第3話 魔法少女なんて嘘だ! 

 何を見せるというのか。この学校の真の姿とはいったいなんなのか。胸騒ぎがする。俺は一体何を見せられるというのか。

 屋上に蝶野と二人、向かい合って立ち尽くす。

 生暖かい風が頬を撫でていった。蝶野は不敵な笑みを見せている。

 眼下の校庭から女子生徒の嬌声が聞こえる。バレーボールでもしているのだろう。

 ざわめきから隔離されたこの屋上で蝶野と俺は見つめあったまま依然として立ち尽くしていた。カラスが遠くで鳴いている。風が蝶野のぼさぼさの髪を揺らしていく。

 どのくらいの時間が経ったのだろう。相変わらず蝶野は不敵な笑みを浮かべたまま黙っている。

 俺は思った。

 おい。昼休み終わっちゃうぞ、と。


「……で? 一体何を見せてくれんだよ」


「まあまあ、ちょっと待て」


 腕を組んだまま頷く蝶野。仕方ないから言われるまま待った。そして、何も起こらぬまま数分が経った。だんだんと蝶野の表情から余裕が消えてきた。ちらちらと腕時計に視線を落としている。


「……もう帰っていいかな」


 しびれを切らす俺。蝶野は慌てた様子で呼び止める。


「えっと……。あれえ、そろそろだと思ったんだけどなぁ。ちょ、ちょっと待ってよ……。あ、あれ!! ほら!! 良かった!! おせえよ今日に限って!」


 蝶野が安堵の表情を見せて俺の背後を指差した。見ると俺たちがいる屋上とは別の棟の屋上に二人の人影が現れていた。


 片方は女子。もう片方は男子。向かい合うように立っている。女子はピンクのフリフリのミニスカートドレスのようなものを着ていて、男子は黒いマントを羽織っている。演劇部だろうか。


「あれが、どうした」


「しっ、しゃがめ。バレたら大変なんだから」


 俺の肩を掴みしゃがませる蝶野。されるがままにフェンスの影に隠れて男女を覗く。

 奇妙に思っていると女子の方が何か杖のようなものを振りかざした。


「だからなんなんだよ」


「黙って見てろ」


 蝶野は声を細める。黙って見ろと言われても、何を見ろというのだ。言われるままに黙っていると、風に乗り少女の方の声が聞こえてきた。


「今日こそ決着をつけるわよ、王城スバル!! この世界をあなた達の好きにはさせないわ」


「……やっぱり演劇部だ。おい、蝶野、演劇部の練習を見てどうするんだ」


「違う。黙って見てろ」


 怒られてしまい俺はしぶしぶ黙った。


「ふふふ、毎度毎度同じ台詞をよく飽きもせず言えるものだ、箇条かじょう明日菜。貴様はテープレコーダーか」


 今度は男子の声。腕を組み余裕を見せている。


「だから劇の練習じゃないのか」


「違うっての」


「じゃあなんだってんだよ」


「ほら、見ろ!!」


 女子のほう、確か箇条明日菜とかいったか、そちらの手にしていた杖が輝きだした。


「減らず口がきけるのも今のうちよ!!」


 彼女は杖をくるくるとバトンのように回転させた。


「メテオサンダー!!」


 甲高い叫び声。振りかざした杖の先端部分から雷のようなものが轟音と共に放たれた。そして、その光は少年に目掛けて一直線に疾走する。衝撃音と共に猛烈な勢いの爆風がこちらまで届いた。


「な、な、なんじゃありゃーー!!!」


 驚愕のあまり叫ぶ俺の口を必死で塞ぐ蝶野。


「馬鹿!! 黙れよ!! 殺されるぞ!!」


 硝煙に包まれ見えなくなる少年。夢でも見てるのだろうか。目の前で繰り広げられる非現実的な光景。俺は唖然として口を馬鹿のように空けたまま固まっていた。

 しばらくすると煙が晴れた。しかし、そこに少年の姿は無かった。

 少年の立っていた位置のコンクリートは剥がれ、まさに爆心地といって良いほどの風景が広がっていた。

 あの少年は死んじゃったのかな。俺はたった今、とんでもない殺人現場を目撃してしまったのかもしれない。


「ふふふ、馬鹿の一つ覚えとはよく言ったものだ。そんな技が何度もこの私に通用すると思っているのか」 


 頭上から声が聞こえた。見上げると、先程の少年が何事も無かったかのように笑みを浮かべて空中に浮遊していた。


「と、飛んでる!?」


 マジックか? 手品か? なんなんだ。あれは。


「まさか、あの至近距離のメテオサンダーを避けるなんて……」


「貴様の攻撃など既に見切っている」


「く、ハイムガルツの加護さえあれば、あんたなんて」


 悔しそうに空を見上げる少女。


「ふふふ、箇条明日菜よ。今日のところは此処までだ。その様子では聖獣ガレリオンを復活させることなど夢のまた夢だな」


「な、なぜそのことを!?」


「魔族の情報網を甘く見ないことだ。次元境界線は今も確実に薄れつつある。人間界が我々魔族のものになるのも時間の問題だぞ」


「くっ……」


「ふふふ、では箇条明日菜よ。さらばだ」


 そう言い残すと少年の体は青空に溶けるように消えていった。


「く、王城スバル……、絶対に人間界は私が守ってみせる!」


 虚空を見上げ少女は叫んだ。


  


「……おい、高木、いつまでボーっとしてんだよ。授業始まっちまうぞ」


 蝶野に体を揺らされはっとする。


「わ、悪い。今変な夢を見てて……」


「いや、夢じゃない。現実だ」


 焦げくさい臭いが漂っている。夢じゃないのか。じゃ、なんだったんだ。夢じゃなければ一体あれはなんだったんだ。


「……魔法少女、箇条明日菜か。どう戦うか、ちゃんと考えなさいよ」


 いつの間にか真衣が隣にいた。


「うわっ、びっくりした。内藤さん!? いつからそこに」


 蝶野が驚き飛び退く。


「道弘がショックのあまり放心状態になったくらいからよ」


「な、なってねえよ、てか戦うってどういうことだよ」


 俺が叫ぶと、真衣は首をかしげた。


「偵察に来てたんじゃなかったの。彼女は超人格闘大会に出場するのよ。聖獣ナントカを復活させる手がかりを探してるみたいでね。って聞いているの、道弘」


 俺は引きつった顔のまま、固まる。 


「ダメだ、高木君あまりのショックで石になっているね」


「はは、ははは」


 俺のひきつった笑いとともに日常生活が音を立てて崩れ去った瞬間だった。

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