第7話 結末

「ごめんね、下田さん。これで下田さんの“参加者”権限は……」

「……」


 意気消沈。今の下田さんには、あまりにこの言葉がふさわしい。

 散らばってしまったトランプやサイコロ、一応僕の物だし、僕が回収しないとな。


「……ねぇ」


 ようやく回収し終えた時、下田さんが口を開いた。


「これが“メール・ゲーム”と呼ばれるのは、こうやって“参加者”同士が争うためなんだけど……じゃあ“参加者”は何人いるのか、なんで争わされているのか、そもそもいったいなんでこんなことが可能なのか、知ってる?」


 ……。

 確かに、それらは全て疑問を持つべきことだ。

僕はこれまで、とにかくこの“参加者”権限を使いたいと思っていただけだった。しかし、こうして下田さんの力を奪った今、知らないといけないことは多そうだ。

 それを知らなかったから、僕は下田さんに見つかり、あわや“参加者”権限を失うところだったんだから。 


「そりゃ、あたしだって知らないんだもん……あたしより経験の浅い素人くんには、分かるはずないわよね……」

「その素人くんに負けたのは、誰だったかな?」


 下田さんも、それを知ろうとしていたってことか……。下田さんは少なくとも僕よりは“参加者”としての経験が長い……色々聞いておくといいかもしれないな。今の負け犬状態の彼女なら、何だって答えてくれそうだ。毒は吐くけど。


「上社くん。あたしがあなたを“参加者”だと断定したとき、怒ったわよね、あたしは。あれ、何でだと思う?」

「そりゃ……見付けたらゲームをしないといけない。そして勝たないといけないんだ。相手が誰であって、1%は負ける可能性がある……。負けたら“参加者”権限を失う以上、誰だってゲームなんてしたくない。そんな“参加者”を見つけてしまったら、憤りを感じるさ」

「逆よ」


 逆とは、何の逆だ? 下田さんは、ゲームをしたかったのか……?


「あたしが怒ったのは、あなたを試したから。怒るって一番、人が素直になることだと思うの、あたし。それをぶつけたら、相手も素直になる。

 これまであたしが戦った“参加者”にも同じことをしていてね。あたしの態度を見て、ある人はひどく怯えて、ある人はあたし以上に怒ってた。

 そこに来て、あなたはどうだった? あなたは、きょとん顔ですましてたわけよ。あたしは思った、何こいつ面白い、って」


 下田さんが、最初以外は怒るどころか僕をからかったり真剣に向き合ったりしたのは、そういうことだったのか。


 にしても、下田さんはいったいどれだけの“参加者”とゲームをして来たんだ? しかも未だ“参加者”であった以上、全てに勝っていたということ。

それに、僕を“参加者”だと断定した時、クラス全員に“参加者”権限を使った。あれは、明らかに“参加者”を探す行為。もしクラス内に“参加者”がいるかもーと思っても、それを確かめるなんてせず無視すれば、ゲームをせずに済むかもしれないのに。


「あたしはね」


 下田さんは腰に手を当てて胸を張った。胸無いな、この人。


「全部の“参加者”を見付けて、全部の“参加者”にゲームを挑んで、全部の“参加者”に勝ちたいの。そうしたら、この“メール・ゲーム”ってもんがいったい何なのか、見えてくると思わない?」


 それはそうかもしれない。けど僕には、下田さんが何を見ているのか、全く見えてきやしない。


「だからあたしは負けない。これまでだって、これからだって、同じこと!」

「いやいや……君は僕に負けた。1度負けたら2度と“参加者”権限は戻らないとルールにあった。これから、というのはもう……」


 しかしなんだ? 下田さんは狂ったようにも、空元気にも見えないし、今の状況を理解できないような奴じゃない。これは……?


「うん、やっぱり上社くん。自分の記憶をいじったせいか、微妙に理解出来てないみたいね。ひとつ聞きたいんだけど……あたしがこれまで戦った“参加者”の中に、記憶を変えてきた人がいなかったと思う?」


 記憶に関しては“メール・ゲーム”のルールにも記載されたこと……いないとは思えない。


「ということは……あたしは当然、ゲームの相手が自身の記憶をいじることを想定していたし、あたし自身の記憶をいじること、してもおかしくないわよね?」

「……は?」


 待て、何を言っているんだ?


「宣言するわ。上社くんが隠した場所は上社くん自身。隠した物は、生徒手帳!」

「な……何を言うんだ!? もう勝負は……」

「金庫の中、見てみたら?」


 金庫の中? もう中には何も……。封筒が……まだある……!?


「あ……!」


 やばい、声が漏れた……下田さんは、笑ってる。

 僕は狙っていた、下田さんが宣言をしたとき金庫を開けて負けたフリをして、金庫の中身を見ることを。


 だけどその中身……僕は1度でも見たか? 下田さんから渡された紙を見ただけじゃないか……!


 それに! 思いだせ……あの時下田さんは……


『上社くんが隠したのは、トランプ! 隠した場所は上社くんの家の近くにある公園!!』


“宣言する”と発言していない!


 なんで……なんで気付かなかった……!? いや気付くはずがないのか……あのとき僕は、自分が負けたと思い込むように自らの記憶をいじっていた……。


「気づいた様子だから言っておくけど、今回の隠した物探すゲーム、大きな穴があったのよ。それは、“宣言の回数制限をしなかった”こと。仮にあたしが、最初の発言で“宣言”をしていたとしても、今した“宣言”は有効だった。このことを利用すれば、最悪、相手の隠した場所や物が当たるまで、“宣言”を繰り返せばよかったわけね」


 ……そのとおり……。


「じゃ、何で勝敗を決めるか、と言えば、どっちが先に“宣言”を的中させたか。これ以外ない」


 それなら僕の方が先に……いや、違うか。金庫の中には未開封の封筒があって、それは間違いなく下田さんの物だ……。


「ちなみにあたしが本当に隠したのは、あたしの家に隠したカチューシャ。あたしはいつも白いカチューシャなんだけど、ゲームが始まってからは赤にしてたのよ? 気付いてた?」


 気付くはずがないだろ……。


「そうそう、ちなみにだけど、あたしは自分の記憶変えてないわよ? あたし、演技派でしょ??」


 最初に怒ったフリをしたといい、こいつは……。


 僕の、負け。


 勝ったと思った。“参加者”権限がこれからも使えると思った。なのに……なのに、なんだこれは!


 いや……怒ろうが悲もうが嘆こうが……何も、何も結果は動かないんだ……。

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