第十五章
小説
『あの女を――殺すんだッ! 男の声が薄暗い部屋の中で響く。三人は驚く様子も見せず、ただその男の顔を黙って……』
ノートパソコンの画面に広げられたメモ帳に文字が打ち込まれていく。
『……かし、シャインは手を下げることなく、両手は光に包まれた。光が消えた時、そこには一冊の本が……』
十本ある指は一切の迷いを見せることなく、文字の書かれたキーを懸命に叩き続けていた。
『鐘の音と共に出てくる人、それに紛れて二人は外に出る。薄闇の庭、人々は迷うことなく城門に向かって歩いていた。』
エンターキーを押すと同時に、忙しく動いていた指は一斉に動きを止めた。
「……ふぅ……」
大きなため息を吐き、パソコンの前に座っていた男が両手を高く上げ、背を伸ばした。
視線を僅かに右に逸らし、マウス横に置いてある携帯に向けた。――画面は暗いままだ。
腰を支える座椅子の揺れに体を預けたまま、パソコンの画面に視線を戻し、映されていた数多の文字列を遠目で眺める。
画面右下に映る時計の数字が七時二十五分を示した時、男は一番最初の文字に向い、表示されている矢印を動かしてはマウスの左側を押した。
カチッと鳴る音を合図に、矢印をそのまま真下に向かい動かすと、打ち込まれていた文字の全てが一瞬にして青く染まった。
その状態から今度はマウスの右側を押す――クリックすると、画面上には様々な項目を示す文字の羅列が表れた。
男は矢印をコピーと書かれた項目に合せ、右クリックする。
画面右上にあるバツ印を押し、保存を選んだ後、文字の並べられたメモ帳を消した。
次に画面左端にある様々な模様――アイコンの中から黄色のマークを選び、小説投稿サイトを開いた。
広がり画面を埋めるサイトに書かれたログインの文字を押し、また別のページを開く。
画面に散らばる文字列の中からいくつかをクリックしていき、真っ白で何も書かれていない枠を出した。
カーソルを枠の中心に合わせ、マウスの右から左と順番に押し、現れた項目から貼り付けを選ぶ。
一瞬にして白枠の中に、先程打ち込んでいたメモ帳の文字が現れ、その場を埋め尽くした。
男は枠の下にある投稿を押し、再び辺りの文字列を押していく。
三回クリック音を出し、アクセスと書かれた文字が現れると今度はそれを押した。
画面には、今日、今週、今月と三つの文字が並び、その下にはそれぞれ零や十の数字が表示され、さらにその真下には青色の棒線が縦に向かい僅かにその体を伸ばしていた。
男の視線が今日の文字から数字、そして青の棒線に移る。
しばらくそれを見つめたまま、今度はマウス横にある携帯に視線を向けた。――画面は暗いままだ。
視線を戻し、画面右上にあるバツ印を押し、サイトを消した。
青の背景に浮かぶカーソルは素早く動き出し、迷うことなく並ぶアイコンの一つ、黒色の背景に三十一と白の数字が書かれたマークにむかい駆け込んだ。
カチッと音が鳴り、今年の日付を表すカレンダーが画面上に広がる。
男が視線を右下に動かし、日付を確認すると、画面に広がるカレンダーの中から二十四日の日曜日選び、そして右クリックした。
画面が切り替わり、数多の文字列が現れる。
男は携帯を見たあと席を立ち、その場を離れた。
一つ部屋に残された座椅子は同じ姿勢のまま、画面に表示された文字を見続けている。
――――――――――――――
五月二十四日 日曜日
○○市の○○町にあるサニーマートで働く桧山達也はバイクで事故を起こした。
単独での事故であり、直線道路での速度オーバーで道端のガードレールに衝突し、全身を強く打ち即死だった。
――――――――――――――
男が戻り、座椅子に腰を落とす。
画面に表示されている文字を見つめ、今度はその横にある日付をクリックした。
五月二十五日 月曜日と日付を記した文字列が現れるも、その下は何も書かれていない状態だった。
男は座椅子にもたれ、じっと画面を見続ける。
右下に表示されている時間が四十分に切り替わった時、男は体勢を戻し、キーボード打ち始めた。
――――――――――――――
五月二十五日 月曜日
○○市の○○町にあるサニーマートで働くと絵山達也はバイクでのつうきんちゅう
――――――――――――――
男が突然目を見開かせ、両肩を僅かに上げた。
その行動を誘発させた原因に自然と首が動く。
マウス横に置いてあった携帯が画面を光らせ、音を鳴らしていた。
映りだされる文字に男は携帯を手に取り、人差し指で画面を押した。
――――――――――――――
大ニュース!絵山君バイク事故起こしたんだって
ほんと?いつ?
二時間前ぐらい前だって。いま店にその電話が掛かってきて店長が一人騒いでる
どこで事故起こしたの?大丈夫?
私は聞いただけだから分からない。もう少し詳しく聞いてみようか?
お願い
――――――――――――――
次々と流れていく文字を指先一つ動かさず見ていた男は携帯の画面を消し、またマウス横に置いた。
座椅子の背に深く体を沈める。
何も飾ってない殺風景な部屋の隅をしばらく眺め、体を戻すとパソコンの画面に目を戻した。
マウスを手にし、打ち込んでいた文字の全てを消した後、そのカレンダーを画面から落とした。
男はふと息を吐き、マウスを手放しては再び座椅子に体を沈め、頭を下げた。
しばらくし、顔を上げた男はマウスを手にし、動画サイトを開ける。
画面上に広がる数多の映像の中に矢印が一つ浮かぶ。
どこか止まるわけもなく、ただふわふわと彷徨っていた。
Luxlunae 夏日和 @asagisiki
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