第十三章

閑話

 ドアを開け、篠宮が入ってきた。

 ふと、右から聞こえる水の音に無意識に顔が反応する。

 振り向くとそこには、制服姿のまま台所に立つ葉月の姿があった。

 一人鼻歌を交えながらテキパキと両手を動かし、料理の下ごしらえをしていた。

 篠宮はそのまま声も掛けず靴を脱ぎ、台所と居間を隔てる襖を開けた。

――白の机に黒のテレビ。視界に飛び込んできたのは、誰もいない殺風景な日常の景色だけだった。

 ありのままなその姿をしばらく見続けた後、篠宮は振り返り、葉月に問いかけた。

「麻祁の姿が見えないんだけど、どこいったの?」

 その言葉に篠宮は、振り返る事も両手を止める事もなく答えた。

「用事で席を外すとおっしゃってました。いつお戻りになるかはわかりません」

「……あ、そう」

 どこかあっさりとした物言いでそう小さく呟いた後、篠宮はテレビから少し斜め――台所を背にしたその場所に腰を下ろし、机にあるリモコンを拾ってはテレビを点けた。

 聞こえる男性の姿を見つめ……選局を押し、……再び選局を押す。

 後ろでは蛇口から吹き出る水飛沫とまな板の叩く音が通路を抜け、その動きを室内にまで響かせていた。

 篠宮は退屈そうにリモコンを置いた後、机に肘を立てると、その上に自身の頬を乗せた。

 十分……ニ十分……三じゅ……。

「あーあーー!」

 気怠そうに声を上げ、両手を伸ばし、そのまま背を床につける。

 一面白の天井を前に篠宮が顔を逸らす。

 左――押し入れの襖、右――緑の大型ザック。

 ベッドにもたれさせるように立てられたそれを、篠宮は上から下へと舐めるように見回した後、右手を伸ばし引き寄せた。

 ザックがバランスを崩しうつ伏せに倒れる。

 篠宮はザックの横腹を握りしめ、今度は仰向けにさせると、その口を大きく開けた。

 上から射す光を頼りに、薄闇に目を通し始める。

 体を横向きに変え、左手を伸ばし、中から黄色のファイルを取り出すと、それをザックの上に置いた。

 左手で器用にファイルを開け、中に挟まる書類に目を通していく。

 すっと篠宮が体を起こし、ファイルを机に置くと、それを広げ読み始めた。

 ずらりと並ぶ文字の列。その一番上には目立つような大きさである言葉が書かれていた。

『〇〇年〇月〇日の天渡三枝市における猟奇殺人事件について』

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