この、平凡クラッシャーどもが!

ボンゴレ☆ビガンゴ

第一部 ゾクゾク登場!平凡クラッシャーども編!

プロローグ 〜終わりの始まり〜

 俺は図書室が好きだ。外界の喧騒から隔離された静謐な空間。密度の濃い静寂が集約された空気、めくられる本の微かな羽音。寄贈された古本が醸し出す独特の匂い。

 初夏の柔らかな日差しの中、クリーム色のカーテンが太陽の光を浴びて優しく淡く輝いていた。ぽつんぽつんと長机に座る生徒達は、皆それぞれ別の世界へと旅行中だ。


 中間試験も終わり、久しぶりにのんびりとしたこの心地よい世界に浸れることに俺は喜びを感じていた。

 感じていたと言うのに、平穏を切り裂くように、なにやら向こうからドタバタと品の無い足音が近づいてきたのだった。


「やっぱりこんなところにいた!」


 無神経に放たれる大きな声。室内にいた生徒達が一様に顔を上げる。図書室でこんなに悪びれず大声をあげるなんて、なんと無神経な奴なのだろう。俺も少しイラッとしながら顔を上げた。が、その声の主を見てすぐに顔を下げた。

 長机三つ分ほど向こうからこちらの机に向かって不敵に笑う少女がいた。整った鼻筋に艶のあるまっすぐな黒髪。腰に手を当て堂々とした佇まいの彼女はキラキラと輝く大きな瞳を俺に向けている。

 内藤真衣だ。

 

 とびきりの美人と言うほどではないけど、スタイルもそこそこで堅実に人気があるタイプの女。ま、「黙っていれば」と言う注意書きが大きく入るのだが。


 図書館中の視線を浴びても臆することのない真衣。俺はもちろん気付かないふりをした。


「何よ。道弘。無視する気?」


 再び放たれた通る声。高校二年生にもなってこの馬鹿、場をわきまえろよ。慌てた俺は思わず唇に人差し指をあてて、静かにするようにと視線を送ってしまった。

 俺のその様がおかしかったのか、ふふんと鼻を鳴らした真衣は小柄なくせに偉そうに胸を張り、すらりと伸びた足を大股に開いて、ずかずかとこちらに向かってきた。

 玩具を見つけた幼子の表情で真衣は笑う。


「何やってんのよ。放課後にまで本なんか読む必要ないじゃない」


 俺の隣に腰掛けた真衣は不思議そうに首を傾げる。


「……放課後だから読んでんだよ」


 苛立ちを隠さずにぶっきらぼうに答える。

「変なの」と腑に落ちない表情の真衣。


「それより暇でしょ。ちょっと付き合いなさいよ」


 話がかみ合っていない。本を読んでるって言っているのに。人の話を聴かない女だ。


「嫌だよ」


「なんでよ。暇でしょ」


嫌だって言っているのに臆することなく言い放つ真衣。


「勝手に決めんなよ」


「だって、あんた友達いないじゃない」


 その言葉にピクリと眉を動かす。真衣の言葉は間違いではない。俺には友達がいない。だが、友達がいないのと、暇かどうかは全然まったく別問題なんだが。


「うるさいなぁもう。なんなんだよ。俺はやることがあるんだよ」


「やること? 何よ、言ってみなさいよ」


 挑発的に顔を覗き込んでくる真衣。


「いや、それは……、お前に言う必要はないだろ」


 俺は思わず視線を逸らした。


「あんたの都合なんてどうでもいいのよ。大前提としてあんたに決定権なんかないんだからね。無駄なあがきはやめなさいよ」


 高圧的に言い放ち満面の笑みを浮かべる真衣の顔が俺には悪魔に見えた。俺が言葉に詰まって黙っていると、同意と捉えたのか上機嫌の真衣は懐から安っぽいチラシを取り出して俺に押しつけてきた。

 真衣から渡されたチラシ。そこにはこう書かれていた。


『第八回!! 超人格闘大会!! 参加者募集!!』


「えーっと……。な、何これ」


 予期せぬ言葉の羅列に言葉を失う俺。そりゃそうだ、こんなヘンテッコなチラシ、誰だって言葉を失うと思う。


「そのまんまよ。あんた参加しなさいよ」


 何を戸惑ってるのよ、と言わんばかりの真衣。


「いや、全然わかんないし……」


「だから、あんたコレに出て優勝しなさいよ」


 真衣はどうやら質問の意図を理解していない様子だ。


「いや理解の範疇を超える話なんだけど……」


「なんで? 文字読めないの? 日本人だよね」


「そういう問題じゃないよ!」


 大きな声を出してしまってから、ここが図書館だということを思い出し慌てて口をつぐむ。真衣は大きく両手を広げて馬鹿にしたようにため息をついた。


「だって優勝したらなんでも願いが叶うってかいてあるわよ。参加しない手はないでしょ」


 確かにチラシには大きく「優勝者にはどんな願いでも一つだけ叶えることの出来る権利が与えられます!!」との文字が躍っている。


「だから、何処の世界の話なんだよ……」


「ともかく、申し込みに行くわよ! さあ!」


 呆れ顔の俺の意見など、はなから聞く気はないらしい。真衣は俺の手を掴む。


「まてまて、行かないし、てか申し込むって何処にだよ? あんまり遠出はしたくないんだけど」


「は?何を言ってるのよ。どこも行かないわよ。学校に決まってんでしょ。学校行事なんだから」


「が、学校のイベントなの? それ」


「そうよ。さ、行くわよ」


「い、今から?」


「当たり前でしょ、善は急げって言うわ」


「ええ!? 急がば回れとも言うけどなぁ……」


「うるさいわね、ほら、早く」


 痺れを切らした真衣に腕を掴まれ、俺は引きずられるように図書館を出た。まさかこの日が人生のターニングポイントになるなどと、そのときの俺は知る由もなかった。





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