第7話 父の話 こうじ君
それから数か月後。祖母の七回忌のために、実家に帰った。
父は、退院していた。というか、退院させられていた。
なんでも、また病室でこっそりタバコを吸って、追い出されたらしい。
もういい加減にしろという感じだ。
母曰く、「復職できると思っとったらしくて、できんならもうちょっと入院したろってことらしい」……らしい。
入院したての頃は、ろくに歩けないし記憶力や理解力もないしで大変だったのだが、今の父は、いたって普通の人である。
しかし、軽度だが障害が残った。その名も、高次脳機能障害。
「どんな症状なん?」
「物の名前が覚えられんとか」
「元からやん」
「子供とリモコン取り合って喧嘩するとか」
「いや元からやん」
そう、ほとんどの症状が入院する前からあるのだ。
例えば、物の名前が覚えられないこと。
父は昔から物の名前が覚えられない。例えば、この世に存在するすべての犬のことを「ラッシー」と呼ぶ。
我が家ではタロという名前の犬を飼っているのだが、父は「ラッシー」と呼ぶ。また、叔母の家では、ルッシェルという名前の犬を飼っているのだが、父はやはり「ラッシー」と呼ぶ。
他にも、トイレのことをペンギンと呼んだり、(男性用小便器がペンギンの形に似ているから?)古本屋のことを廃品回収と呼んだり。
もしかしたら私の名前も覚えていないかもしれない。
なんでも、父は若いころにバイクで大事故を起こし、記憶喪失になったことがあるらしい。母は、「もしかしたらその時にはすでに高次脳機能障害だったのかもしれない」と言う。私もそんな気がする。
ただ、脳に酸素がまわりにくくなったらしく、あまり出歩けなくなってしまった。それを除けば、いつも通りの父である。むしろ、禁酒してアルコールが抜けた分温厚になっていて、それはそれでいいのかもしれない。
「こうじ君だからねー」
と母は言う。高次脳機能障害、通称こうじ君。
こうじ君なので、色々とやらかしてしまうのは仕方ないのだ。
例えば、父はいまだに隠れてタバコを吸っている、らしい。
全て処分したはずだし、財布も没収されているはずなのに、どこからか小銭を集めてタバコを購入している。
我が家は、なぜかいたるところに小銭が落ちている。そして、最近父はずっと掃除をしている。掃除をすると小銭がたまる。(RPGかな?)
小銭を集めるために掃除をしているのかもしれない。
バレたらそれはそれは怒られるので、最近は吸っていないみたいだが、もしかしたら今日も隠れて吸っているのかもしれない。
しかしこうじ君なので仕方ない。
私「オトンがタバコ吸って倒れたら、迷惑するのはオカンなんやけん」
母「ころっと死んでくれたらいいけど、半分生きてたら世話せないかんやん」
父「さあ殺せ!」
私「ほうよ。ころっと死んでくれたらいいけど、生きとったらみんな看病せないかんけん大変やん」
父「さあ殺せ!」
母「殺さんわ!」
しかしこうじ君なので仕方ない。
父「タバコちょうだい」
母「もう全部処分したからね」
私「タバコ買うけん一銭も持たせたらあかんね……」
父「千円ちょうだい」
私「寝んかい!」
父「家族に捨てられた父は、ただ戦場を立ち去るのみ……」
私「やかましい!」
しかしこうじ君なので仕方ない。
父「あいつはほんまに馬鹿やのう。ほんまに馬鹿や」
私「あんま馬鹿馬鹿言わんの。自己紹介かと思われるで」
母「自己紹介(大爆笑)」
父「……。」
しかしこうじ君なので仕方ない。
私「あっ! ハチや!」
父「ナナ! ナナ!」
私「もうツッコまんぞ私は!」
しかしこうじ君なので仕方ない。
「こうじ君だからね」という言葉は、我が家では魔法の合言葉なのだ。
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