五節:目

 四人の視線が、ただ一点に集まる。

 割られた窓からは雨音の笑う声がヒシヒシと耳に届いていた。

 篠宮が明かりを一人だけ動かす。上から下、そして黒く塗れる絨毯へと映し、右奥で横になる椅子へと向けた。

 掛ける言葉もなく、ただその椅子に視線を送った後、再び光を重ねた。

「あーあ、見事にやってくれたわね」

 窓から入り込む雨粒に当たらぬよう、側面から移動し、外を覗き込んだ。

 胸元辺りにある下枠から光を出し、確認をする。――そこに新たな情報など何もなかった。

 ただ粒のカーテンが光を遮り、ただ自身の存在だけを見せつけてくるだけだった。

 篠宮は明かりを下へと動かし、今度は地面に向けた。

 目に入ってきたのは、土壌に散らばる幾つかの木片とガラスの破片。それ以外に跡のようなものはない。

「いないわね……」

「あれから数十分は経ってますからね。いませんよ」

「……その人、中倉さんだっけ。その人に連絡はできないの? 携帯とか」

 篠宮の言葉に、山峰は一声を上げ、そして答えた。

「あっ……で、できますけど……」

 葉月から照らされる明かりを頼りに、山峰はポケットから携帯を取り出し、そして耳元へと当てた。

 三人が山峰を取り囲み、その様子を見守る。

 数十秒経ち、そして、

「……でません」

携帯を離した。

「明かりとかは持って出たの?」

 篠宮の問いに山峰は視線を落とした。

「い、いえ……手には何も……リュックは一応背負ってましたが……」

「そう……まあ、無事ならいいんだけどね」  山峰から一つの明かりが動き、何処と無く足元にある絨毯の上でそれは止まった。

 三人の視線が薄闇に浮かぶ篠宮の足元から光を伝い、顔へと移る。

「それじゃ一応出るところも見つけれたし、とりあえず他探索してみましょうか」

「他って……出ないのか? ここから……」

 龍麻の問いに篠宮はすぐに答えた。

「出ない。雨降ってるし。それに気になる所もまだあるしね」

 明かりが天井を射すと、そこに二人の視線が集まった。

「上、まだ見てないのよね。階段なら見つけたけど。葉月の方は調べたかしら?」

 篠宮を見続けていた葉月は否定した。

「いえ」

「なら行ってみましょ。皆で行けば怖くないわよ」

 一人先行く篠宮の背に、葉月は黙ったまま続き、龍麻はふとため息を付いた後、山峰と共に歩いた。

 廊下を抜け、部屋を抜け、また部屋を抜け、廊下を抜ける。

 道を作る光の一つが、ふと右へと動いた。

 前を歩く篠宮が足を止め、それに合わせ三人もその場で立ち止まる。

 一つの明かりと三つの視線が向けられたそこには、二階へと続く階段があった。

 葉月が明かりを上へと動かす。――床が邪魔をして二階は見えない。

 篠宮が上るのを機に、一人ずつ赤の絨毯を上り始めた。

 踏みしめる度、足元からは木と毛糸の擦れ合う音が聞こえる。

 作られた僅かな踊り場から、雨音を叩きつける窓を過ぎ、そして二階へ足を踏み入れた。

 左右に伸びる廊下から、篠宮は明かりを振った後、右を照らし、足を進めた。

 すぐ近くにあるドアを篠宮がひとり開け、中に光を通し――閉める。

 何も言わず再び歩き始めた背に、少し距離を置いている三人は言葉も掛けず、ただその後に続いていた。

 篠宮はただ黙々と廊下に並ぶドアの一つ一つを開け、中を確認し、そして閉める動作を繰り返していた。

 ノブを回し、ラッチ音を響かせ、出来る隙間に光と視線を射し込む。――篠宮の動きが止まった。

 ドアも閉めず、ただ呆然と立ち尽くすその姿に、葉月が近づき、そして龍麻達も距離を詰めた。

 四人が部屋の中を覗き込む。

 光に照らし出されていたのは、幾つもの分厚い背表紙が立て並ぶ本棚だった。

 棚は天井に届くほど背丈は高く、横幅もあり、真ん中を仕切っては狭い通路を作り出している。

 部屋の右側にはランプがあり、オレンジ色の明かりをぼんやりと灯らせては、自身を乗せる木製の机を浮かび上がらせていた。

 篠宮達は中へと入り、前にある本棚へと近づく。

 光を振り、先を確認をする。

 左には挟む本棚により作られた一人半が通れる細い隙間が伸び、右にはあのランプがあった。

 明かりを左へ差し向け、隙間へと入る。

 一点に照らされた明かりの中には、左右と正面に聳え立つ本棚しかない。

 後ろにいた葉月が篠宮の横から明かりを出し、横の本棚へと向ける。

 ふと光の中に横道が現れた。

 前を歩く篠宮がその道へと差し掛かった時、光と体をそこに向けた。

「はっ!!」

 突然男の声が聞こえた。

 龍麻が驚き肩を震わせ目を見開かせる。

 二つの光の中、そこには一人の男性がいた。

 白髪混じりの短髪に黒縁の眼鏡。服装にはシャツの上に灰色のベストを着込んでいる。

 光により細まる目尻の皺から、歳は四、五十だと感じさせられる。

 四角形のライトを持つ左腕で、二つの光を塞ぐその姿から篠宮と葉月はすぐに明かりを下げた。

「すみません、まさか人がいるとは思わなかったので」

 緩急のない声で謝罪する篠宮に、男はふと息を吐いた後、腕を下ろした。

「急に光が差し込むから驚いたよ。……あの……君たちは……?」

 顔の動きに合わせ男の手から伸びる明かりが僅かに二人の間で揺れた。

「父と共にこの場所に来たのですが、理由までは……ユミ、なにか知ってる?」

 篠宮の問いに、明かりを向けられた葉月はすぐに答えた。

「いいえ、何も聞かされては……あっ、でも、何か式典はあると聞きましたが……」

 その言葉に男は首をかしげた。

「式典? ……そんな予定は近くになかったような……」

 顎を手で擦り、頭の中で思考を巡らす姿に葉月が急ぎ言葉を挟み込んだ。

「すみません、私の聞き間違えかも知れません。詳しくお聞きしなかったので……」

「まあ、何かと色々始める人だからな。僕も聞かされてない時はよくあるよ」

 男は、ははっ、と笑みを浮かべた後、背を篠宮達の方に向け、ランプの明かりを本棚へと当てた。

 腰を屈めては伸ばしたり、左に動いては今度は右へと、一点を射す二つの明かりの中で男は見え隠れしていた。

「あの……失礼ですが、いったいここで何をしてらっしゃるのですか?」

 葉月の問いに、男は振り返ることなく言葉を返した。

「僕? 僕はここで調べものを色々とね」

「調べもの……ですか?」

「ここの主は結構な変わり者だからね。変なものを拾ってきては価値があるものを飾ってるのさ」

「……この隣の部屋に飾ってある変な像がそう?」

 篠宮の言葉に男は振り返った。手には一冊の本が握りしめられている。

「そうだよ。他にも集めた物を飾ったり、ケースに入れては部屋もあるけど……そこへは?」

「いいえ」

 篠宮が首を横に振ると、男は部屋の右隅に向かい、本を掴んでる腕を伸ばした。

「ここから三つドアを過ぎた所に、いっぱい飾ってあるから興味があるなら行ってみるといいよ。……でも今の時間なら、少し気味悪いけどね……っと少し通らせてもらってもいいかな?」

 左手に持つ光線が篠宮と葉月の間を射した。

 四人はそれを避けるように奥へと身を引き、道を開けた。

 男は、どうも、と小さく頭を下げると、部屋の端にあったランプの前へと歩いていく。

 二つの明かりと四人の視線がその背を見送った後、篠宮を先頭に部屋を出た。

 閉まるドアを背に、それぞれ言葉もなく、足を進める。

 一枚、二枚、三枚、伸びる光が次々とドアを照らし出していく。

 四枚目――最前を歩く足が止まった。

 ドアを開け、中を照らす。

 光に入ってきたのは、並ぶショーケースの群だった。

 中心には存在を示すように、格好を取る像や仮面、円筒などが置かれ、四方の端には古書や装飾、宝飾品、何かの破片などが等間隔に展示されていた。

 囲うケースに光を射し込むと、僅かに中は曇り、飾られた物達はどこか冷たく静黙に映る。

 二人は左右に光を散らせた後、それぞれ別れた。

 後ろにいた山峰は前を行く葉月を追い、首を交互に振る龍麻は篠宮を追い、右へと向かった。

 ライトの明かりを垂直に射し、篠宮達は中にある展示物を眺め、周り始めた。

 その反対側にいる葉月達も同じく展示物を照らし回るも、明かりを手にしていたのは山峰だった。

 横にいる葉月は携帯を両手に持ち、並ぶ展示物の一つ一つを写真に撮っていた。

 灯台のように、二つの明かりが部屋の中をぐるぐると回った後、中心へと集まった。

 立てられたショーケースに入った像を前に、葉月は携帯の画面に触れたあと、それをポケットへとしまった。

 横目でそれを確認した篠宮が口を開く。

「――送った?」

「ええ、何かの参考になればいいのですが――あっ、すみません、助かりました。ありがとうございます」

 葉月が笑顔ともに手を伸ばし、山峰から明かりを受け取った。

「また余計な時間がかかるわよ」

「そうですね。でも、まだ時間はありますよ。――部屋もまだありますし」

「何も起きなければね。しかし、よく、こんなくだらないもの集めたものね。いったいなんの役にたつのかしら? しかもこんなに律儀に並べちゃって」

「趣味で集めたものに他所から見解なんて計り知れませんよ。考えるだけ気苦労ってやつです」

「あーあ、それよく分かるわ。私の近場にもそういう人がいるしね」

「これって全部、この場所から出たやつなのか? ほら、出土品ってさ……」

 龍麻の声に、篠宮は光に浮かぶ像を改めて見た。

「どうでしょうね。そんな話し見たことないし……ね」

「ええ、もしこれだけの出土品が掘り出されたとするなら、歴史的な発見として、必ず観光の一つにするはずです。……この邸宅ですら情報としてなかったのですから、他の場所から運んできたと考えた方がいいかと」

「こんなワケわかんない像や仮面は、絶対にこの土地じゃないわよ。こんな奇妙なもん外国からの可能性が高いわ 」

「交易商でしょうか?」

「話を通しやすくするならね。もしそうなら他所からとんでもない疫病を運んできたかと線も考えられるわね」

 話が合い、二人がどこか納得してる中、龍麻が再び間に入った。

「じゃ、それがその……今回の行方不明と関係があるのかも……って事なのか?」

「ここから依頼者の住んでる場所は離れているとしても、居なくなった場所はこの近隣でで起きてるんだから、それも捨てきれないわね。種類としては……細菌とは考え難いわ。死体はまだ見つかってない話だから、そうだ、とは言えないけど、もし菌類でやられたとしたなら、まずここの住人が殺られてなきゃおかしいわ。何か小型の生き物が付いてきて、運搬、もしくは展示中に離れて成長、どこかで繁殖して巣くうってるのかもしれないわね」

「なんで離れる必要が? ここで繁殖した方が良い感じするんだが……」

「環境の条件が合わなかったかも。客人やら使いの者とかで、人通りも多いみたいだし、自分より大きいものをみたら誰でも避けるわよ」

「その内容で行くなら、自身から出ていった方が確かだと思います。誰かが運び出したという事は考えられませんしね」

「そうなのか? 誰かの体に付いていたとか、ほらこんなに物があるなら盗み出された可能性も……」

「こんな価値の分からないもの誰が盗っていくのよ。大体この場所自体、そもそもが泥棒にとっては厄介な場所よ」

「えっ、そうなのか?」

「構造がそうなっているんですよ。部屋は入り組み、廊下を歩けばどこも同じような景色になって迷いやすいですし、もし何かを盗ったとしても、腰以上の高さがある窓からはすぐには出辛く、非常に細身の為、とても大きな物を背負って出れるとは思いません」

「全ての出入り口に鍵が掛かってる時点で、私達がすでに八方塞がりだったのは体験済みでしょ? 」

「そりゃ、そうだけど……」

「客人と盗人の区別を一々つけるわけにもいかないから、そういう仕組みにしてるのよ。昼は女中などの人の目で監視して、夜は鍵を掛けて出れないように閉じ込めておく。盗人だってバレず面倒も起さずに早く出たいんだから、そんなわざわざ物を壊してまで出ようとは思わないでしょ。そういう所を上手くついてるのよ。……大体こんな物の為に、ドアや窓まで壊して出たくないわ」

 明かりを押し付けるように、篠宮は電灯を前へと軽く動かした。

「もし女中やお手伝いに化けて狙うなら現金かアクセサリーとか小物を盗っていくはずだから、考えるだけ無駄ね。そんなものに妙な生物なんてついてるわけないんだから、なんの参考にもなるわけなんだし、次行きましょ」

 明かりは像から離れ、開いたドアを射した。

 四人はズカズカと足を進め、最後尾の龍麻が振り返り、ノブに手を掛けた。

「すっ、さぶっ……!」

 突然肩を震わし、動きを止めた。

 目を見開かせ、まるで霊を探すかのように前に広がる暗闇をただ見つめている。

 左右上下に瞳を動かしては辺りを確認し、左から消え行く足音を耳に急ぎドアを閉め、背を追いかけた。

 前を歩く篠宮が、また一人ドアを開け、閉める動作を繰り返す。

 角を曲がり先に伸びる廊下を進む。

 ふと、二つの明かりがあるものを照らし出した。

 それは木目が走る黒褐色の手すりだった。

 狭まる通路と開かれた空間との間に境を生み、壁としての役割を担っていた。

 四人は縦に並び奥へと向かう。その途中、葉月の明かりが左に広がる暗闇へと向けられた。

 横の壁から下の絨毯へと光を這わし、そして上げては止める。

 軌跡を追う三人の目は薄明りに浮かぶ玄関で止まった。

 扉は変わらず口をつぐむ。近くで見た時よりもそのふてぶてしい姿は大きく見える。

 射す明かりは奥に見えるドアに近づくとその場を離れ、篠宮の明かりと合流した。

 ドアの前に立つ篠宮が中を開け、光をぐるりと動かした後、片足を入れ上に向かい射した。

「どうやらここに鐘があるみたいね」

 葉月が篠宮の後ろにつき、部屋の中に新たな光を当てる。見えたのは木で作られた螺旋階段だった。周りの壁も同じ素材が取り囲んでいる。

「階段ですか?」

 葉月が明かりを上に向けるが、先は見えない。

「この先にあると思うわ。それ以外に登る場所なんてないし」

「行きます?」

「ん~、悩みどころね。あんまり興味ないし、何も関係ないと思うわ」

 篠宮がライトを落とし、振り返った。

 葉月はすぐに後ろへと下がり、間を空ける。 

「まあ、以上で探索は終了かしら。別に何もなかったわね、変な置物以外は」

「この後どうします?」

「雨の具合でも見て、バーに入り浸りましょうか。落ち着いたら窓から出ればいいんだ――」

――ラッチ音。

 明かりが一斉に玄関へと向けられる。

 ドアが開かれると同時にずぶ濡れの男が飛び込んで来た。

 崩れるように絨毯に身を沈めた後、大声で叫びながら這うようにして四人の足元へと走り消え去った。

「くそっ! 来るな来るな来るなー!!」

 徐々に小さくなる声に唖然とした表情で下を見る二人を余所に、篠宮と葉月はすぐさま明かりを廊下の角へと射した。

「追いかけるわよ! 戻って!」

 篠宮の言葉に龍麻達は顔を戻し、光が照らす角へと向かい走った。

 幅のある廊下に出ると篠宮は二人より前に出て、手にしていたライトを手渡した。

「葉月織と一緒にさっきの人を追うわ!」

「俺たちは!?」

「玄関に回って!」

「これを」

 葉月が手にしていたライトを篠宮に渡すと、声を張り上げながら一人走り出した。

「次は閉まらないように何か挟んでおきなさい! そのライトでもいいわ!」

 ドタドタと揺れ消え行く明かりを横に、葉月は山峰に向かい言葉を掛けた。

「山峰さんは龍麻と一緒に居てください。何があるか分かりませんし。また会いましょ」

「わ、わかりました!」

 うすぼんやりと浮かぶ山峰の顔に、篠宮は笑顔を向けた後、明かりを追った。

 光は廊下を突き進み、階段を降りる。

 迷うことなく左の道を選び、部屋を抜け、絨毯の上を走った。

 二人の間に言葉はない。一瞬ドアを照らし、視線と共にそれを通り過ぎる。

 篠宮の目が細まる。前に立つドアが開かれていた。

 光を右へと振ると、そこあるはずのドアも同じく開かれていた。

 篠宮達はその部屋の前で止まり、中を窺った。

――聞こえてくる音。それはくぐもった男のうめき声だった。

 壁、机、椅子。次々と明かりがそこにあるものを現していく。

 二人の視線が一点で止まる。部屋の角、そこに男はいた。

 色の沈んだ青のチェックに滴の落ちる髪。男はまるで亀のように背を丸め、顔を両手で伏せては、一人ガタガタと震えていた。

 男を視線に捉えたまま、葉月は横に立つ篠宮に向かい呟いた。

「どうします?」

 言葉も返さず、篠宮が近づく。

 男は射す明かりには気にもとめず、ただ震え、ぼそぼそと同じ言葉を呟いていた。

「暗い暗い暗い暗い」

 揺りかごのようにゆらゆらと背中を動かす。

 篠宮は明かりを男の顔へと近づけた。

「暗い暗い暗い暗い暗い暗い、ああ、あああ、ああああああー!!!」

 突然声を上げ、叫び始めた。

 篠宮が驚き一歩下がる。

「来るな、来るな、来るな来るな来るな来るな! 来るなってんだろうがぁー!!」

 声と共に男が勢いよく腰を上げた。目元辺りを指で押さえてる為、顔までは見えない。

「いったい何……!? ……音……?」

 ふと篠宮の耳にある二つの音が聞こえてきた。それは淑やかで流れるような旋律を組むピアノ。そして、それ紛れるようにして僅かに聞こえるのは何かの羽ばたきだった。

 音は徐々に大きさを増し、男は同調するようにさらに声を上げた。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」

 男が何度も絨毯に頭を叩きつける。上げては下げ、上げては下げを繰り返し、ゴツゴツと鈍い音を響かせる。

 目の前で起きる異様な光景に、篠宮達は何も出来ずただ明かりを当てるだけしかなかった。

「どうすれば……って何やってんのよ!!」

 篠宮が男に駆け寄り、両目を覆う腕の一本を掴んだ。

 転がる明かりに暗闇の中で篠宮が声を出す。

「葉月織手伝って!!」

 ドアの近くでいた葉月は急ぎ駆け寄り、転がる明かりを手に持ち、男に向けた。

「なっ!?」

 葉月の表情が一瞬にして驚愕に染まる。

 照らす男の顔。目を覆う指からは鮮血が溢れ、瞼から自身の眼球を抉り出そうとしていた。

「な、何を!!」

 葉月が咄嗟に男の腕を掴み押さえようとした。だが、力は強く、下げる気配を見せない。

「痛い! 痛い!  痛い! 痛い!」

 現状を声にして吐く男に、篠宮が言葉を返した。

「るさいわよっ! なら放せっ!!」

 石のように硬くなる腕を二人が懸命に引き離そうとする、だが――。

「ぐっ! くっっ……」

 突然篠宮が手を離した。葉月がその異変に気付き明かりを射す。

 篠宮は顔を下げ、前髪で隠していた左目辺りを両手で押さえていた。

 ぶるぶると腕を小刻みに震わせ、千切れたような声を出している。

「どうしました!?」

 葉月の声に篠宮は言葉を絞り出すように答えた。

「急に目が……くっ……!!」

 ぐっと震え曲がる指先を見た葉月はその場を立ち、すぐさま篠宮の元へと駆け寄った。

「ここから出ましょ!」

 目元押さえる左手を肩へと回し、そっと篠宮の腰を支える。

 立ち上がった二人は同じ言葉を喚き続ける男を背に部屋を出た。

 篠宮の体をドア横の壁へともたれ座らせた葉月は一人部屋の前へと移動し、光を中に入れた。

 静まる空間の隅で小さく丸まった背は動かない。

 葉月は辺りに目を配った後、横目で篠宮の様子を窺い、ふと息を吐いた。

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