第三試合 王城スバルVS藻部野凡人

「第三試合! 王城おうじょうスバルVS藻部野凡人もぶの ぼんど!」


 禍々しいオーラを纏うスバル。流石は魔族の男だ。つり上がった目で対戦相手を値踏みする。そして、吐き捨てるように言う。


「命が惜しくば棄権しろ。貴様のようなゴミ、殺す価値もない」


 スバルの視線の先に立つのは何の変哲もない男子高校生。学校指定の体操服で戦いに臨む時点で場違いな気はする。いや、俺だって戦闘服なんて持ってないから体操着で試合に出ようとしてたけど、彼の姿を見て制服で出ようと思った。


「お、俺は異世界でチート勇者として世界を救った人間だ。お前など恐るるに足らん!」


 言葉と口調が全然合致していない。裏返り気味の声で言い返してみてもカッコはつかないぞ。


 先ほどの一文字の敗戦はショックだった。しかも利き腕の肘を負傷しての敗北。夏の高校野球予選は迫っているというのに……。

 だが、他人の心配をしている暇は俺にはなかった。拳法家の一文字があれだけの負傷を負って敗北したのだ。相手は江戸時代の力士が乗り移ったとはいえ一応外見は女子高生。

 それに対し、俺の相手は誰か。そう、魔法少女である。魔法を使うのである。馬鹿げている。んなもん、勝てるわけないじゃん。マジで。

 だからこそ、この試合に俺の運命がかかっていると言っても過言ではないのだ。


 俺は目の前で震えながらも強がっているあの藻部野凡人をぶん殴りたい。


 それだけのためにこの大会に出場した。

 俺と同じ凡人の癖に異世界に召喚されて美少女とイチャイチャしまくったこの男を、俺が許せるわけはないだろう。いや、全てのボンクラ平凡男子高校生の為に俺はこいつをぶん殴るのだ。


 しかし、藻部野の相手は魔法少女のライバル。魔族の王城スバルだ。絶対に藻部野は勝てないだろう。てか、消し炭にされるぞ多分。


 つまりは藻部野が負けるなら、俺の目的は無くなるわけだ。そしたら俺も棄権しちゃおっ。

 そういう思いだからこそ、真剣にこの戦いを見つめるのだ。


「ファイト!!」


 レフェリーの鮫島会長が戦いの開始を宣言する。


 スバルは腕を組んだまま微動だにしない。蔑んだ笑みを口元に携えて。

 一方、藻部野はというと、お世辞にもサマになっているとは言えないファイティングポーズで間抜けなステップを踏んでいる。

 スバルは微動だにしない。自分から攻撃を仕掛ける気もないのだろうか。藻部野の気色悪いダンスのようなステップをただ見下している。


 ある意味、藻部野のチャンスだ。なぜならスバルは藻部野の事を完全に舐めきっているからだ。何かすごい必殺技でも繰り出せるのならば勝機は十分にあるだろう。

 だが、残念なことに異世界では最強無敵の勇者だったらしい藻部野だが、こっちの世界に戻ってきてからはただの凡人のようなのだ。異世界限定のチート能力だったようだ。


 藻部野は首を左右に振って一歩二歩とスバルに近寄るそぶりを見せる。ボクサーの振りでもしているのだろうか。インド人のものまねをするときによく首から上だけを器用に左右に振る動きがあるが、それにしか見えない。……馬鹿みたいだ。


 スバルは相変わらず微動だにしない。腕も組んだままだ。

 それなのに、藻部野はこれまた下手くそなバックステップを踏んで後退する。

 そのくだりを五、六回繰り返す。

 会場は白けた雰囲気になる。見てるこっちが恥ずかしくなるほどの藻部野のビビリ様。


「日が暮れちまうぞ。人間」


 スバルが口を開いた。


「ふ、ふん。恐れをなしたか。棄権してもいいんだぞ。何せ俺は異世界を救った勇者なのだ。どんな必殺技を出すかわかったもんじゃねえぞ」


 この状況でよく強がれるな。あの男。呆れながらも感心した。


「私、あいつだけは苦手なのよね」


 眉間に皺を避け不快感をあらわにする真衣。


「そういえば、この前会った時も嫌がってたよな。なんで?」


 先日、俺が初めて藻部野と会った時、藻部野は内藤を彼女にしたい、なんて馬鹿みたいな事を宣言していたような気がする。あいつ自身の話に頭が来たので真衣との関係など全然気にもしていなかった。


「別に理由があるわけじゃないわ。単に、あいつが私のことつきまとってただけだから」


 なるほど。確かに真衣は性格も口も悪いが外見だけは、まあそれなりに良い。人気があるようなことを同じクラスの蝶野も言っていた。


「……それに、あいつは私の秘密を知っているから」


 ボソッと真衣が呟いたが、ゴングの音でそれはかき消された。


『あーっと! ここで第1ラウンド終了のゴングです!』


 実況が叫ぶ。そういえば15分で1ラウンド。計4ラウンドで試合は行われるって言ってたな。

 ……ってことは、15分間も藻部野は気持ち悪いステップを踏んでいただけで攻撃をしかけなかったのか!


 スバルもスバルだ。15分も仁王立ちしている必要もないだろうに。この前みたいに火属性の魔法でも、光属性の魔法でも放って息の根を止めてやればよかったのに。


 何もしていないというのに藻部野は汗だくだ。セコンドの友人にタオルをもらって汗を拭いている。スバルはというとセコンドなどいないが、ただ立っていただけなので何も疲れてはいないようだ。

 ただ、もう飽きているようだった。次のラウンドで終わるだろうな。


「ラウンド2、ファイト!」


 インターバルを終え、戦いは再開する。


「もう貴様のへんてこダンスは見飽きた。これ以上見ていると夢に出てきそうだ。さっさと終わらせることにしよう」


(確かに……)


 と会場から同意の声が漏れた。

 スバルの背後からゆらゆらと漆黒の炎のようなオーラが滲む。


「お。俺も同じことを思っていたぜ」


 よくこの状況で強がれるなぁ。もう色々通り越して尊敬すらするよ。

 スバルはその言葉を無視して右手を掲げた。何もない空間から闇色の玉が現れた。


「消えろ」


 それを藻部野に放つ。


 闇の玉は藻部野めがけて走る。へっぴり腰の藻部野がそれを避けれるわけもない。万事休すだ。


「う、うわぁ!!」


 情けない断末魔を上げる藻部野。グッバイ藻部野。来世は地に足をつけて平凡に暮らせよ。


 誰もが(俺だけか?)そう思った瞬間だった。

 藻部野の体わずか数センチのところで闇の玉は音もなく消滅した。


「……なんだと?」


 表情を変えるスバル。驚いたのはスバルだけではなかった。当の本人、藻部野でさえ

 自分の身に起こったことがわからなかったらしい。

 自分の体をペタペタ触って怪我がないか確認している。


「あ、あれ? なんでだ?」


 そんなん、こっちが知りたいよ。


「ふん、手加減しすぎたか。なら今度は本気で行くぞ」


 スバルはそう言い、今度は両手を天にかざす。先ほどよりも巨大な闇の玉が現れた。


「ちょ、ちょっと待て!」


 慌てて手を振る藻部野。だがもう遅い。


「塵一つ残さぬよう消し飛べ」


 放たれる巨大な玉。


「うわーーー!!」


 再びの断末魔。しかし……。


「あ、あれ?」


 目をつぶり直撃を覚悟していた藻部野が恐る恐るといった様子で目を開く。

 まただ。藻部野のすぐ手前で闇の玉は消滅していた。


「ま、まさか」


 真衣が目を見開く。


「どうした?」


「藻部野はこの世界ではただの凡人。あんたと同じように。でもでは無敵勇者だった」


「だ、だから?」


 意味がわからず首をかしげる。


「察しが悪いわね。王城スバルは魔界の人間よ。魔界、すなわち異世界よ」


「つ、つまり?」


 再び首をかしげる。


「王城スバルの攻撃は藻部野には効かないのかもってこと!!」


『その通りです。藻部野選手のチート能力は異世界においてのみ発動します。ですから通常、こちらの世界では彼は所謂普通の人です。特別な力は何もありません。しかし、相手の王城スバルは魔界の住人。藻部野選手が召喚された異世界とは別の世界ではありますが、に変わりはありません。だから、たとえこの世界で戦ったとしても異世界チート勇者である藻部の選手が異世界の住人である王城選手に負けることはないのです』


 淡々と解説する柳原さん。


「ちょっと、知ってたなら先に言ってくれよ!」


 藻部野本人が叫ぶ。そっぽを向いてシカトする柳原さん。いいキャラしてるなぁ。


『さぁ! この試合わからなくなってきました! まさかの藻部野選手のチート能力が覚醒するのかー!』


 つまらなさそうに試合を見ていた観客もまさかの展開に再び興味を持ち出した。


「そんなことがあってたまるか! 今度こそ本気の闇魔法ってのを見せてやる!」


 全身に力を込めるスバル。彼が纏っていた漆黒のオーラがさらに濃くなる。武道場の空気が一気に重量を持った。

 観客席の俺にさえ根拠の分からない不安、動悸、寒気が襲う。


『これはすごい!! 王城選手、魔界の力を引き出そうとしているのか!? もの凄いオーラが王城選手を包み込みます! これが魔族の力なのかー!!』


「うおおおっ!!」


 更に力をためるスバル。会場中の観客がその圧力を感じていた。気の弱そうな女子生徒などには失神する者まで出始めた。

 しかし、当の藻部野はぽかーんとした顔でスバルを見つめていた。


「なんだかわからないけど、力がみなぎってくる」


 恍惚とした表情になっていく藻部野。


「全身に力が……、まるで異世界ゲンナジーワールドにいた頃みたいだ。今なら、なんだってできる気が……するぜ!!」


 藻部野が大地を蹴った。さっきまでとは別人のようだ。スバルめがけて駆けていく藻部野の体が変化していく。髪が金色に染まる。筋肉が急に発達する。着ているダサい体操服が銀色の鎧に変わる。


「なんだと!?」


 スバルが驚くのも無理はない。スバルが防御の姿勢をとるより早くスバルの間合いに入り込んだ藻部野の姿はもう凡人のそれではなかった。

 悔しいし、認めたくないが、めちゃくちゃかっこいい姿に変貌していた。


「遊びはここまでだぜ王城スバル!! スパイナルナックル!!」


 藻部野の右拳。遠目でもわかるほどに空気の渦がその拳を覆っている。

 スバルの顔面を拳はとらえた。


「ぐはっ!!」


 きりもみ回転して吹き飛ばされるスバル。


「まだまだー!!」


 空中に浮かぶスバルへ跳躍しての追撃。


「トルネードスピンキック!!」


 空中での連続回し蹴り。

 一発、二発三発とスバルの体を捉える鮮やかな連続技。

 まるで格闘ゲームの空中コンボだ。


「メテオドロップヒール!!」


 さらに大きく弧を描いた踵落としを入れる。

 スバルは悲鳴すらあげる暇もない。

 くの字に折れ曲り地面に叩き落とされるスバル。


「止めだ!」


 空中に残った藻部野は両手を広げる。


「シャイニングフラッシュ!!」


 全身からまばゆい光を放ち地上のスバルめがけて突撃する。

 耳をつんざく爆発。巻き上がる砂けむり。


 その砂けむりの中を立ち上がる影が一つ。


 煙が晴れるとそこには腕を組んだドヤ顔の藻部野が仁王立ちしていた。

 彼を中心にクレーターができている。凄まじい攻撃だった。


『こ、これが藻部野凡人のチート能力かー!? とんでもない破壊力!!王城選手なすすべもなくKOです!!』


 チッチッチ、と舌を打ち、人差し指を実況席に振る変わり果てた姿の藻部野。


「この状態の俺は藻部野なんかじゃねえぜ。シルヴァー。銀色のシルヴァーって呼んでくれ」


 声すら変わって嫌がる。イケメンボイスだ。


「く、人間め……」


 ボロボロのスバルが肩で息をしながら立ち上がる。しかし、その姿は無残なものでとても余力を残しているようには見えなかった。


「おやおや、俺のとっておきを食らって起き上がるなんて、なかなかやるじゃないか。王城スバル」


 腹たつわぁ。マジ腹たつわぁ。


「お、覚えていろ! 今度会った時は必ず殺す!!」


 スバルは捨て台詞を吐いてマントを翻す。砂塵共に姿を消した。魔界に逃げ帰ったのだろう。


「ふん、いつだってかかってくるがいいさ。俺はいつだって……」


 かっこよく決め台詞を言おうとする藻部野の体がみるみる元のさえない男に戻っていく。


「あ、あれ?」


『スバルが魔界に戻ったことでこの会場を包み込んでいたの空気が消えたんでしょうね』


 柳原さんが呆れた様子で解説する。


「と、ともかく。俺の勝ちだ!!」


 両手を上げてガッツポーズ。


「勝者!藻部野凡人!!」


 鮫島会長が藻部野の右手を高く掲げた。





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