第二試合 一文字剛毅VS高山マコ
「おう、高木だっけ? 結局お前も出るんだな、頑張れや」
ジュリアの様子を伺いに控え室に入ろうとしたら、次の試合の一文字が出てくる所に遭遇した。まさか彼に名前を覚えてもらっているなんて思ってもいなかったので少し動揺した。
「あ、ありがと。一文字も頑張れよ」
人見知りの俺にしては上手く返事ができた。最近の俺は少しずつ社交的になっているのかもしれない。
「おう!ありがとよ! ぜってー優勝してやんぜ!」
一文字は優勝して、野球部専用のグラウンドが欲しいと言っていた。でも、それなら野球で頑張ればいいではないか。わざわざこんな危ない格闘大会に出ると言うのが疑問だった。
「あのさ、なんでこんな危険な大会なんかに出るの? 今年の大会で甲子園とか出ればグラウンドくらい作ってもらえるんじゃないのかな?」
至極当然のことを聞いてみる。
「ま、そうなんだよな」
一文字は痛いところを突かれたな、という風に頭を掻く。
「もしかして、別な目的があるんじゃないの?」
一文字の喉が鳴った。図星だったようだ。
「お、お前、凡人の癖に意外と鋭いな」
「いやぁ、それほどでも」
ちょっと褒められると、すぐ照れてしまう。行動がいちいち普通だよなぁ俺。
「あいつの夢、俺も手伝いたいんだ」
「あいつって、草薙さんのこと?」
草薙さくら。抜刀少女。この超人格闘大会にも参加している。一文字のライバルだとばかり思っていたが。
「ああ、あいつの道場、親父さんが亡くなってから、門下生が減って大変なんだ。あいつはこの大会で優勝して道場を再興させたいと思ってる。俺さ、小さい頃からあいつに迷惑ばっかりかけたから、手伝いたいんだ」
照れ隠しに鼻をこする一文字。すげぇいい奴なんじゃん。ただの野球バカだと思ってた。
「一人より二人のが確率上がるだろ。さくらが勝ち進んで、もし俺とさくらが当たるようなことがあれば俺は棄権する。もし、俺と当たる前にあいつが負けるようなことがあったら、俺が優勝してあいつの願いを叶える」
「一文字くん……」
「へへ、なんでお前なんかにこんな話しちまったんだろ。恥ずかしいわ! ま、もしお前と当たったら手加減はしねえぞ! それから、今の話はさくらには内緒な!」
俺は頷いた。
「わかった。頑張って」
「おう!」
そう言い残し一文字は武道場へ歩いて行った。
「第2試合! 一文字剛毅VS高山マコ!
ラウンドワン! ファイト!! 」
先ほどのジュリアとの戦いで服が破れたとかで、蝶ネクタイとベストというレフェリーらしい衣装に衣替えした鮫島会長が試合開始を告げる。
一文字、頑張れよ。
心の中で応援しながら戦いの行方を見守る。
「相手は江戸時代の力士が憑いているとはいえ、この前まで普通の女子高生だった子だからね、十中八九一文字君の勝ちでしょうね。ま、課題としてはできるだけダメージを食らわないように勝つってことね。ワンデイトーナメントだから、ダメージの蓄積が命取りよ」
観客席に既に待機していた真衣の分析。確かに。先ほどの戦いでジュリアは勝利したが半壊してしまっている。
葉加瀬は必死に修理しているが、次の試合に間に合うかどうか。
ワンデイトーナメント。1日で全ての戦いを行うからこその面白さではある。
……見てるだけならね。
俺も出るんだよなぁ。嫌だなぁ。
『ぶちかましだー!!高山選手ファーストアタックで一文字選手を吹き飛ばしたー!』
実況の言葉に我に帰る。
一文字が油断していたわけではないだろう。それだけ高山マコの立ち合いの素早さ、威力が半端無かったのだ。
後方へ吹き飛ばされた一文字は地面に両足でラインを引きながらもダウンは免れた。しかし、高山マコは目にも留まらぬ速さのすり足で一気に間合いを詰める。
「くそ!」
一文字がダメージを残したままなんとか左の拳を返す。腰も入っていない牽制にもならないパンチだ。高山マコはいとも簡単に一文字の拳をハエ叩きの様に払う。
そして、ガッチリと一文字の帯に手をかけた。左の上手を取った状況である。
野球のユニフォームのシャツを出し、帯を巻くという一文字のスタイルが仇になった。
投げの体制に入る高山マコ。必死に抵抗する一文字はなんとか高山の体に組みつこうとする。暴れる一文字の帯から高山マコの手が離れた。
しかし、高山マコは一文字の右腕をつかみ強引に投げに入る。
『上手出し投げ、いや!? 小手投げだぁ!!』
『一文字君、無理に抵抗しないほうがいい!』
珍しく実況の声に被るほど解説の柳原さんが言葉を荒げた。
「女にすっ転ばされるなんてたまるかよ!」
顔を苦痛に歪めながらも耐える一文字。
しかし……。
グキっ。
鈍い音が観客席まで届いた。
高山マコの強引な小手投げが決まり、一文字は地面に倒れた。
「ぐああああ」
右肘を抑え悶絶する一文字。
「踏ん張りすぎじゃ。その様子では肘をやったな」
高山マコ(いや今喋っているのは彼女に取り憑いている江戸時代の力士、極竜山だろう)がひれ伏す一文字を見下ろす。その二人の構図は明確に勝者と敗者だった。
『小手投げは一見地味だけど、肘関節を極めながら投げる相撲の技の中でも危険な技の一つ。あの技をかけられて靱帯を損傷する力士も少なくない。相撲に関しては素人の一文字君は無理に耐えようとしないで転がされた方がよかったかもしれない。大切な利き手の肘を痛めたとなると、野球選手としてはもうダメかもしれないわ』
冷静な顔つきで柳原さんが解説する。
右ひじを抑え苦悶の表情の一文字。起き上がれそうもない。
「勝者! 高山マコ!」
鮫島会長が高山マコの手を取り高く掲げた。
そんな、一文字が負けるなんて。さっき通路で話したことが頭に浮かんでは虚しく消える。
「戦いは非情である」
それだけを言い残し、極竜山に乗り移られている高山マコは退場していった。
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