第2話 崩壊する日常


「高木ぃ、お前超人格闘大会に出るんだって?」


 今まで話したこともなかった生徒に話しかけられて俺はうろたえた。それは真衣が俺を強制的にへんてこな大会に出場させると言った次の日の昼休みのことだった。噂の広がる速度は侮れない。

 

 俺に話しかけてきたのはクラスでも最下層の地味グループに属する蝶野という生徒だった。ひと目見てオタクと分かる冴えない男子。でも、だからこそ友達のいない俺でもなんとか会話を返すことが出来た。これがもし、サッカー部とかダンス部とかのちゃらちゃらした奴にからかわれる様に話しかけられたのだったら、きっとこんなに自然に会話は出来なかっただろう。全く自慢にはならないが。


「あいつが勝手に騒いでるだけで、俺はそんな大会には出ないよ」


 友達と昼飯を食べながら談笑する真衣を横目で睨む。


「へえ、まあそうだよねぇ。あんなのに出たら命がいくつあっても足りないものねぇ。それよりも、聞きたかったんだよ。高木と内藤さんってどういう関係なの? 付き合ってるの?」


 蝶野は不思議そうな顔をして見当違いなことを尋ねてくる。


「そんなわけないだろ、あんな暴力女」


 声を大にして否定する。あんな女を女と認めるのは全国の女性の方に失礼だ。あいつは女なんかじゃなくって獣の類だ。


「でも、君と話しているときの内藤さん、とても楽しそうな顔してるよ」


「それはおもちゃであそぶ子供の顔だよ」


「内藤さん、整った顔してるし結構ファンも多いからね、君、良からぬ所で敵を作っているのかもしれないなぁ。あ、俺は大丈夫だよ。三次元の女には興味ないからさ」


 へへへ、とだらしない顔で笑う蝶野。果たしてこいつは良い奴なのか悪い奴なのか。だが、それまで友達のいなかった俺に対しても、まるでいつも話している友達のように話してくれるのは少し好感が持てた。


「まあ、立ち話もなんだから一緒に飯でも食わないか? ほら、俺がいつも一緒に飯食ってる橘が今日休みでさぁ」


 俺は蝶野の誘いに乗り屋上へ出た。太陽は高く夏は既に始まっているようだった。


「へへ、本当のこというと屋上は立ち入り禁止なんだけどな。こっそり合鍵を作っておいたんだ。これでいつでも屋上に上がれるって訳さ」


 自慢げに蝶野は銀色の鍵を持て遊ぶ。俺は屋上に上がったのは初めてだったから屋上からの光景も緑色の少し弾力のあるコンクリートも、その地面に描かれた良く分からない正方形の白線も新鮮だった。


「高木、屋上来るの初めてなのか?」


 物珍しそうに屋上の光景を見ている俺に蝶野が尋ねてきた。


「初めてだね。授業以外に必要のない場所には行ったことがないな」


 苦笑いしながら答える。


「そうだろうなぁ」と蝶野は頷いた。


「ところで、あの金網はなんなんだ? 危なくないか、破れたままにしておいたら」


 北側の落下防止用の金網が、ぐしゃぐしゃになっていた。折曲がった金網の所々が焦げている。高熱を加えられ金網が変形したかの様だった。しかも、よく見ると一つだけじゃない。何棟かある校舎の屋上、その全ての金網の一部、又は大部分がひしゃげていた。


「あれ、お前知らないの?」


 驚いた声を出す蝶野。疑りの目で俺を見てくる。だが、当然俺は知るはずもない。


「知らないよ。火事でもあったのか?」


 俺の問いに目を丸くした蝶野は嬉しそうに笑った。


「マジかー! へー、まだ知らない奴もいたんだなぁ。そっかそっか、高木はあんまり回りに興味ないタイプだもんなぁ。いやはや、おどろいだよ」


 その言い草がまるで馬鹿にされているようで俺は少し腹が立った。ブスッとした顔で蝶野を睨む。


「違う違う、そんなに怒るなよー。驚いただけだって。普通気付くと思うんだけどなー」


「だから、何がだよ!!」


「一年の箇条かじょう明日菜っているだろ。あれ、魔法少女だぞ」


 蝶野がさらっと言った言葉に俺はどう反応していいのかわからず、屋上には不思議な沈黙だけが漂った。

 魔法少女、ってのはどういう意味だ。アニメオタクの蝶野ならではの暗喩なのか。


「どゆこと?」


 首を傾げる俺。へらへら笑う蝶野。


「そゆこと」


 いや待て。答えになっていないぞ。俺は再び「だから、どういうこと?」と聞いた。


「そのまんまだよ、文字通り魔法少女なんだよ」


「……病院、行くか」


「高木が信じられないのも無理はないが、そうなんだよ。箇条明日菜は魔法少女だ」


「……そんなわけないだろ。そういう話するのはオタク友達だけにしてくれ」


 俺は蝶野を再び睨みつけた。全くふざけた奴だ。俺を馬鹿にして楽しんでやがるのか。それとも本当に現実とアニメの区別もつかない危ない奴なのか。


「おいおい、そういう偏見を持った発言は良くないなぁ」


 あくまで嘘と認めない蝶野。こんな奴と一緒にいても良いことはない。やはり、くだらない人間ばかりの学校だ。人を馬鹿にするにもほどがある。

 俺は無言でこの場から立ち去ろうとしたのだが、蝶野が俺を追いかけてくる。


「お前、超人格闘大会に出ようとしてるのに、情報集めなくていいのか。そのままじゃ死ぬぞ」


 真剣な蝶野の顔。死、という言葉がやけにリアルに聞こえた。

 蝶野の表情を伺う。相変わらずマジの目をしている。どうも俺をからかっているのではない気がする。


「どういうことだ。お前は何を知っている」


 警戒しながら尋ねる。


「高木、違うぞ。俺が何かを知っているんじゃない。お前が何も知らないだけなんだ。お前がいくら目を閉じて耳を塞いでいたって世界は回っているんだ。お前はもう気付かないふりをして生きていくことは出来ないところまできているんだ」


「だからなんだってんだ!?」


 わけがわからず叫ぶ。


「教えてやるなんて大層なことは言えない。だから単純に見せてやるよ。この学校の本当の姿をな……」


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