六節:回収

 並ぶ机に飛び散るファイル。ひどく荒れたその様子が窓から大きく覗き見える。

 麻祁は視線を戻し、その前を抜けた。

 左にそびえる壁を伝い、角を曲がったその時、ふと建物から突き出た庇が目に入った。

 歩幅を変えることなく麻祁はその場所に近づく。

 開かれたガラス戸の向こうには、受付の置かれた広間があった。

 左右に視線を配った後、ガラス戸を抜け、中へと足を入れた。

―――――――――――

「――まあ、だいたいこんなもんね」

 鉛筆を机の端に置いた後、篠宮は、ふんと鼻で息を出し紙を眺めた。

 目一杯に広げられたそこには幾つもの四角形が描かれており、所々に小さな文字も添えられていた。

「発電機は多分ここで、データを置くならここね」

 紙の中心に指を置き、そこから右へと移動させる。

「膨大な情報量の収めるなら別途で専用の場所を作るはずよ。話からも外部からは十分な電力が通ってるみたいだし、それを利用しない手はないわ。最大限生かすなら真横が一番ね」

「分散させている可能性はないのか? 停電した時の予備電力として」

 麻祁の言葉に篠宮が答える。

「その可能性もあるけど、なにも電力そのものを止めるのが目的じゃないでしょ? なら、気にする必要はないわ。必ず大量の電力を優先的に送るはずだから、目的の部屋はこの近くにあると見ていいわ。……ボンベに関しては以前、哨戒基として使っていた防空壕の跡地を倉庫として利用しているみたいだから、ここを通って手持ちで運んでくるしかないわね」

 篠宮の指先が麻祁へと駆け寄り、その場で数回弾んだ。

「手持ちか……相当な重量があるな。一本で行けるか……」

「さあね。あくまでも爆発を上げるための補助的なものだから、別に無理して運ぶ必要はないんじゃない? どうせぶっ壊すたって本人が直接確認しにくるわけじゃないんだし、完全にぶっ壊れなくても半壊でも十分な打撃となるでしょ」

「一応やるなら徹底的にやらないとな。それに、その爆発力が高ければ高いほど、相手に伝わりやすくなるんだし、あまり小規模で終わらせたくない」

 麻祁の言葉に、篠宮は細めた視線を向けた後、呆れたように胸元に手を重ね、息を吐いた。

「ふーん。まあ好きにすればいいわ。私は参加しないんだし、どうしようと自由だわ。それなりの大きさなら運搬用に台車もあるはずだから、二本でも三本でも気が済むだけ運べるでしょ。――起爆の方は用意しておくから、そっちの運送のルートは任せるわよ」

 話を終えた後、篠宮はそのまま腰を下ろしていたベッドへと寝転んだ。

 刻々と動く針が部屋の時間を進める。

 ただ視線を天井へと向ける篠宮の横で麻祁は未だ紙を凝視していた。

 二人の間に言葉はなく、鳴る針の音に変わりはない。――先に口を開いたのは篠宮だった。

「…………何してんのよ、早く出ていきなさいよ」

 視点を動かさないまま飛ぶ言葉に、麻祁は何も返さない。

 再び場を時計の針が支配する中、篠宮は目を閉じ暗闇の中へと――。

「ああー! もう! さっさと出なさいよ! 寝れないでしょ!?」

 勢いよく体を起こした篠宮はベッドから立ち上がり、足音を上げながら麻祁の横に着いた。

「ほら、さっさと立ち上がって! まだ何かあるの?」

 目を細め、胸元に両手を重ね仁王立ちする篠宮を横に麻祁は顔を見せず言葉を返した。

「もし手伝ってくれるなら、それなりの報酬は出すんだけどな……」

 篠宮の眉が微かに上がる。

「……いくらよ」

 見下ろすつむじに投げかけられる言葉。

「十万」

 その瞬間、篠宮が麻祁の両脇を腕を差し込み、上へと体を持ち上げた。

「少なすぎるわよ! ぜんぜん労力と合ってないじゃない! ふざけんじゃないわよ!!」

 無理やり麻祁を立ち上がらせた後、机にあった紙を折りたたみ、胸元に押し当て離した。

 落ちる紙を両手で拾った麻祁の体はくるりと篠宮の両手により翻され、入口へと向かされた。

「妥当だと思うんだが……」

 ずるずると麻祁の両肩を押しながら、篠宮がドアへと向かっていく。

「どうせ材料費とか準備費とかいって何割か持っていくんでしょ!? 見え透いているのよ! 行くなら久柳龍麻と行きなさい! 私はそんな場所ぜっったいに行かないわよ!」

 張り上がる声と共にドアの閉まる音が廊下に大きく鳴り響く。

 一人佇む麻祁は手にしていた紙を片手に、

「つれないな」

そう一言つぶやいた。

―――――――――――

 誰も居ない受付を前に、麻祁は左右に首を振った後、迷うことなく右へと足を進めた。

 頭の中で篠宮と見ていた地図を思い出し、先に続く同じ景色の薄暗い道をただ突き進む。

 幾つも並ぶドアを通り過ぎる中、ふとある場所で足を止めた。

 目に入る『気熱庫』と大きく書かれた文字。

 麻祁はそのドアを開き、中へと入った。

 電気の消えた暗い空間。右に視線を送ると、そこには二つ並ぶロッカーと机に積まれた書類が目に入った。左側に顔を向けると、一つのドア、そして台車がみえる。

 麻祁はノブに手をかけ、ドアを開いた。

 目の前に現れたのは下へと続く暗闇の階段。響く靴音だけを頼りに先へと進み、現れたドアを開け、中へと入った。

 続く暗闇の中、麻祁はザックを下ろし、中から携帯を取り出すとその部屋をライトで照らした。

 明かりから浮かび上がったのは、沈んだ色、棚に収められた背丈様々なボンベの姿だった。

 ザックを再び背に掛け、ライトを頼りに電灯を点けるスイッチ探す。

 壁に光を当て、目的のものを見つけると、携帯をポケットにしまいながら、それを押した。

 微かに静電気が弾けるような音が鳴り、蛍光灯の滲む光が部屋全体を現す。

 立ち並ぶボンベにより区切られた広い部屋の中、頭に付けられた名札を端から順に目を通していく。

 左、中央、そして右へとたどり着いた時、動きを止めた。

 名札に書かれていたのは、元素記号のアルファベットと『酸素』の文字。

 麻祁は胸元ぐらいの高さがある黒色のボンベ二本を棚から引き出し、両手に握りしめたままその部屋を出た。

 両手に力を入れ、ボンベの底が階段に付かないように一段ずつ登っていく。

 廊下へと辿り着いた時、ふと視線が右に向いた。

 視界に入ったのは――石山の姿だった。

 よれよれの作業着姿で黙ったまま薄明りが射す入口に立ち、麻祁の方をただ見ていた。

 ふと息を吐いた後、麻祁は再びボンベを持ち上げ、階段横にあった台車にそれを乗せた。

「船着き場には行かなかったのですか?」

 麻祁の問いかけに石山は表情を歪ませ、喉を僅かに動かせるもその口から出される言葉はなかった。

 返答を待たずして、麻祁は背を向け、廊下を歩く。

 颯爽としたその後ろ姿をつけるように、石山も歩き出した。

 窓から射し込む光を踏みしめ、再び影へと入った時、二人の目に半ばに開かれたドアが目に入った。

 近づき足元を見てみると、ドアと壁の間には物が置かれており、それがドア止めの役割と成していた。

 台車を壁際に置き、中を覗く。

 カリカリと何かを削るような音が鳴り響き、点々と明かりを灯る薄暗い部屋。麻祁の目に飛び込んで来たのは幾つも立ち並ぶ電子計算機だった。

 ドアを大きく開けた後、二本ボンベを手に持ち中へと入る。

 すぐさまボンベを置き、棚のように並ぶ電子計算機の間の一つ一つに目を通して行く。

 ふと、ある場所で足を止めた。

 高い位置から不自然に伸びる線。それを伝い、足元を見てみると一台のノートパソコンが置かれていた。

 パソコンからは更にコードが伸び、ハードディスクも確認できる。

 麻祁は駆け寄り、画面の覗き込んだ。そこにはダウンロード中の言葉と残りの時間が記されていた。

 瞬時に身を翻し、ボンベの場所へと戻る。一本を手に取り、今度は部屋の奥へと移動を始めた。

 ボンベをその場所に倒し、バルブをひねっては中の酸素を噴出させる。

 次に麻祁はザックの中から菓子箱を二つ取り出すと、蓋を開け、黒色の四角い物を取り出した。

 天辺には穴のようなものが空いており、その部分に小さな棒を差し込むとくるくると回し始めた。

 奥まで差し込んだ後、棒の天辺を押し、緑のランプを灯す。

 ボンベの横にそれを置き、その場を離れる。

 空気の抜けるような音を出すボンベの横で、静かに灯る緑のランプ。

 残されたもう一本の元へと戻ってきた麻祁はそれを掴むと、今度はパソコンの場所へと向かい同じ作業を始めた。

 黙々と始まる出来事に、入口の横で立つ石山は言葉もなく、ただ不穏な表情のままその光景を見続――。

「なにやってんだ!! お前ら!!」

 怒声。石山の肩が大きく上へと駆け登った。

 瞬時に瞳が入口へと向く。そこには鬼の如く眉間でシワを浮かばせるエスの姿があった。

 沸き立つ瞳が震える瞳を捉える。胸元に抱えていた銃口が即座に石山へと向けられた。

「言え!! ここで何をやってるんだ!!」

 浴びせられる怒声に、動揺する石山は何も答えない。

 機器に身を潜める麻祁は、二人の様子を耳で窺う。

 まるで全ての動きを忘れたかのようにただ呆然と立ち尽くす石山を前に、痺れを切らしたエスは奥歯を噛み締めた。

 掛かる引き金、動く指。

「ぐっ!! 」

 銃弾が飛び出す瞬間、銃口が大きく左に揺れた。

 飛び出す弾丸は壁を削り、消える。

「くそ!! 離せ!! くそ!!」

 エスが声を張り上げ、暴れる。

「どけ!! くそったれがああー!!!」

 軽快な銃声に合わせ、硝煙と機器の焦げ付く音が辺りに漂う。

 スチールの叩きつける音と共にエスは叫び声を上げて廊下へと飛び出た。

 叫び声が反響し辺りに伝う。

 麻祁は機器から顔を覗かせ入口を見た。 

 壁に背を寄せ、頭を抱えうずくまる石山の姿が目に入る。

 見える廊下からエスの声はもうない。聞こえてくるのは鈍く硬い物を何度も叩きつける音だけだった。

 麻祁が廊下に顔を出す。

 ひだり――視線が止まる。

 目に入ったもの、仰向けに倒れるエス、そしてあの猿の姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る