第2話 メール

 それは、2週間程前のことだった。


「なんだ? このメール」


 高校2年になって数ヶ月、ようやく買ってもらった携帯電話。

 初めて受けたメールは、差出人欄がなぜか空欄で、本文は乱数的なURLが書かれているだけ、というものだった。

勉学にうるさい親の方針で、パソコンや携帯電話といった情報機器にはこれまで無縁の僕だったが、迷惑メールというものの存在くらいは、うっすらと知っていた。


「……」


 しかしなんだろう、恐いもの見たさというか、これまで触れたことのないものに関わってみたいというか、とにかく好奇心がそのURLにアクセスしてみろと訴えかける。それとも、初メールというものに一種の神聖さを感じたのだろうか。


 僕は、そのURLの上に指を持っていき、押した。



 それからたった1週間で、僕の生活は変わっていた。


「おい信也、スクラッチで10万当てたってマジかよ!」


 クラスメイトである峠川祐樹とうげがわ ゆうきが、僕が学校に着くや否や、ただでさえ騒がしい朝の教室を、三倍はうるさくしたのではないかという勢いで飛び掛ってきた。付けすぎのワックスの臭いが漂う。


「……話したのか、タクミ」


 僕はそんな祐樹を軽くあしらい、祐樹と一緒に学校に来ていたらしい、中津なかつタクミにそう話す。


「ご、ごめん、10万当てただなんて、つい誰かに言いたくなっちゃって……」


 僕は前日の日曜日、タクミと共にスクラッチクジを買いに行っていた。ゆえにタクミは10万円のことを知っているのだが、連れていくと鬱陶しそうだった祐樹は一緒に行っていなかった。それで、さきほどタクミから聞いたようだ。10万円を当てたとき現場に祐樹がいたとしたら、近辺の人全員に聞こえるほどの声で何か叫んでいたに違いない。


 それほどに僕は祐樹のことを知っているし、またタクミの性格もだいたい把握しているつもりだ。僕達は小学校のときから、何をするのも3人一緒だった。


 もし、今までの僕だったとしたら、スクラッチを買いに行く時、必ず祐樹も一緒に連れて行っただろう。これまでずっと3人一緒だったんだ、誘わないはずがない。でも僕は、昨日だけは連れて行かなかった。だって連れて行けば、あのうるささが目に見えてる。


 僕は、スクラッチで大金を獲得すると、確信していたんだ。



 あのURLにアクセスして現れたのは、何も書かれていない、ただの白いページだった。


 僕はそれを見て、沸いた好奇心は一気に冷めてしまった。これになんの意味があるのか、そのときは全く分からなかったんだ。


 だけど、四時間後。


またメールが1通、メールが届いたことで、状況は一変した。

 僕はそのとき、大学受験に向けての勉強をしていた。勉強をするとき僕は、必ず開始時間と終了時間を明記しておく。その日勉強した時間を親に報告しなければならないからだ。そんな週間のせいで、僕はただの何もないページを見てからの時間が、携帯に触る前から分かっていた。


携帯電話を開き、メールを受信した時間を見て、改めてそれを確認した。


 「“メール・ゲーム”へようこそ……?」

 

今回のメールには、差出人欄にそう書かれていた。

 そのメールには、メールアドレスと思われる乱数の文字の羅列と、今度はそれ以外にも何か文章があった。画面をスクロールしないと全ては確認できない程、文字ばかりだ。


==メール・ゲーム参加者に関するルール==

・このメールアドレスに0時00分から0時04分の間にメールを送信すると、そこに記載された内容がその日に起こる

・送信したメールの内容は、URLの先にあるページに日記形式に記載されていく

・このメールを受信した本人を“メール・ゲーム参加者”と名づける。以降、これを“参加者”と表記する



「また“メール・ゲーム”の文字……それに“参加者”……? 僕はいったい、何に参加しているんだ……?」


 そ、それに、メールで送信した内容がその日起こる? 何を言っているんだ、このメールは……。

 ……メールはまだ続く……とりあえず先を……。



・上記の時間以外にメールを送信したとしても何も起きないし、その上で“参加者”としての権限を剥奪される

・上記の時間内であっても、2度以上メールを送信した場合、同様に権限を剥奪される

・メールの内容は具体性、現実性、自然性を帯びていなければならない

・特定の誰かがその日行動することを書く場合、その人物の本名が必要である

・ルールは上記以外のものも存在するが、あとは自身で見つけていく必要がある

・このルールは、初めてメールを送った時点でその内容と同時にURL先のページに記載され、新たに発見したルールは次のメールを送信した時点で記載される


「……はぁ」


 溜息が漏れた。それ以外、僕は何かするべきことはあるか?


 わけが分からない。やはり、迷惑メールはその名のとおり迷惑なものみたいだ……。もう妙な好奇心など出すのはやめよう。

見れば見るほどバカらしいその文章達を前に、ただただそのような考えが浮かぶ。


「……はぁ」


 また溜息が漏れてしまった。今度は、自分に対してのものだ。

 なぜかそれらから目が離せず、何度も文章を読み返してしまっているから。


勉強机がカタカタと揺れる。なんだ? ……僕の貧乏揺すりか、何をしいるんだまったく……。


「記載された内容がその日に起こる……」


 何? 僕はなぜ、メールの文章を反芻しているんだ?


 ……魔力とでも言うのか? 確かにその文章はとてつもなくバカげている。でも、それが不思議と、あたかも自然であるかのような錯覚を覚えてしまっていた。最初のメールのとき感じた神聖さも、これだったのかもしれない。


「1回くらい試してみても……」


 ふと、そんなことばが漏れてしまった。


 このメールがイタズラのようなものだということは分かっている。何度だってそう、頭で繰り返している。けど、もしかしたら、という感情が生まれてきて、どんどんと僕を支配していく。


 ふと時計を見る。23時55分。指定されている時間まで、あとわずかだ。携帯電話に慣れるまで、文章を打つのに時間がかかるのは分かっている。


「適当なことでいい……」


 心臓がドクドクと鼓動しているのを、如実に感じた。



0時03分。メール送信完了画面が携帯電話に映し出されていた。


 とりあえず、最初のメールに書かかれていたURLに、もう一度アクセスしてみると、そこには確かに、2つ目のメールに書かれていたルールが記載されていた。そしてその下には、始まったばかりの今日の日付。そのさらに下に、さきほど僕が送ったメールの内容が記載されていた。


『いつも髪に寝癖が残る峠川祐樹は、この日を境に、ワックスで髪を整えるようになった』


なるほど、確かにルールに書かれたひとつは本当のようだ。後は、果たして本当にそれが実現したか、学校に行って確認してみなくては。



「携帯、携帯!」


 学校から帰るや否や、騒がしいわよという母の言葉を無視して、僕は自室に飛び込んだ。


「ブックマークしておけばよかった……!」


 昨日のメールから再度あのURLにアクセスして、改めて“メール・ゲーム参加者に関するルール”を何度も、何度も何度も読み返した。

うちの高校は携帯電話持ち込み禁止だったが、今まで携帯電話を持っていなかった僕にとっては無縁のものだった。しかし、こんなにも携帯電話がないのがもどかしいものだったとは……。


 祐樹は、本当にワックスで髪を整えて、学校にやってきた。一瞬目を疑ったが、当の本人は、イメチェンと冗談ぽく言って、モデルのようにポーズをとるだけだった。


 でも、これだけではあのメールが本当だったと確信が持てない。これくらいなら、単なる偶然で済ませられる。

 ゆえに僕は、しばらく様子見と称し、数日続けてメールを送ることにしたんだ。


 あるときは、


『愛犬を失ったことをこれまで悲しんでいた中津タクミは、その家族である、中津タツヤ、中津瞳も含め、そもそも犬など飼っていなかったと思い込み、そのまま日々を過ごす』


という内容を送り、タクミの態度が変わるか見ていた。

 またあるときは、


『英単語の小テストで、上社信也が前日に勉強した単語のみが出題される』


と、僕自身に関わる内容も送ってみた。


 するとどうだろう、それらのメールを送信し、寝て起きたその日には、本当にメールに書いたことが起こってしまうんだ。


 タクミが愛犬を溺愛していたこと、それが死んでしまってとても悲しんでいることも、僕はよく知っていた。しかし、メールを送信した日を境に、犬のことなどタクミは口にしなくなった。こちらから質問してみても、


「誰かと間違ってるんじゃない?」


という答えが返ってくるだけで、ついにおかしくなったのか? と、祐樹からも心配される始末だ。


 英単語の小テストは普段、10問出される。これが変わったことは1度だって無い。しかし僕はその前日、あえて5問分しか勉強しなかった。するとどうだろう、小テストは全5問となり、全て僕が勉強した単語しか出題されなかった。


 この2つだけでも信じるに足るものだったかもしれない。しかし、僕はまだ完全に信じることができなかった。


 だから僕は、最後のテストとして、


『上社信也は登校中、大雨のためブレーキ操作を誤った大型トラックが横転するのを目撃する。しかし、他に人や車が無かったため、また 運転手はエアバッグにより、ケガ人を出すことなく終結する』


という、無茶なメールを送った。


 結果……本当に起こってしまった。


僕は確信した。

大型トラックが横転するなんて、今まで見たことがないし、ましてケガ人がいないなど 奇跡だ。

 これは……このメール・ゲームとやらは、本物だ。

 そして僕は、自分は“参加者”だと自覚して、このメールを使っていったんだ。


 このメールがあれば……全てのことから解放される……僕は、無敵だ!

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