。
中央のレフェリーの鮫島会長を挟んで箇条明日菜と対峙する。
「東より、魔法少女、箇条明日菜!」
制服姿の箇条明日菜だ。やはり、まだ魔法少女の姿には変身していない。変身している状態でいること自体が魔力を消費するのだろう。たぶん、戦いが始まってから変身することで体力の消耗を抑えようとしているのだ。もしくは変身しなくても俺を倒せるほどの格闘技術があるか。
後者だったら嫌だなぁ。さすがに華奢な体つきの後輩の女の子に2,000人の前でボコボコにされるってこれ以上ない屈辱だよ。
「西より、超人的凡人、高木道弘!」
紹介されても手をあげたりはしない。箇条明日菜の足元だけを見て身体を揺らす。相手の目は見ない。決意が鈍るから。俺は無造作に両手をポケットに突っ込んだ。
「ラウンドワン! ファイト——」
「あのさ! 箇条さん!」
開始の合図の終わりに被せて叫び顔を上げる。虚を突かれて箇条明日菜の動きが止まった。
「な、なんですか?」
いまだ!! 右ポケットに入っていた物を彼女に投げつける。
「えっ!?」
慌てる箇条明日菜の動きが遅れた。
「キャア!」
『ああっと!! 高木選手! 先手必勝の目潰し攻撃だぁ! ポケットに忍ばせていた砂を箇条選手に投げつけた! 外道です!』
実況が叫ぶ。
『話しかけて油断させ、隙をつき攻撃。凡人らしい姑息な攻撃ですね』
解説の柳原さんが下賤な者でも見るかのような目でこちらを見る。
うるさい! ただの人間が魔法少女と戦うにはどんな手段でも使わなきゃ無理だ!
「うおりゃあ!」
目を抑えて苦しむ箇条明日菜に駆け寄り、渾身の右ストレートを繰り出す。目をかばいながらもなんとか防御する箇条明日菜。俺の拳は彼女の左肩に弾かれた。拳に伝わる想像以上に線の細い体、女の子の身体。
平凡な男の俺だが、平凡であっても男の全力パンチなんて女の子にしてみたら相当痛いものだろう。
……ものすごい罪悪感、背徳感。
箇条明日菜はよろけながらも踏みとどまり、目の痛みに耐えながらも間合いを取ろうと後方へジャンプする。
「逃がすか! チャンスは今しかないんだ!」
必死で箇条明日菜に食らいつく。タックルしようと腰を落とした俺の顔に箇条明日菜のすらりと伸びた脚が飛んでくる。
「っぶねぇ!!」
箇条明日菜が放つ左の回し蹴りを身をかがめてなんとか避ける。しかし、その拍子に足を滑らせ転びかける。
もつれる足をなんとかコントロールし踏ん張った。ドタバタしていたら、箇条明日菜の視界が回復してしまう。
箇条明日菜が目をこすり頭を振りながら再び間合いを取った。そして制服の胸ポケットに手を伸ばす。
まずい。変身アイテムを取り出す気だ。変身させてはいけない。変身されたらとんでもない魔法で殺される。こっちも死に物狂いだ。
「どわりゃぁあ!!」
言葉にならない叫び声をあげ、箇条明日菜の胸に手を伸ばす。箇条明日菜が胸ポケットから出すアイテムがチラリと見えた。ピンクの小さなリップクリーム。
あれだ! あれさえ奪ってしまえば箇条明日菜は変身できない。手を突き出す。変身だけは阻止しなければ!!
ここまで貪欲に魔法少女への変身を阻止しようとする相手に箇条明日菜は出会ったことがあるだろうか。普通の敵なら変身を待って戦ったりするだろう。そうじゃなきゃ魔法バトルには発展しない。だが、俺は彼女の土俵で勝負することなどできない。だから、何が何でも変身を阻止しなければならないのだ!
俺の手が箇条明日菜のリップクリームへ伸びる。
なんとしても!なんとしても!
『むにゅ。』
思いもよらぬ柔らかな感触。固まる俺と箇条明日菜。
『あーーっと! なんということでしょう! 高木選手、箇条選手の胸を鷲掴みだー!! なんという破廉恥な攻撃でしょうか!』
会場がどよめく。
ち、違うんだ! 別にそういうことをしようと思ったわけじゃない。
『なんとも羨ましい——ごほん、卑劣な戦い方でしょうか!!』
おい実況! 本音出てるじゃねえか。
『高木選手、今の攻撃で会場中の女性を敵に回しましたね。私も軽蔑します』
ちょっと解説の柳原さんまで。不可抗力ですよー!
パンっと音がして自分がビンタされたことに気づく。頬をさすりながら目の前の少女の顔を見る。涙を浮かべてこちらを睨んでいる。
「い、いつまで触っているんですか! 最低ですっ!」
慌てて手を離す。柔らかな感触はまだじんわりと残っている。
「いや、違うんだ!そういうつもりじゃないんだ!!」
クスッと箇条明日菜は笑った。
「嘘です!」
え?
サッとリップクリームを取り出す箇条明日菜。
「マジカルパワー!」
箇条明日菜がリップクリームを空に掲げる。まばゆい光がリップクリームへ集まる。
目がくらんで後ずさりする。
「おっと! 箇条選手、ここで変身だー!」
リップクリームの蓋を取る箇条明日菜。キラキラと輝くクリームが姿を表す。くるりと体を一回転させキュートな決めポーズを取った箇条明日菜はクリームを自らの唇にサッと塗った。リップクリームの輝きが広がり、箇条明日菜の体を包んだ。
全身が虹色に輝き始める箇条明日菜の体がふわりと浮き上がる。大きく手足を広げ目を閉じる箇条明日菜。
まずい!まずい! このまま変身などされたら勝ち目がなくなる!
俺は意を決して駆け出した。
『あーっと! なんということでしょう! 高木選手、変身中の箇条選手に決死のダイブだー!』
『変身中は攻撃してはいけないという魔法少女界のタブーを破る攻撃、さすがスーパー凡人の高木選手です。「超人的お約束」など一切関係なく行動できるのでしょう』
そうだよ柳原さん、どうせスーパー凡人の俺だ! 超人にしか通じない常識なんて俺には通じないぜ!
『ですが、中には変身中は無敵のバリヤーを貼り、近づくものは消し炭にするタイプの魔法少女もいます。高木選手は箇条選手がどちらのタイプかわかっていて飛び込んでいるのでしょうか?』
実況が解説の柳原さんに疑問を投げかける。
え? それホント?
「どうせ凡人だから、そこまで考えてはいないでしょうね。運が悪ければチリになりますよ」
ちょっと!先に言ってくれよ! もう飛びつくつもりでジャンプしちゃってるよ!後戻りできないよー!!
『高木選手! 箇条選手に向かって飛び込んだ! 光が強くなります! 眩しい! 箇条選手、高木選手ともに大きな光に包まれています! 光の中はどうなっているのかー!』
俺は眩し過ぎる光に包まれた。視界は白一色。体を包む光は暖かいが、体が溶けていくような意識が遠のくような、そんな説明しづらい感覚だった。
光が晴れた時、自分と箇条明日菜の状態を確認した俺は勝利を確信した。
「きゃー! なにこれ!?」
箇条明日菜の悲鳴が俺の耳の間近で放たれる。俺は身動きこそ取れないが、できるだけ平静を保ったように声を装った。
「ふふふ、箇条さん。君の負けだ」
『なんということでしょうか!! 箇条選手と高木選手がこんがらがっています!』
『変身中の箇条明日菜にぶつかることで、変身にかかる魔力の実体化のバランスが崩れたのでしょう。具象化しかかっていたマジックリップクリームの魔力が高木選手と箇条選手を包み込み、接触していた二人を一つのものとして認識してしまったのです』
柳原さんの解説は難しいが、俺と箇条明日菜の状態を見てもらえば分かりやすいと思う。
俺と箇条明日菜は卍固めかコブラツイストか、というくらいのこんがり具合で体を絡めており、その二人をまとめて魔法少女の衣装が包んでいる。
つまり、関節技を極めながら一つの服を無理やり二人で着たような状況になっているのだ。
「箇条さん! 棄権してくれないと、このまま大暴れしてこの魔法少女の衣装を破いちゃうぞ! そしたらあれだぞ、まだうら若きその裸を白日の目に晒すことになるぞ! 恥ずかしいぞ! いいのか!? それは俺も同じっちゃ同じだがこっちは、失うものは何もない!」
やけくそな脅し。身悶えしてなんとかしようと試みる箇条さんだが、絡みに絡まっちゃってどうしようもない。まぁ、俺も同じなのだが。
「さすが道弘! 最低!最高!!」
歓喜の声を上げるのはセコンドの真衣だけ。会場中の女性のお客さんからは大ブーイングの嵐。
「うるせー! こっちちゃ命かけてんだ! さあ箇条さん! 降参するんだ! ライバルの王城スバルだってもう敗退してるんだからいいだろ! 聖獣ガレリオンの秘密とかってのも大会が終わったら探すの手伝ってあげるから、いや、多分俺には何もできないけど応援はする。だから今回は手を引いてくれ!頼む!」
脅してるんだか懇願してるんだかわからない叫びをあげる。
「こんなところで負けるわけにはいかないんです!」
気丈に振る舞う箇条明日菜だが、こんがらがって身動きなど取れない。
「そうか、ならばもう一ついいことを教えよう」
「な、なんですか!?」
「さっき右のポケットから砂を出して投げつけたが、左のポケットにはアマガエルが入っていたんだ」
「——ヒィ」
「ポケットにカエルを入れたまま君に飛びついて今この状況だ。」
彼女の表情が一気に強張る。よかった、彼女も爬虫類は苦手なようだ。
「今、腰の上あたりでもぞもぞしているのがなんだかわかるかい?」
「キャーー! 降参します降参しますぅ! 助けてくださいぃい!」
悲鳴をあげて暴れる箇条明日菜。
やった!やった!俺の勝ちだ!やったー!!魔法少女を倒したぞ!!
「鮫島さん!」
レフェリーの鮫島会長に勝ち名乗りを求めると、彼はやれやれといった顔で俺の手を掴み高く掲げた。
「勝者! 高木道弘!」
「よっしゃー!!」
勝利の雄叫びをあげる俺を観客の大歓声が包む。勝者は祝福されて当然の筈なのに、なぜ耳につくのは罵倒の言葉ばかりなのだろうか。
俺、凡人だからわかんなーい。
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