第4話 隠し場所
下田さんと“メール・ゲーム”の内容を決めた後、家に帰り、夕食も早々に僕は自分の部屋にこもった。
“参加者”となるまでは今からは勉強の時間だったが、それをする気は毛頭ない。勉強した時間は適当に言えばいいし、授業中とったノートを今やったものだということにして見せれば、親はそれで納得するはずだ。成績の方も、普通にやってはこれまでより落ちるが、僕はもう、普通じゃない。
さて、どうするべきか。
恐らく下田さんの策は、自分の所有物をどこかに隠すというのは建前で、自分の家にあるものを場所も変えずに指定するか、自分自身で持つというものだろう。それが 最も見つかりにくい。僕もこれをやってもいいのだが、それではたぶん、互いにいつまでたっても証拠があがらず、見つけることは叶わないだろう。
何か策を考えなくては……。
「何か策を考えなくては、と考えてすぐに策が思いつけば苦労しないな……」
気付けば、もう23時を回っている。今日の“参加者”権限を発動出来る0時まで、もうあまり時間がない。
下田さんと決めたゲームの内容は、さきほどまで下田さんとのメールのやりとりをし、お互いミスのないように送信する準備をした。ここでわざと間違った内容を送ることもで出来るけど、それは意味がない。
何せ、2人が同じ日に、同じゲーム内容を送らねば意味がないんだから。
もし明日下田さんが、
『ゲームの内容を間違えてメールしちゃったから、今日送り直しましょう』
なんて言いだせば、自分は何か仕組んでます、と言っているようなもの。
そして、勝負が成立しなければ、『1週間以内に“メール・ゲーム”をしないといけない』というルールに抵触する。そうなれば、こんな未知の力が使える“参加者”の僕らが、どうなるか分かったもんじゃない。
「……それを僕がやらかしたらヤバいな……もう1度メールの確認をするか……」
携帯に目をやり、すでに打ってある文章を確認する。
『<ゲーム内容>
・相手が隠した物及び場所を当てるゲーム
・隠した物及び場所は紙に書いて、金庫に入れる
・どちらか、又は双方が相手の隠した物及び場所を見つけた時のみ金庫は開けられる
・相手の隠した物及び場所を特定して宣言する場合、頭に“宣言する”と付けてから発言する
・勝負開始は3日後
・勝負開始まで互いの詮索は厳禁 行った場合は強制的に敗者とする』
「うん、間違っていないな」
さて、後はルールに抵触しない範囲でやれることを考えないといけない。下田さんへの探りが出来ないなら、僕が隠す場所に何かトラップを……。
「こういう時は、基本から、だな」
いつだって応用問題は、基本問題が解けなければ、解決の糸口だって見つからない。このゲームで言えば、“参加者”に与えられているルールだ。そういう意味では、僕より“参加者”としての経験が長い下田さんは、より多くのルールが刻まれているってこと……でも、それは仕方がないこと。僕はそれを乗り越えないといけない。
「このルール、いつも気になっていたけど……」
・メールの内容は具体性、現実性、自然性を帯びていなければならない
今の所、僕が送ったメールで実現しなかったのは、下田さんに対しての内容のみ。あれは、下田さんが“参加者”だったから仕方ない。
ということはこのルールの意味は、“奇跡のようなことは起こらない”というわけではなく、“どんなことでも筋道を立ててメールを書かなければならない”ということなのだろう。トラック横転が実際に起こったことからもその結論に至ることができる。
逆に言えば、いかに起こり難いことでも、その原因、過程を明記さえすれば、“参加者”権限で起こすことが 可能というわけだ。
「あ、ルールといえば……」
少し前に、追加されていたものがあった……。
・記憶を操作することは可能で、存在する記憶に上書きされる形で新たな記憶を植えつける
これはたぶん、タクミの犬に関する記憶を変えたことで発見したとみなされたのだろう。
これに関してはさきほどのルールと矛盾している……全くもって自然であるとは思えないが、それゆえにこのようなルールが明示されているのだろう。
にしても、記憶を操作……か。これを使えないだろうか……。
◆
0時01分。今日送るべきメールは、もう送り終えた。“メール・ゲーム”のルールを記載したもの……そして、さっきの、追加されたルールを利用したこのメール。
『峠川祐樹は、上社信也に誘われ、可能な限り人目に付かないようにして、上社信也と共に、上社信也の自宅近くの公園で穴を掘る。そしてその穴にトランプを入れ、穴を埋める。
しかし峠川祐樹は、上社信也に誘われ、駅近くの空き地で穴を掘り、その穴にダイスを入れ、穴を埋めたと錯覚する。なお、峠川祐樹はそのことを自分から話題にすることはないが、もし他人に聞かれた場合は偽りの記憶を話す。また、それを行った場合は伝えた相手の名前を上社信也にメールする』
こうしておいて、僕の家の近くの公園に本命のトランプを埋めておき、フェイクであるダイスも実際に駅近くの空き地に埋めておく。どちらも自分の部屋で目に付く位置にあったもの、というだけの理由。勉強の合間に息抜きとして使っていたものだが、もう必要ない。
本当ならば本命は自分の身の回りに置いておきたかったのだが、単に祐樹の記憶を変えただけとすると、その日本当に祐樹が行ったことと何かしら矛盾が出るかもしれない。矛盾が出れば、いつも気にしているあの自然性に関するルールに反してしまうのではないかと思い、 実際にも穴を掘るとするしかなかった。
たぶん下田さんは攻めの手として、僕のまわりにいる人を操り、僕が何かおかしな行動を取っていないか、それを見たものは自分に報告するように仕向けてくるだろう。
つまりこうしておくことで、祐樹が下田さんに報告を入れたとき、下田さんは偽の情報を掴まされるというわけだ。そしてそのとき……。
一応、例のURLにアクセスして、さきほどのメールが記載されたことを確認する。そこには送信した、祐樹を操る内容のメールはもちろん、新たなルールも追加されていた。
・“参加者”に対しては、例外を除きメールの内容の効力を得られない
・その例外は、自分自身のみである
案の定、といったところか。
確かに“参加者”たる下田さんにメールの効力を得られなかったけど、僕自身に対してはそれが得られたからね。
さて……大事なのは明日だ。
◆
火曜日。
学校が終わって1度家に帰った僕は、暗くなってから祐樹に電話をした。勿論物を隠しに行くためだ。メールですでに書いたことだから、祐樹はなんら嫌がる様子もなくそれに応じた。
ここで最も危惧すべきは、他人に僕達を目撃されることだ。そもそも、夜になって外に出るというのは、僕にとってかなりの難関だ。親という壁があるからだ。
昨日のメールの内容で書いたのは、あくまで『可能な限り人目につかない』だ。100%人の目に触れないような記述をしては、自然性に反すると思い出来なかった。
祐樹に関してはメールの記述もあるし、彼は一人暮らしだ、問題ないだろう。だからこそタクミではなく祐樹を選んだ。
だが、親という壁さえ抜けてしまえば、ほとんど目撃される可能性はないと言っていい。僕の家のまわりは田んぼと公園しかなく、一番近い家でも僕の家から辛うじて見える、 という距離だ。そのために公園を選んだのだ。
「……やっぱり、ここしかないかな……」
僕はベランダに立った。僕の部屋は2階だが、ベランダのすぐ下には塀があり、その気になればそこを足場に外に出ることが可能だ。勉強が嫌で、小学校の頃はよくそこから逃げ出したものだが、その時の経験がこんな所で役に立つとは。
僕は、トランプとダイスを持ち、塀へと足を運んだ。
◆
あれから1時間と少し。僕は部屋へと戻ってきていた。
小学校の頃は、外に出たはいいが、戻ることができなくて親に結局バレていたのだが、身長の伸びた今では塀に登り、そこからベランダへ上がって、部屋に戻ることが出来た。
予定通り、トランプを隠すのは誰にも見られずに出来たはずだ。
1人で行ったダイスのほうは、少し奥まったところにある空き地だったので、たぶん僕が穴を掘っているのを見た人はいないだろうが、駅の近くという立地上なんともいえない。しかし、別に誰かに見られたところでさほど問題はない。あるとすれば、不審者と間違われたかもしれない、 ということだけだ。
「……」
しかし、何かひっかかりを感じる。
誰かに見つかった可能性がある? いや、そうじゃない。
祐樹に対する記憶操作はもう行われているはずだ。
今祐樹に、さっき僕と何をしていたかと問えば、
『駅近くの空き地で穴を掘ったけど?』
と答えるだろう。だがこの記憶操作 ……。
「”記憶を操作することは可能で、存在する記憶に上書きされる形で新たな記憶を植えつける”……」
ルールを反芻する。上書き……ルールにはあくまでそうとしか書かれていない。記憶が消えるとは書かれていないのだ。もしかしたら、記憶を戻すということが可能なのでは……?
……今思えば、祐樹の記憶を変えずに、この策を取ることも可能だった。
本命は自分1人で隠して、フェイクの方を祐樹と共に隠しに行く。ただそれだけでよかったんだ。これなら、記憶が戻るなどと危惧する必要もなかった。
“参加者”権限を使うことに固執してしまったのか……? こういうのを、力に溺れたというのだろうか……。
いや、しかし。
下田さんが空き地のダイスの方をフェイクだと気付かなければいいだけの話……大丈夫だと思うが……。
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