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 時は江戸、徳川慶喜の治世のこと。

 慶応三年に遡る。当時、周囲には田園が広がり、杉が生い茂る深緑の居久根の中にこの社は建っていた。入り口には白御影で造られた大きな鳥居が建っていた。近隣には小さな集落があって、季節ごとに華やかな祭りが行われていた。私はその祭りを見るのが好きだった。

 その頃、私は一人の人間と知り合った。一七歳くらいの村の子供だ。武士の出のようでいつも袴姿に刀を携えていた。普通の人間には私の姿は見えないのだが、その者は異形のものを見る目を持っていた。私を狐だと知ってものなお、変わらずに接してくれた。それは今までずっと一人だった私にとってどれだけ嬉しいことだったろうか。

 かれとはよく遊んだ。村の夏祭りにも行った。

 社へと続く道に沿って数多くの提灯が灯され、いつもは人があまり来ない境内は村人で賑わっていた。屋台で売られていた風鈴の音が境内に木霊していた。二人でその音に耳を澄ませていたのを今でも覚えている。


  ***


 それからも私たちの仲は続いた。

 彼は毎日のように社を訪ねてきた。そんな彼がある日を境に突然、社に来なくなったのだ。そんなことは今まで一度もなかった。

 私は最初、彼が忙しくて来られないものだと思っていた。ある日、私は彼を探しに村へ出かけた。その途中、村人達が何か話しながらこちらへ歩いてきた。そこで私は彼が労咳で亡くなったことを知った。

 その時私は、亡き祖父から教わったことを思い出したのだ。

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