みんなでお出かけ 作戦科・通信科 編

~作~


 救世軍の新体制開始からしばらく経った頃――改革による騒動が一先ず落ち着いた時分だった。実動部隊の救世主たちには、今後のクラウド・クラウズとの戦いにおける連携をより強化すべく、支援部隊の救世主たちの活動を見学する機会が与えられた。救世軍内での、連隊単位での親睦を深める機会は今回が初となる。

 過去に剣術学を専攻した救世主が研究科の施設を見学した件が成功例となり、これに倣って他の救世主たちも身内の活動を知ることで、連帯感を高めるのが目的であった。

 分隊ごとで四組に分かれ、それぞれが支援部隊の施設へ赴くという構図だ。これを中隊ごとで行い、およそ一週間程度をかけてのプロジェクトとなる。

 グレイとクロムはウルプス内にある作戦科・通信科の施設を見学することになった――作戦科と通信科は、相互の役割が救世主の活動に密接に関わるため、同じ施設内にあるのだ。


「諸君、よく来てくれた。ここが救世軍の司令塔、支援部隊作戦科と通信科の本部だ」


 実動部隊の救世主たちを前に、ウィルが言った。各小隊の指揮隊長は任務時、救世主に作戦行動と状況を随時通達するため、この施設へ赴くことになる。誰よりも救世主の実態を理解している各隊長が、今回の案内役ということだった。


「早速だが、まずは作戦科の救世主たちの活動を見学してもらう。着いてきてくれ」


 言うと、ウィルは背後の扉を開け、長い廊下を歩き出した。グレイら実動部隊の救世主たちも、彼に続いた。高級そうなカーペットの敷かれた通路を数分進むと、やがて突き当たりに差し掛かり、ウィルは正面の観音開きの扉を開け放した。

 救世主たちの目に最初に飛び込んだのは、部屋の中央の巨大な円卓だった。円卓を囲うように十数名の人物たちが座り、その頭上では絢爛豪華なシャンデリアが煌めいていた。

 扉が開かれ、マントを纏った七人はウィルを認めると、おもむろに立ち上がった。


「ここは作戦会議室。作戦科の救世主やその道のプロフェッショナルが、諸君の任務を円滑に遂行するための策を打ち出す部屋だ。クラウズ及びクラウドの出現が確認された際は即座に召集が掛けられ、戦場の地形や彼我ひがの勢力を鑑みた最適な作戦を導き出す」


 ウィルが七人を指すと、各々が腰を屈めた。顔を上げると、部屋の最奥の席に位置する一人が『皆さん、こんにちは』と微笑んだ。


「俺はポレミカ。この作戦科のリーダーを務めている。皆さんの命を預かる身として、俺たちは全力で計略を練っている。今後、皆さんが納得のいかない一手、危険な賭けに出ることを命ずるかもしれない。だが、俺たちは常に最善を尽くす。その時は、どうか俺たちを信じてくれ。よろしく頼む」


 誠実そうな男性が再び頭を下げると、他の六人もそれを倣った。グレイら実動部隊の救世主も、彼らの熱意に応えた。


「俺はデュナミスだ。救世軍の戦力と敵方の戦力とを比較して、作戦完遂に無理が生じないかを監督する。諸君の盛衰をいつも把握しているぞ」


 身体つきのしっかりした中年男性が腕を組んで言った。


「私はエントゥスよ。こっちはエクトゥス。私は姉妹で野外任務の作戦案を主に提示するわ。人里離れた大自然を生身で生き抜くのは困難よ。私の『内側』の知識と、妹の『外側』の知識であなたたちの生存確率を可能な限り上げるわ」

「はい! 具体的に言うなら、洞窟や山林などの閉鎖的空間には姉が、平野や砂漠などの開放的空間には私が対処いたします! 今後ともよろしくお願いします!」


 大人の色香が漂う女性と、彼女より僅かに幼げが見受けられる美女が一礼した。


「初めまして、実動部隊の皆さん。ポリスです。大都市での市街戦の際は僕にお任せください。必ずお役に立ってみせますっ!」


 二十代前後――もしかするとティーンかもしれない――若さの溢れる青年が名乗った。


「ポリス? 何? お宅ひょっとして元警官?」


 人相の悪い実動部隊の救世主が言った。


「英語、ですか……久しく聞いていませんでしたね……」


 ポリスは遠くを見るような眼で呟いた。グレイはクロムがにやけながら自分を横目に見ているのに気づくと、『なんだよ』と不貞腐れてそっぽを向いた。

 グレイGRAY、である。


「はい! 私はコーメー! 元警察官です! もう公務に携わる身の上ではありませんが、この情熱は皆さんの安全と平和を守るため活用させていただきます! ポリスさんとは別に、小規模な町村での戦闘に関する知識を有しています!」


 活気の凄まじそうな女性が手を高々と挙げ、声を張り上げた。


「コウメ? 一気にスピード退治?」

「何言ってんだお前」


 誰かが言った。


「え~っと……私が最後、ですね。エリミアです。未開の地での戦闘の際に懸念されるあらゆる障害を考慮し、作戦立案の手助けをさせていただいています」


 眼鏡をかけた気の弱そうな女性が、顔を伏し気味にして言った。


「未開の地? この世界にはまだ開拓されていない土地があるのか?」

「いや、そういうことではないんだけれど――直に分かるよ」


 クロムの問いに、ポレミカが短く答えた。クロムは訝しげな表情をした。不本意そうではあるものの納得したようで、それ以上問い質すことはなかった。


「作戦科の救世主は、我々が到着する直前まで作戦会議を行っていた。本来ならこうしている時間も惜しいところだろう。今回は挨拶を済ませるのみに留めて、より密接な交流はまたの機会としよう」


 ウィルはグレイたちに言うと作戦科の面々に礼を述べ、『次は通信科だ』と部屋の扉を閉じて再び歩き始めた。


~通~


 またしばらく歩くと、やはり突き当たりに観音開きの扉があった。ウィルが開けると、先ほどの部屋の十倍以上もの広さはあるであろう大部屋が、救世主の眼前に広がった。そして、作戦会議室と決定的に違うもう一つの点が部屋の明度だった。通信科の所有する部屋は明かりが点々と点いているだけの仄暗い場所だった。


「ここが諸君の作戦行動を指示する通信室だ」


 ウィルは背後を振り返りながら言った。壁面には、縦と横に五つずつ、計二十五もの巨大な魔晶台が正方形を成して並んでいる。マントを纏った数名の救世主を中心に、十数名が魔晶台のスクリーンの正面に座り、更に机上の一般的なサイズの魔晶台を絶えず注視していた。


「この部屋では通信科の救世主とそのサポーターたちが、諸君のマントから得られる情報を元に現状を把握し、作戦科の出した作戦に則った最適な行動を指示してくれる。救世軍の任務遂行に欠かせない部署だ」


 物珍しい光景に、実動部隊の救世主たちは目を丸くし、恍惚とした吐息を漏らした。それはグレイも例外ではなく、クロムはそれまでの仏頂面から一変して、今や部屋の隅から隅を見渡すほど施設への興味を引かれたようだった。


「まず、プロトンとクトロンの双子を紹介しよう」


 ウィルが言うと、中央の座席に並ぶ七人の内、向かって右端の二人が椅子を回転させた。


「こんにちは。初めまして。僕はプロトンです。プトロンではありません。プロトンです。双子の兄です」

「こんにちは。初めまして。僕はクトロンです。クロトンではありません。クトロンです。双子の弟です」


 機械的な調子で名乗る二人に、グレイたちはやや面食らった。並んだ双子の顔が瓜二つであるのも一因である。


「二人はそれぞれ通信の送受信を統括している。通信科からの通信、諸君からの通信のどちらかに不具合が生じれば、二人の内一人が直ちに原因の究明と復旧に当たる」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 会釈して、再び椅子を回転させ元の態勢に戻る双子。一連の動作を全く同時にやってのけるその光景は、多少不気味であった。


「次はツートン、ベル夫婦だ」


 続いて振り返ったのは、左端に座る二十代半ばほどの男女だった。


「俺はツートン。通信のブースト担当だ。さっきの双子の片割れが送信した音声を、俺が更に手を加えて、より現場の救世主たち……君たちに伝わり易くするのさ。なあ、ハニー?」

「もうダーリンったら、ステキ。私はベルよ。ダーリンが通信を妨害するものを探知して、それを避けるよう調整するのが私の仕事よ。まさにダーリンのつがいに相応しいってわけね。魔法の中には通信魔法を妨害してしまう性質のものもあるわ。特に味方の魔法は打ち消さないように注意しながら、且つダーリンの通信を掻き消されないように道を空けなきゃいけないから、大変よ。だから、アンタたち。ダーリンの邪魔しちゃメよ。そしたら私、オシオキしちゃうからっ」

「はっはっは。まったく、いけないじゃじゃ馬だなあ、ハニー☆」

「やだあ、もー。あなたのせいよ、ダーリン♡」


 二人のやり取りに、ウィルや実動部隊の救世主たちはおろか、先ほどの双子ら通信科の救世主とサポーターたちも、不快感の極まったような表情をしていた。間近で魔晶台を見つめながら貧乏揺すりをする彼らの様から、この夫婦が普段いかに周囲の反感を買っているのかが露見されたようだった。

 グレイは隣を見ると、クロムが顔のあらゆる部位を歪ませて、何やら鋭い光を帯びた眼光でツートン・ベル夫婦を睨みつけていた。その拳も心なしか震えているように見える。


「クロム……」

「薄ら寒い」


 クロムは奥歯を噛み締めて呟いた。


「……次はベーコンだ」

「誰がベーコンだ! クソッタレ! ビーコンだよ、ビーコン! このとんま! てめえの全身の至るところの骨を溶かしてやろうか!」


 夫婦の隣の、ヘッドホンをしている腹の出た巨漢が、唾を吐き散らしながら振り向いた。ウィルにけたたましい罵声を浴びせる彼のデスクには、グレイたちの元の世界で言うところのスナック菓子やピッツァ、炭酸飲料水コーラなどが置かれ、完全に私物化されていた。

 骨を溶かすと言ったが、手元の炭酸飲料水をかけるつもりなのかもしれなかった。


「……ビーコンだ」

「チッ……んだよ、このおたんこなす。無駄に格好はいいシッコク漆黒ジャパニーズ和製ヨロイなんか着やがって、むさっ苦しいんだよ、人間加湿器かってんだ。なんなら帝国のマーチでも奏でてやろうか。俺の腹で」


 グレイは、ウィルのこめかみに血管が浮き出るのが兜越しでも分かった――間違えてしまった自分に非がある手前、反論できない状況を憎く思っていることは明らかだ――ウィルは拳をわなわな震わせながらも何とか自制心を働かせ、息を荒立たせることで平静を逃がさんと捕らえていた。

 そんな彼の奮闘を知らず、ビーコンは座席を回してデスクに向かい合うと、魔晶台ではなく机上の菓子類に手を伸ばした。バリボリ、と『通信室』の名を冠する場に不似合いな咀嚼音が聞こえた。


「隊長が加湿器ならお前は人間サウナだろ」


 密やかに毒づくクロムを、グレイは肘で小突いた。


「……彼は、マントから送られる情報を解析し、諸君の……をリアルタイムにチェックしてくれる」


 ウィルの細やかな反撃であった。


「次はエニグマだ」


 ウィルが続けて紹介するが、今度は誰も振り返らない。カタカタ、と何かを指先で叩く音だけが虚しく響くばかりであった。


「――ああ、彼は反応しませんよ。エニグマは仕事のこと以外はてんで無関心ですからね。軍曹もご存知でしょう?」


 すると中央に座する男性が振り返り、人の良さそうな笑みで応えた。彼の右隣では、これまでグレイたちを一瞥さえしていない男性が、魔晶台を鼻先が当たらんばかりの距離で見つめ、ブツブツ独り言を呟きながらひたすらに画面を操作していた。


「……そうだったな。エニグマは通信の暗号化を担当している――クラウドの能力は、生来奴らの魂に宿っているものと、クラウズであった時に殺害した人間の魂に宿っていたもの、最低でも二つあるからな――。通信の傍受が可能な個体が出てくるかも分からない。そこで通信科と諸君とのやり取りを特定が困難な状態にするのが、彼の役目だ。そして――」

「初めまして。僕はコルムバ。通信科の統括を責務としています。本日はお越しいただいて、本当にありがとうございます。一癖も二癖もある同僚ですけれど、みんないい奴です。これからもよろしくお願いします」


 中央の男性は立ち上がると、恭しく頭を下げた――はっきり言って一癖二癖どころではないとは、実動部隊の救世主ら誰もが思ったことである。


「……今回はこの部屋の設備の見学がメインとなる。許可なく勝手に物を触らないこと。それと通信科の人々の迷惑となる行為もするな。分かったな」


 グレイやクロム、他の救世主たちも口々に『了解』と答えた。


「では、これより自由行動とする。定時までは見学可能な範囲で、先ほどの言いつけを厳守するなら好きに見ていって構わない」


 ウィルが言うや否や、救世主たちは疎らに散開していった。


「通信科って言って、なんで声も聞きたくないような連中ばっかなんだ」


 クロムの小言を、グレイも今度は戒めることが出来なかった。自分たちの分隊の通信担当がウィルで良かったと、心底思っている自分がいるからだ。

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