第6話 決着

 金曜日。つにやってきた、決着の日。


 僕は、いつもより1時間早く学校へ向かった。

下田さんが昨日の帰り際、話があるから来て欲しいと言っていたからだ。


「遅かったわね」


 金庫に紙を入れた部屋、すなわち視聴覚室に入ると、そこにはすでに下田さんが待っていた。すでに金庫は机の上に置いてあった。


「いや、時間通り」


 教室内の時計と自分の腕時計を見比べ、僕はそう答えた。

下田さんは、逸る気持ちを抑えられなかったのだろう。いや、僕もあまり人のことを言えないが。というよりも、今にも笑みがこぼれそうで抑えるのが難しい。


「……まぁ、いいわ。あたしが昨日言ってた、話したい内容……それが何か、もちろん分かってるわよね?」

 

当たり前だ、と僕はうなずく。


「そう、じゃあ負ける覚悟もできてるのね」

「なんのことだか」


 そこにイエスと言うわけがない。


「……単刀直入に言うわね。私は、上社くんの隠したものを見つけた!」


 そう言った下田さんは、一瞬こちらに不敵の笑みを浮かべた。僕にMっ気があったら喜んでしまいそうな、思い切り人を見下す表情。身長は僕の方が高いのに、下田さんの方が高い場所にいるかのようだ。


1度僕から視線をはずした下田さんは、自分の通学用カバンからスーパーのビニール袋を取り出す。中は見えないが、そこに見つけたものが入っているんだろう。


「これよ!」


 そこから出てきたものは、土で少し汚れた、サイコロ。

 僕と祐樹で、駅近くの空き地に埋めたもの……。


 バカめ! まんまとハマってくれた! それはフェイクだ!


 思わずそう叫んでしまいそうになるが、グッと堪え、頭の中で下田さんにぶつけた。


「……まぁ、これは偽物でしょうけどね。本物は、こっち」

「……は!?」


 ビニール袋には、どうもまだ何か入っている。下田さんは、その中に手を入れ、もったぶってそこで手を止めた。


「何だと思う? 何が出てくると思う、上社くん??」


 また、人を蔑む表情。

 まさか……やめてくれ……その中にあるのは……!


「上社くんが隠したのは、トランプ! 隠した場所は上社くんの家の近くにある公園!!」


 ……。

 なん……だって……?

 そんなはずはない……僕は充分に、充分するぎる程に準備をしていたんだ……なのに、バレるなんてこと……!


「どっちも峠川くんをメールで操って掘ってもらったのよ。サイコロを掘ったのは昨日の早朝、トランプを掘ったのはホントに今さっき……1時間くらい前ね」


 ……昨日の早朝……そうか、それであんな時間に祐樹からメールが……。祐樹が早起きなのではなく、下田さんにそうさせられたから……。


「あたしは一瞬騙されかけたわよ? 上社くんの用意した偽物にね。

でも昨日気付いたのよ、おかしな点に。秘密の隠し事をするときに、1人で行動しないのは変だ! ってね。

そう思ったとき、最初に駅の近くで見つけたサイコロは偽物だと気付いた。もし本当にサイコロを2人で埋めに行って、本物のほうを上社くん1人で隠しに行っていたら手の出しようがなかったけど、 私は一応、こうメールしておいた。


『今日の早朝に、峠側祐樹くんゎ、変えられた記憶が元に戻る。そして、上社信也くんと隠した本当の物を掘りに行く。掘り終えたら下田和乃のところへ、 掘ったものを持って来て、その掘った場所を告げる』


ってね」


 語る語る語る。

 TVでカメラが向けられたタレントか? いったいどれだけ僕をバカにすれば気が済むんだ……!?


「上社くん、聞いてる? こういう時は、自分の策を語るものなのよ?」


 確かに定番だが……聞いている方は、こんなにも惨めな気分になるものだったのか……。


「ま、悔しい気持ちは分かるんだけどねー。でもまだこれからが大事な所なんだから聞きなさいよ!

……そうしてメールを送って“参加者”権限を行使すると……まさか、これが当たりだとはね。それにしても、こういうことをしているってことは、上社くんは私が上社くんの周辺に探りを入れるって分かってたってことだよね。それだけでもすごいんじゃないかな? 私の方が上手だったみたいだけど!

上社くんは私に偽物をつかませて 捜査を撹乱するつもりだったんだろうけど、私は騙されなかった! 残念!」


 ……“参加者”権限を使って変えた記憶が戻ることを、やはり知っていたのか……。それにしても、僕が本来やっておくべきだったと後で気付いた策を語るとは……下田さんを舐めていた……。 しかし今思うと、なんて穴だらけの策だったんだ……。本当に、力に溺れすぎていたんだな、僕は……。


 僕の……僕の負けだ。


「さて、もう分かりきってるけど、一応金庫の中身の確認をしましょうか」


 下田さんは、笑みを隠しきれない様子……いや、もはや満面の笑みで、パスワードを入力するボタンを指差す。

もう抵抗は無意味……僕は設定したパスワードをゆっくりと押すしかない。次いで、下田さんも手早く押した。金庫が、開く。


「……なぁ、下田さん。ちなみに、下田さんは何を隠した?」

 気付けば、そんな言葉が口から出る。今さら何を言っているんだ、僕は。


「はい、これ。あたしが書いた紙」


 下田さんは、僕が金庫に入れた封筒の口を丁寧に剥がしながら、こちらを見ずにそう言った。僕は、言われるままに紙を取ることしか出来ない。

 下田さんから受け取った紙には、


 隠した場所:自分

 隠したもの:学生服のリボン


と、書かれていた。


 やはり、自分自身に……ここまで分かっていながら、僕は……。正攻法じゃないか……なんで僕もやらなかった……?


「自分自身を隠し場所にするなんて、いいアイディアでしょ? これなら、絶対誰にも見られる心配がない! ……勝った、ついに私は、上社くんに勝った……!」


 いいアイディアなんかじゃない! 僕だってそんなことは分かっていた! そう、僕だって……僕、だって……?

 ……思い……出し……た……。そうか、これは……これは……!


「勝ったと思うなら、早く僕の書いた紙を見てみてよ」


 封筒にのり付けしたこと……どうやら正解だったようだな。丁寧な仕事は大事ってことか。良い時間稼ぎになった。


「な、なんでそんな急に勝気になってるの? もうあなたは敗者に……あれ……? か、上社くん! 上社くんが隠した場所は公園で、隠した物はトランプよね!?」


 はは、そんなこともあったな……けど……!


「僕の勝ちだ下田さん! 宣言する! 下田さんの隠したものは生服のリボン! そして場所は下田さん自身!!」


 慌てふためく下田さんを尻目に、僕は高らかに宣言した。逆に、思い切り見下して。

 僕は封筒に入れた紙に、隠した場所は公園、物はトランプ……そんなことは書いていない。書いたのは、


 隠した場所:自分

 隠したもの:生徒手帳


こうだったんだ。


「ちょっと……待って……そんな、紙を見てから、見付けた、だなんて……。それに、なんで……? 本物はトランプでしょ……? フェイクなのはサイコロで……」


「勝敗が決まる前に紙を見てはいけないというルールはない。下田さんも言ってただろ? “参加者”権限を使って金庫を爆破するぞ、と。あれは、勝敗が決まる前に紙を見れば勝てる、と下田さんも理解していたから出た発言のはずだ」


 本人は冗談のように言っていたかもしれないがな。


「だから、僕は最初からこのときを狙っていたんだ。分かっていたんだよ、下田さんが自分自身を隠し場所に選び、常に見に付けているような物を選択することを

僕もそうしようと思ったけど、それだと決着が付かない。だから僕は策を考えた。下田さんに勝ったと思わせ、金庫を開けたときに、紙を見る、とね」


 下田さんは、人を見下すなんて表情はとうに消えて、ペタンと座り込んで子犬ようのな目をするだけだ。


「僕は、確かに最初、そのトランプを本命にするつもりだった。だけど、気付いた。それには穴があると。そしてそれに下田さんが気付くのではないかと危惧した。

だから僕は、ぎりぎりになって試したんだ、記憶を戻すことが可能かどうか。それをしたのは、金庫に紙を入れる直前だった。ついでに、何かを起点に また記憶を変えることができるかも試した。あとで、新しいルールが記載されたのも確認した」


 僕が金庫に紙を入れる前のタイミングで書いたメールは、下田さん近辺の友達を操るものだけではなかった。


『中津タクミは、この日初めて上社信也を見たとき、変えられていた犬の記憶を思い出すが、上社信也が席を立ったとき、また犬など飼っていなかったと思い込む』


 これによって、直前に記憶が戻るということが分かり、後に現れた


・“参加者”権限で変えた記憶自体は消えていないのだから、元の記憶に戻すことは可能


というルールを見て、 すでにあった確信をさらに強めた。


「そうよ……そうよそうよ! あの金庫に入れる直前、あたしはすでに紙を用意していた。万が一にも、書く所を見られて、最初から全てバレバレってことを防ぎたかったから……。

 でも上社くんは、直前に紙を書いた……なぜなら、あたしと会う前に、記憶の件を確かめていたから……!」

「そう、本当にギリギリだったんだ。でも今思えば、記憶は戻らないものだったとしても、自分を隠し場所にしたほうがより安全だったかもね」


 それでもフェイクは生き、策は通る。


「だ、だけど、待って! さっきの上社くんの捨て犬みたいな様子……とても演技には……」


 今まさに、捨てられた子犬の目をした下田さんが何を言う。もっとも、それこそ僕がしかけた最後のトラップなんだけどね。


「僕は、自慢じゃないが演技は得意じゃない。むしろ、かなり下手なほうだ。学園祭の演劇なんて絶対にやらない。

だから、試合開始日の0時00分、僕はこういうメールを送った。


『上社信也は目が覚めると、自分が下田和乃にしかけた策は、峠川祐樹の記憶操作によるもののみと思い込み、他の策を考えることなく、日々を過ごす。また、自分が隠したものはトランプであると思い込む。そして自分が下田和乃に負けたと思い込んだとき、 抵抗することなく金庫を開け、下田和乃が上社信也の入れた紙を見る前に、上社信也は“下田さんは何を隠した?”と問う。 そして、下田和乃の入れた紙の内容を見たとき、変えられた記憶が元に戻る』


とね。

僕の策は、相手に勝ったと確信させることが最重要だった。いかに金庫を開けさせ、自然な形で下田さんの紙を見るかが鍵だったからね。最後の最後でボロを出さないように、手をうっておいたってわけだ」


 実際、偽りの記憶の中、下田さんがサイコロを出した時に僕はボロを出してしまいそうだったしな……。


「……そん……な……ま、また私は、上社くんに負けたの……?」


 下田さんは、手にしたダイスとトランプを落とし、その場に崩れ落ちた。ケースから出てしまったトランプが、バラバラと散らばる。


「……この勝負、僕の勝ちだ」

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