夏夕空
川
1
雨は上がっていた。
夕立に会ったため、青年は足早に帰路へついていた。舗装された道に沿って植えられていた柳桜の木々は、今は青々とした葉を生い茂らせていた。
耳を澄ませば蜩のなく声が聞こえてくる。雨が上がったことに気づき空を見上げていると、薄くかかった雲の間から陽が一筋差し込んでいた。
――ああ、懐かしいこの季節が巡って来たのか。
青年はそう思いながら歩いていると、ふと視線を感じ振り返った。しかし、辺りを見渡しても人影は何処にもなかった。
――思い違いか、そもそも人に私の姿は見えまい。と思いつつ再び帰路についた。
この青年、歳は十七、八だろうか。白地に竹の模様が銀であしらわれた狩衣を身に纏い、首元には夕焼けのように赤い瑪瑙の首飾りが光っている。
腰には日本刀を一振り携えている。神職に就いている者だろうか――否。彼は人ではない、狐なのだ。それも野狐ではなく白狐。稲荷の祭神、宇迦之御魂神に仕える者であった。
***
あれから半刻は歩いてきただろうか。民家の間の細い路地をぬけると開けた場所に出た。石畳に覆われたその場所の中央には小さな赤い鳥居と社が一つ、 ぽつんと建てられえていた。社の左右には白い狐の像が対になるように置かれている。どうやら 稲荷を祭ったもののようだ。青年は社の隣に寄り掛かるように座ると夕暮れ間近の朱に染まった空を眺めていた。
――時が移ろい、景色は変わるものだな。
空を見上げながら彼はふと呟いた。
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