エンディング
八雲は誰かに名前を呼ばれた気がして振り返った。しかし、こちらを見ている人は誰もいなかった。
昼休みを迎えたばかりの学校の廊下は混み合っていて、生徒たちの声が雑然と耳に入ってくる。たまたま似たような単語を聞き間違えたのだろう。
そもそも、自分を呼び止めるような人間は担任の先生ぐらいだ。そういう友達がいないからこうして、安住の地を求めて教室の外に出ているのだ。
クロウ・クルワッハとの戦いの翌日、八雲は風邪ひいて寝込んでしまった。怒涛の二日間の疲れが出たのだろう。幸か不幸か土日をベッドの上で過ごすことで熱は下がり、こうして月曜日には登校できるまでに回復した。二日間をほとんど寝て過ごしたため、あの大冒険が全て夢だったかのように思え始めていた。
そんな八雲に現実を突きつけたのが、校庭に張られたロープとその内側の抉れた地面だった。HRでも担任の先生から警察の調べが入ったと説明があった。爆発物などが使われた形跡が無いことから、ただの悪戯だろうとのことだった。もちろん、当夜に三人組を見たなんて話もなかった。八雲も如月さんも葛西さんも平然とした顔をしながらHRを聞き流し、いつもの様に授業を受けていた。
そう、いつもどおりの学校生活が戻ってきた。校庭の穴は今日の午後にも、業者の手で埋められるという。穴がなくなれば、学校は全て元通りだ。邪神龍が校舎を襲うなんてことはもうないし、あの拡張幻想世界に行って危険なクエストに挑む必要もない。
その安心は胸の空虚な感覚とトレードオフだった。でも、その渇きもいずれ日常の中で消えていくはずだ。
八雲は足は自然と校舎裏の忘れられた庭園へと向かった。
荒れた雑草だけの花壇に枯れた噴水、苔むした煉瓦と薄汚れた石造りのベンチ。ここは誰もいないのが普通だった。
その普通に合わせようと、八雲は昼食をとりながらゲームをするためにエクスフォンをポケットから取り出した。
来ていた通知を何気なくタップすると、それは裏アプリのものだった。慌ててそれを閉じようとした八雲の手が止まる。
『直前に遊んだ友達』からのフレンド申請だった。迷った八雲は深呼吸をし、噎せた。ゲホゲホしているうちに『誤って』指先がボタンに触れフレンドを承認してしまった。
頭のなかが真っ白になっている八雲に追い打ちをかけるように、即座にメッセージが飛んできた。心臓がバクバクと早鐘を打つ。承認した以上はメッセージを読まなければいけないのだろうけれど、指が震えてしまっていた。
そうやって八雲が躊躇っているうちに、校舎へと続く道から話し声が聞こえてきた。
「芹佳ちゃんがぼやぼやしてるから、大神くん行っちゃったんだよ!」
「えー、しょうがないじゃん。ノートとるの遅いんだから……」
「言い訳しない! 紹介しくれるって約束したよね? なし崩し的に一緒にご飯食べたけど、わたしはまだちゃんとお礼を言ってないんだから」
とりあえずすぐにメッセージを読む必要はなさそうだ。二人分の足音がすぐ近くまでやってくる。
「あ、いたいた! やっぱりあたしが教えたこの秘密の場所を使ってる」
「もともとはわたしが教えたんだけど」
八雲は声のする方に視線を向けた。うらびれた庭園がいきなりスポットライトを浴びて華やいだような気がした。
「ま、どっちでもいいじゃん。そんなことより、一緒にご飯食べよ、大神くん」
その日、大神八雲は高校に入学して初めて、友達とお昼ごはんを一緒に食べた。
拡張幻想世界のパンプキンナイト 高橋右手 @takahashi_left
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