第1話 終わりの始まり
「何が超人格闘大会だ。俺は絶対に出ねえぞ」
と、口の中でごにょごにょと文句を噛みながら俺は真衣の後をのこのこと歩いている。真衣に聞こえるような声量ではない、だって聞かれたらドヤされるんだもん。
意気揚々と歩く真衣とは違い俺の足取りは重い。なんなら、今すぐ、くるりとターンを決めて猛ダッシュで帰りたい。
が、それはしない。理由はとても明確。真衣が恐ろしいからだ。
自慢じゃないが体力的に真衣を振り切ることは不可能である。いや、俺の体力がないのもそうなのだが、彼女が華奢な見た目に寄らず、馬鹿みたいに体力があるのだ。
それに、そんなことをしたら後で何をされるか分かったもんじゃない。暴力女なのだ。
「内藤が出ればいいじゃん、その格闘大会とかにさ」
俺にとっては当たり前のことを口にしてみる。
「馬鹿ね。女の子の顔に傷でもできたらどうすんの。あんたって本当に馬鹿でアホポンタンね」
矢継ぎ早に罵詈雑言を浴びせられ俺は黙ることを余儀なくされた。まったく顔はそれなりに可愛らしいのに口はとことん悪い。なんでこんな女につきまとわれなければならないのか。俺は不幸だ。
「で、結局どこに行くんだよ」
「あんたは黙ってついてくればいいのよ」
うーん。口だけじゃない。性格もすこぶる悪い。
背筋を伸ばして歩く真衣に連れられ廊下をずんずん進む。
しばらく無言で歩いていた真衣だが、目的地にたどり着いたのか、すっと立ち止まった。猫背気味の俺はぶつかりそうになって慌てて足を止める。
「ここね」と真衣が呟いた。
何の変哲もない教室の扉の前で真衣はうんうんと頷いていた。
たどり着いたのは……、たどり着いたのは、ここ、何だ?
「多満川高校伝統催事企画実行委員会よ」
聞きなれない名前を聞かされる。多満高催事…… なんだって?
見上げると、確かに扉の上には今しがた真衣が述べた通りの長ったらしい名前が書かれたルームプレートが掲げられていた。
プレートは横長の長方形なのだが、なにぶんこの委員会、名前が長いので、相当近くまで近づいてみないと字が読めないほど、小さい文字で部屋名は書かれていたのだった。
思い返してみると、授業間の移動で何度かこの前を通った記憶はあるにはある。だが、こんなに小さい文字で書かれているプレートに気付くわけもなかった。
「入るわよ」
真衣が扉に手をかけた。
「ちょちょ、ちょっとまってよ」と俺が言うより早く真衣は扉を開ける。ノックもなしに。礼儀もわきまえない女だ。
勢いよく開いた扉の向こう側、多分委員会のメンバーであろう一同がこちらを向いた。なにやら会議の真っ最中であったようで真剣な顔の上級生たちが訝しげに眉をひそめる。
「あんたたちが多満川高校伝統催事企画実行委員会ね」
高圧的に尋ねる真衣。
うわー、気まずい空気だよこれ。俺は反射的に真衣の影にさっと隠れた。
それにしても本当に物怖じしない女だな。なんで初対面の相手にこんなにも偉そうな態度が取れるんだよ。
「……いかにも」
一番奥に座る一番偉そうな男が腕を組み答えた。多分、会長であるのだろう。鋭い眼光だ。
「いかにも」って言う高校生初めて見たよ。てか、突然扉を開けられて、うろたえもせずに腕を組んだまま何事もないように返答できるって凄いよな。などと他人事のように考えていたが、真衣は後ろで様子を伺っている俺の手を引っ張り部屋に放り込んだ。
おっとっと、と間抜けに二三歩前へ出る。で、委員会の一同にギロリと睨まれ、あわあわと後ずさりする。一連の流れがとても小物っぽくて我ながら情けない。
「なんだね君は」
会長が眉間に皺を寄せ問う。言葉が上手く出てこない。人見知りで内向的な俺だ。こんな状況で上手く切り返せるくらいなら友達も出来ている。
「高木道弘。普通課の二年生よ。取り柄もなければ友達もいない冴えない普通の生徒だけど、言ってみれば超人的凡人ね。ってことはこれに出る資格あるってことよね。ここにはこう書いてあるし」
俺の代わりに真衣は答え、チラシを掲げた。そして、すらすらと記載事項を読み上げた。
『第8回超人格闘大会。要項。
一、参加資格は当委員会の認定した『超人』のみとする。
一、試合は降参、又は戦意喪失を持って終了とする。
一、大会中の負傷に関しては委員会より治療費が支給されるが、後遺症に関しては関知しない』
真衣が書類を読み上げると、会長の右手に座る眼鏡の女子が机においてあった書類をがさごそとめくった。役員達はすこし戸惑ったように互いの顔を見合わせている。眼鏡の女子が会長に耳打ちする。ピクリと眉だけ動かしてそれを聞いた会長は唇の端を少しだけ歪ませて微笑した。
「君の言うとおりだ。内藤真衣君。彼を当委員会認定の超人と認めよう」
ざわめく役員達。不敵に笑い合う真衣と会長。完全に置いてけぼりの俺。
「大会は再来週の木曜日。第二武道場で行う。そうだったな、柳原君」
「はい、そういうことになってますね」
眼鏡の女子が書類を確認する。会長は俺の目を見つめる。威圧感のある目だ。圧倒される俺だったが、ここで相手の雰囲気に呑まれてはいけない。俺は小さく深呼吸した。そして、若干震えながらもなんとか口を開いた。
「……あの、辞退します」
よし、偉い。言えた。良かった。心の中でガッツポーズをとる。場の空気に流されて了承させられてしまうところだった。危ない危ない。こんなわけわからないことに巻き込まれるのはごめんだ。俺は普通に、至って普通に生活したいだけなんだ。友達なんかいなくたっていい。俺はさっさとこのくだらない高校を卒業して……って、痛い!!
突然後頭部に走る鈍い痛み。真衣に後頭部を殴られて俺は膝をついたのだった。
「馬鹿、何言ってんのよ!! こんな面白そうなこと他にはないじゃない!!」
目の前がくらくらする。グーで殴りやがったこの女。なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ。
「ほう、素晴らしい凡人具合だ。これは期待できそうだな」
唇の端を嫌味っぽく曲げ嘲笑する会長。何言ってんだよこの会長。意味分からないし。
「それにしても、第二武道場ってどこよ。うちの学校に二つも武道場なんかあったかしら」
どうでもいい、どうでもいい。そんなことはどうでもいい。俺は出ないぞ。
「いい質問だ」
いやいや、どうでもいい質問だよ。興味ねえよ。帰らせてくれよ。
「その場所、見ておきたいわ。ちょっと悪いんだけど案内してくれないかしら」
真衣が強引な要求をする。
「よし、柳原君。この二人に案内して差し上げたまえ」
会長が先程の眼鏡の少女に言う。
「え、面倒くさいです。それは鮫島先輩がやってくださいよ」
場の雰囲気をぶち壊す気だるそうな声を出し会長に反論する眼鏡の少女。
静寂に包まれる室内。だが、ぽかんとした表情を見せたのは俺だけだった。
「えー、やだよ俺。あそこ薄暗くってなんか気味悪いんだもん。大会のとき以外は近づきたくないよー」
今までの偉そうな態度から一変し、こちらも面倒くさそうな声をあげる会長。
部屋になんともいえない沈黙が訪れる。
「ごほん、そうだった。第二武道場は聖域である。大会開催中以外はその扉が開かれることはないのだ。会長の私としたことが失念していた」
取り繕ったかのように理屈をこねる会長。もう、なんかすべてがよくわからない。俺、狸か狐に騙されてるんじゃないだろなぁ。
「まあ、いいわ。当日の楽しみに取っておこうかしら」
真衣も真衣だよ。つっこめよ、そこは。
「うむ。では詳細などは追って柳原君のほうから連絡が行く。心して待つように」
「わかったわ。それと、このことなんだけど、本当ね?」
真衣はチラシの中の「優勝者はどんな願いでも叶えられる」という部分を指さした。
「無論である。これは伝統ある超人格闘大会だ。叶えられぬ夢など無い」
きっぱりと会長は言い切った。どういう理屈なんだよ。叶えられぬ夢などないって、何を言い出してんだよ、この会長は。
と、不審げに見つめる俺の横で、真衣は不敵に笑った。
「それは頼もしいわ。なら今日はこれくらいで失礼しようかしらね。ほら、道弘いつまで座ってんのよ。行くわよ」
「あ、ちょっとまってよ、俺はそんなのに出るとは言ってないって」
慌てて抵抗をする俺を真衣は有無を言わさず部屋から引っ張り出した。辞退の意思を伝えたいと言うのに有無を言わさずだ。
扉を閉めると真衣は満面の笑みを浮かべた。
「やったわね。言質は取ったわ。優勝したら何を貰おうかしら」
上機嫌だ。この馬鹿、俺が優勝すると勝手に思っているらしいが、それは取らぬ狸の皮算用と言う奴だ。
そもそも、俺が出場するのならば、なんでこいつが景品を貰う気でいるのだろうか。てか、優勝なんか出来るわけないし。それよりなにより俺、出るつもりないし。
俺の思惑とは別のところで勝手に話が進んでしまっている。本当に勘弁してほしい。
俺の至極当然の疑問など気付きもしない真衣は俺を尻目にスキップでもするんじゃないかっていう足並みで校舎を後にしたのだった。
まったくもって、突如現れた大型台風が俺へ直撃って感じ。俺はパンツ一丁で暴風雨にさらされたような悲惨な状況に陥ったわけだ。
しかし、そのときの俺は超人格闘大会の真の恐ろしさに気付いていなかった。そして、この学校の真の姿にも……。
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