三節:情報

 暖かな日が包み始めた朝。

 椚高にある食堂には私服姿の生徒達が集まり、朝食を取っていた。

 眠気眼のおぼつかない手つきで皿を取る人や笑顔を浮かべながら話をする人、それぞれが自由に食事を楽しむ中、そこに篠宮の姿があった。

 赤のピンで左側の前髪を止め、開いている右目で盆の上に料理を選び乗せていく。

 白米とおかず二種を選んだ後、四人掛けの机の一席に座った。

 箸を掴み、熱を揺らめかせる白米に箸先を付け、口へと運ぶ。

 その時だった。篠宮の前に盆を持った銀髪の女子生徒が座った。

 篠宮は一瞬目を合わせるも、再び視線を白米に向け、口に入れる。

 噛みしめる中、前に座る生徒に言葉を掛けた。

「珍しいわね麻祁式、この時間帯にここで食事なんて。当番はついに逃げ出したのかしら?」

 その言葉に、麻祁はコップの水を一口入れた。

「今帰って来たばっかりで直接こっちに来た、ったく疲れたよ」

 ふと息を吐いた後、篠宮に視線を向ける。じっと見つめたまま、さらに背をもたれさせる。

 それに気づいた篠宮は一瞬だけ合わせるも、すぐに戻した。

「……なによ?」

「――気になる?」

 麻祁の言葉に篠宮は、ぜんぜん、とすかさず答え、水を口にした。

「どうせロクでもないことなのは分かってるから、無駄に巻き込まれるのはごめんよ」

「無駄かどうかは聞いてみないと」

「今の私が何も求めないから無駄って言ってるのよ。もう少し時間が経って、気が変わったら聞くわ」

 口を忙しく動かす目の前に、ふと袋に入った指輪が出された。

 篠宮の視線が輪の中心から麻祁の目へ、そして、皿へと移し、炒めた野菜と肉を口に入れる。

「その指輪がどうしたのよ」

「――気になる?」

 どこかほくそ笑むような表情を見せる麻祁に、篠宮は数回口を動かした後、箸を皿に置き、袋を手に取った。

 間近で輪に目を通し、

「開けてもいい?」

麻祁に問いかける。

「どうぞ、細菌なんて入ってないから」

「当然でしょ。……うっ!?」

 袋を開けた瞬間、篠宮の表情が歪み、小さな咳を繰り返した。

「ケホッケホッ――なにこの臭い、最悪だわ」

 袋を片手で持ち、もう片方の手を口元に当て、麻祁を睨みつける。

 その視線に、麻祁は平然とした表情を返していた。

「約数百年前の空気。歴史という長い時を今感じれただろ?」

「誰もそんなの求めてないわよ朝から! ……ったく」

 指輪を袋から出し、指で摘まむ。

 さらに輪を近づけ、そこに目を通す。

 少し離した後、篠宮はじっとその指輪を見続けていた。

 まるで吸い込まれるように二つ視線が中央の穴へと集まり――。

「姉様の横、失礼します」

 ふと、二人の前に現れた葉月が、麻祁の座る隣の席へと着いた。

 篠宮は横目でそれを確認し、再び指輪へと戻す。

 葉月はみそ汁に箸先を付けてかき混ぜた後、それを一口啜った。

「姉様がここで食事をなさるなんて珍しいですね。あの食事係は入院か何かで?」

「少し用事で遠くに行ってて、その帰り」

「遠く? それはごくろうさまでした。いったいどんな内容なのですか?」

「聞くだけ無駄よ。どうせ面倒ごとでしかないわ」

 篠宮が葉月の前に指輪を差し出す。

 それを受け取った葉月は、手を前に伸ばし、輪の中心を見た。

「……指輪……ですか?」

「今回の依頼の内容品だよ。南大陸で掘ったら出てきたやつ」

「なにそれ? 土に埋まっていたやつなの? いったい誰が掘り出したのよこれ?」

「東北にいる考古学者。現地でいわくつきの場所を掘って、最後に出てきたのがそれ。掘り当てた人は首から上が――」

 人差し指で首元に横線を描き、上に突き立てる。

「へぇ……まあ、苦しまず良かったんじゃない? で、原因は分かったの?」

「それがまだ、今その調査をしている」

「調査って……外国でしょ? あてはあるの?」

「向こうに知り合いがいるから、それ関連の資料を送ってきてもらうようになってる。それが今」

「やっぱ面倒ごとね。そんな他所で起きた事故によく関わろうと思ったわね。どこの誰がそんなこと頼むのよ」

「親族だよ。色々な理由で最終的に私のところに来たってわけ。ほら、私って困ってる人をほっとけないタイプだから」

「――ただ変わってるだけよ。普通は受けないわよ」

「それで姉様は、この指輪が原因だと考えているんですよね?」

 葉月の言葉に、麻祁は皿に乗っていた玉子焼きを箸で裂き、口へと入れた。

「ああ、それが掘り出された直後に死んだらしく、そして人差し指に付けられていた。周辺ではその場所はいわく付きとされているみたいだし、可能性としてはある」

「まさか――呪い、とか言うんじゃないでしょうね?」

 篠宮から向けられる疑心に満ちた視線に対し、麻祁は顔を向けることなく、箸を動かし続けていた。

「無きにしも非ず」

「はっ、バカバカしい。そんなので楽に誰かが殺せるなら、私がやってるわ。今度、弾の先に呪符巻き付けて撃ってみようか」

「呪符関係なしに直撃した時点で倒れてしまいますよそれじゃ」

「呪いと言っても何も念だけではなく、付着していた細菌などが呼吸により体内に入り、身体に負荷をかけて弱らせる場合もある。その指輪にも、もしかするとそういったものが付着しているかもしれない」

「で、頭がすっ飛ぶと? そんな菌があったらそれこそ先端に取り付けて撃ち込みたいわ。足撃っただけでも頭が吹っ飛ぶんでしょ? 楽でいいじゃない」

「……そこが悩みどころ。高熱が出たとか、全身から血を噴き出したとかならまだ分かるが、感染で頭だけが吹き飛ぶなんてことはない」

「それでは誰かがやった……という事になりますね」

「周辺に暮らす人達はここでの発掘調査は快く思っていなかったらしく、話を聞くかぎり許可を全員には取らなかったようなふしがある」

「それじゃその周りの人の誰かがやったって事で決定ね。これ以上掘られたくないから誰かが呪いに見せかけて、その口と共に頭を吹っ飛ばした。と考えれば辻褄は合わせれる。無事解決じゃない」

「そう思ったんだが、一つ引っ掛かりができた」

「引っ掛かり? ……ですか?」

「その周辺の歴史に詳しい考古学を研究している人に会いにいったんだが、そこで一人死人がでた」

「へぇー、物騒な話ね。それで朝なんだ」

「ああ、ちょうどその現場に出くわしたおかげで、警察から事情聴取だよ。何時間か話しをして、教授と共に出て来た時には夜中。ほんと疲れたよ」

「そんな得体も知れない物を扱うから自業自得よ。だいたいの見当はついたんだし、さっさと手放すことね。どうせ、どれだけ調べたところで確証なんて得られないんだから、また面倒事に巻き込まれるよりはマシよ」

「確かにそうだが、一つだけ確証を得られる方法がある」

「……どういう方法よそれ」

 目を細め問う篠宮に、麻祁も同じく細い目を返した。

「目の前で指輪を付けてもらって実際に私たちが経過を見る」

「はぁ?」

 篠宮が抜けたような表情で口を開く。

「はい」

 葉月から差し出される指輪。

「はぁ?」

 篠宮が開けた口を葉月に向ける。

「なんで私が付けなきゃなんないのよ。アンタたちが付けなさいよ」

「私は記録係だから」

「私は見届け人です」

「なら、ジャンケンよ、ジャンケン。その役、私も変われるから。なんなら二つ請け負ったっていいわ」

「私達は目がないから。その目があればどんな事が起きても避けれるだろ?」

「避けるのは私の脳と体が問題で、目は関係ないわよ! 物体がゆっくり動くように見えると思ってんの!?」

『――!?』

 驚いた表情を二人が見せ、そして向き合う。

「あざといわね……。そもそもそんな不気味な指輪、誰が好き好んで付けるのよ。気味悪がって普通は避けるわ。それに妙な臭いもするし―」

「――妙な臭い?」

 葉月が不思議そうな表情を浮かべた。

「臭わないそれ?」

 篠宮の言葉に、葉月が指輪に鼻先を近づけ、数回動かす。

 二人の視線が集まる中、

「……確かに臭いはありますが、妙と言うほどではありませんね」

葉月の言葉に篠宮が顔を歪ませた。

「はあ? んなわけないでしょ? じゃあこれは?」

 指輪が入っていた袋を葉月に差し出す。

 葉月はそれを受け取り、袋の口を開けて、鼻先へと近づけた。

「いい香りがします」

「耳鼻科行きねこれは」

 呆れたように篠宮が息を吐く。

「どんな匂いがします?」

 葉月が突然袋を篠宮に近づけた。

「うぐっ……」

 苦い顔をし、顔を大きく横に逸らした。

「こほっこほっ――急に向けないでよそんなの」

「いえ、ぜひとも感想をお聞きしたいかと思いまして」

「妙な臭いがするって言ったでしょ? ……水で湿った枯れ葉を燃やしたような臭いよ」

「枯れ葉? …………ん」

 葉月が再び鼻を近づけ確かめる。

「私には、ほのかな甘い感じの匂いはしますが」

「甘い? あまい……」

 篠宮が顔を伏せる、が、すぐに上げ、麻祁に視線を向けた。葉月も横から視線を送り、そして袋の口を鼻へと向けた。

「――飼料小屋」

 表情一つ変えずに麻祁が答えた後、三人は黙ったまま、ただ視線を送り合う。

「……まあ、さっさと処分しなさいよそれ」

 篠宮が席から立ちあがり、空になった盆を手に取った。

「指輪は付けてくれないのか?」

「付けるわけないでしょ、ばっかじゃない?」

 体を席から逸らせようとした、その時だった。麻祁が立ち上がり、自身の皿に乗せてあった玉子焼きの一切れを篠宮の皿に置いた。

「あっ、ばか! なに勝手に乗せてるのよ!?」

「それ報酬」

「報酬!? 誰がするって言ったのよ! ってより釣り合いが取れてないでしょ!?」

「キャベツも添えておきますね」

 葉月も立ち上がり、箸で掴んでいた千切りのキャベツを玉子焼きの横へと伸ばした。

「ちょっと!」

 咄嗟に盆を横へと逸らすも、時すでに遅し――空になっていた皿には新たな一品が現れていた。

「なにしてんのよ!? 食べなきゃいけないでしょこれ!!」

「時間まだ大丈夫だから」

「時間の問題じゃないわよ! ったく!」

 不機嫌さをあらわに篠宮が再び席に着き、ぶつぶつと文句を言いながらも箸をつけ、口へと放り込んだ。

 二人はその様子を気にもせず、午後の予定を話し合っていた。

――――――――――――

 昼前を知らせるチャイムの音が学校内で響き渡る。

 その音が静まるまで、麻祁はソファーにもられたまま片手に持つ書類に目を通していた。

 視線が上から下へと動き、そして電話をかけ始める。

 携帯を頬と肩に挟み、三枚目をめくる。

「……もしもし、久しぶり」

 通話を確認すると、麻祁は書類を机に置き、代わりにノートを開けペンを手に取った。

『突然電話とは何だ? 頼まれていたものは送ったはずだぞ? まさか足りないとか言うんじゃないだろうな?』

 電話の向こう側から若い男の声が返ってきた。

「声が聴きたくなって」

『ふん、どの口が言うのか。……元気か?』

 男の言葉に、麻祁の口元が少しだけ緩んだ。

「相変わらずだよ。そっちは?」

『こっちも変わらずさ』

「そっちに行ってから数十か月以上は経っている。何か面白い事でもあった?」

『いいや、そうそう面白い事なんて起きるわけないよ。……って、お前の言う面白いことってのは、ロクでもないことなんだろ? あんな事は稀なケースだよ。……それより、本当に声が聴きたいだけで電話をしてきたのか?』

 その問いに麻祁は声を少しだけ落とした。

「直接その声で聴きたかったのは事実。……で、その聞きたい事はこの資料に書かれている事に関してだ」

『……何を?』

「事故に関しての調査と解剖の結果報告だが、首が切断されたと書かれているのに、肝心のその物が書かれていない。結局は見つからなかったのか?」

『ああそうらしいな。実際に担当した医者や警察にも話を聞いたが、原因はさっぱりだとよ。全てが解明されるまで調査をするにも、当時その近くに居たのは息子だけらしく、道具も道具で首を切断するような刃物らしきものは見えず、他所から持って来るにも到底一人では不可能と判断して、事故と処理したらしい。向こうも面倒ごとは嫌いなようだな』

「一応、発掘の作業を手伝ってる人に現地の人間も居たみたいだが……」

『数人だけだがな。あくまでも手伝いとか、地元での調整の為にとか、色々な理由で雇っていたらしい。が、事故のあった時間帯はちょうど昼食の時間らしく、誰一人近づいてはないようだ。一応数人に確認をとってみたが、その書類に書かれている通りだったよ』

「現地でのトラブルの可能性は? 誰か地元の人が殺したとか」

『その可能性は薄いみたいだな。この場所にはまず近づく人はいないようだ――神聖な場所だとされているしな』

「神聖な場所?」

『ああ、なんでも昔、その周辺に暮らす人達が信仰で使用していた場所らしい。内容は、魂の切り離しとからしいな』

「肉体と魂の分離だな。よくある宗教で、現世、つまり肉体は不自由がゆえに罪であり、魂こそ自由であれってやつ」

『それだったかな。……でも俺が聞いたのは少し違うかな。罪とかそんなこと言ってなかったぞ』

「それじゃどんな内容で?」

『確か、そこで行われていた内容は肉体を捨て、本当の場所に行くためのものとか』

「本当の場所? それなら私が言ったのに違いはないんじゃないのか?」

『いや、その罪とかそんなんじゃなくて、ただ単に死後の世界の事だよ。死後、その場所では自分たちが描く幸せになれる場所と考えられているらしいんだ。まあ、言葉の捉え方の問題だろうけど、俺にはそう聞こえたよ』

「……自分たちだけの世界か。儀式の内容とかも話には?」

『聞いてあるよ、どうやら今の玄孫やしゃごが爺さんなるまで語り継がれていた古い話だがな。その場所には以前、大きな木が生えていたらしい、それこそ天まで届くぐらいの。で、その場所が神聖な所とされていて、何か自分たちに特別な事――結婚や出産など幸せな事が起こるとそこで祈り、感謝を捧げるそうだ。そうすると、木から贈り物をされるらしく、それを身に付ける事で、死後、その世界へと旅立てるという話だ』

「なるほど……。しかし、それならよくそんな場所で発掘許可が下りたな。私がその地域の住人なら許可なんて絶対に出さない、わざわざ他所から人間にただの興味本意で荒らさせたくはないだろ?」

『地元の人たちはあまり快くは思ってなかったのは確かだ。だが、許可はちゃんと下りてた』

「許可を通した理由とかは? そういった話は聞いてない?」

『以前からの噂だが、どうやらいくらかの金が動いたみたいだな。今までも政府が他の場所で許可を出していたんだが、ついにこの場所に手を出したっていう感じだ』

「金? 財政的に厳しいのかそっちは?」

『ああ、あまり裕福とは言えないな。まあ、元々暮らしている人たちは昔から身の回りにあるものを使って今でも変わらない生活しているが、新たに開拓している――街には膨大な予算がつぎ込まれているようだ。おかげで街の中で治療するにも費用が掛かるらしく、今じゃ俺の所がも大賑わいだよ』

「それは良かったじゃないか、暇で退屈しているよりはマシだろ?」

『持て余すよりかは、だろ? 余裕があるからこそ暇であって、来た当初から俺は忙しいんだよ。あっちこっち診て周っていたしな。だから、こんなこと調べている時間だって本当はないんだぞ? この電話にしても――』

「新たな医学の進歩を垣間見える瞬間かもしれないぞ」

『あるわけないだろ? ただの事故で――。……で、他に聞きたい事は?』

 男の言葉の後、麻祁は耳にした単語を記したノートに目を通した。

「――大体は聞けたかな……。他に昔話とか、変わった話はもうない?」

『後は……そうだな、一応その木の話の最期は光りになって消えたとか、怒り狂い大地を赤く染めたとか聞いたが、その辺、伝わってる事がバラバラだからよく分からないな』

「光に赤い大地ね……私が聞いた話では、その場所の土地は焼き焦がされていたらしく、つまりその木は落雷が原因で燃えたと聞いたが……』

『雨量の多い場所だから雷での発火は今でもニュースでよく目にするよ。空まで伸びるぐらいの木だから避雷針として直撃したのかもな」

「そう……」

『他は? もういいか?』

「後は……そうそう、医者としてこの死亡結果はどう見れる? 何か不可思議な点とかは?」

『んー、そうだな……。首が飛んだ事故にしては、その飛ばした道具が周辺から見つかってないのが不思議なだけで、後は……ああ、そういえば』

 何かを思い出したかのように、突然男が声を少し上げた。

『血液の検査結果が妙かな』

「妙?」

『アンフェタミンと同じような成分が記されている』

「アンフェタミン……興奮剤か?」

『ああ、食欲抑制や眠気ざまし、障害でいえば注意欠陥多動性で医師が薬として取り扱ってるからないとは言えないが……滞在は長いのか?』

「……どうだろうか、それほど長くはないはずだ。行っても二か月か三か月か……」

『もしかするとどこかで服用してそれが血液に出た可能性もあるか……。いや、ただ俺の思い込み過ぎかもしれないが、そっちの国じゃ禁止されているはずだから、渡航者の血液からこういうのが出てくると少し気になってな……』

「……アンフェタミン」

 復唱した言葉をノートに書き記す。

「……なるほど」

 一人納得したかのように、麻祁が呟く。

『なにか分かったのか?』

「おかげで大体の筋は通るようになったよ」

『ほぉ、そりゃ俺も喋ったかいがあったって事だな。じゃ、首が飛んだ訳は?』

「それはまだ」

『なんだよそれ、じゃ、何が分かったっていうんだ?』

「大体の流れって言っただろ? これからその周りを固めていくのさ」

『……よく分からないが、まあ、また教えてもらうよ。また近々そっちに帰るつもりだから。その時に』

「いつぐらい?」

『まだ一か月も二か月も先の話しだよ。都合がついたら電話するから――もう聞きたいことはないな?』

「ああ、以上だ。いろいろ情報ありがとう」

『それじゃな』

 電話が切れ、話中音が耳に入ると、麻祁も電話を切り、ポケットに入れた。

 いくつもの文字が書かれたノートに目を通す中、横の机でその姿を見続けていた椚が言葉を出した。

「何かわかったのか?」

 その言葉に、麻祁はふと息を吐き、ソファーにもたれた。

「大体はね……アンフェタミンという薬物が関わってるらしい」

「アンフェタミンか……それなら確かに過剰摂取すれば幻覚など見る可能性もあるが、頭を吹き飛ばす理由にはなるのか?」

「なるわけないよ、いくらなんでも。自分で飛ばすなら分かるが、今回は勝手に飛んだんだからな。その資料を読むかぎり、息子もそう見たと証言している」

「それじゃ他に原因があるということか」

「いや、間違いなくその薬が原因と見ていいだろう」

「ん?」

 その言葉に、椚は首を傾げた。

「どっちなんだ? 頭を吹き飛ばした理由が薬じゃないのに、その原因が薬ってのは」

「頭が吹き飛んだ原因がその薬のせいって話で、飛ばした奴は他にいるって事だよ」

「……? 誰がそんなこと出来るんだ? 証言じゃ誰もいなかったってのに、まさか息子がやったって言うんじゃないだろうな?」

「もし息子がやったとしたなら、私が巻き込まれた大学での事故もそこに居たことになる。事件の調査報告は手に入れて目を通したんだろ? なんて書いてあった?」

 麻祁の問いに、椚が自身の前に置いてあった資料を手に取り読み始める。

「岸田佳代、主に社会学を受講しており、事故のあった日は考古学の講義を受け、その後、敦賀教授の部屋で事故にあった。死因は失血死。部屋の隅にあったガラス張りの本棚に足を滑らせたか、背中から全身を突っ込ませ、割れた破片により出来た裂傷が原因とされている」

「その裂傷のところ、よく読んでみ」

「ん?」

 言われるがまま椚は裂傷について書かれている部分に、眼帯のかかっていない目を近づけた。

「胸部から下腹部に一センチから四センチの小さな切り傷に、数十センチの深い刺し傷が複数ある……と書かれているな」

「背からガラスに突っ込んだだけでそんなに傷つくわけがない。それに突発性の事故だとしても、向こうから突っ込んで来ない限りは、人には無意識に体を守ろうとする本能がある。まず腕にも同じような傷がつくはずだ」

「腕には切り傷しかついていない、それじゃ腹部にある傷は……」

「さあ、私が検死してないから分からないけど、深い刺し傷があるなら、たぶん誰かに突き刺されてそのまま背中からガラス戸へと押し込まれた、と見てもいいだろう」

「なんだそれは……誰がそんなことするんだ?」

「――首を吹っ飛ばした奴だよ」

 麻祁が顔をわずかに椚の方へと向け、視線だけを向ける。

「事故に遭う前に、誰かに怯えるような声が聞こえてきた。だが、実際に外に出てみると誰もいなかったし、その形跡も見られなかった。唯一、あの指輪だけがその子の指に付けられていた」

「指輪が原因だと? それで突然槍を持った奴が現れて殺されたっていうのかよ?」

「無きにしも非ず」

 その言葉に、椚はふと息を吐いた。

「なら俺達にはお手上げだな。――呼ぶのはなんだ霊媒師か?」

「呼んでも言葉は通じないよ。それより気になることがある。時間はかかってもいいから、その土地で発掘作業をした人たちの現在の所在を見つけて欲しい。確か警察の調書に書かれていたと思うが……」

「載っている。あれから引っ越しや何かが無い限りは変わってないだろう。……いったい、何を始めるんだ?」

「――血液検査だ。もしかすると微量ながらも残っているかもしれん、そのアンフェタミンに似たものが」

「……わかった、準備はしておく」

「私達も一応検査はしておく。私が帰った後でいいから、篠宮と葉月にも検査を」

「篠宮と葉月だと? あいつらも影響を受けたのか?」

「ああ、私の考え通りなら今朝にな。多分微量で反応は出ないかもしれないが……一応」

「……面倒なことになってきたな」

「興味だけで何でも好き勝手にするからこうなる。そっと寝ているものを無理矢理起こされたら、誰でもイライラするだろ?」

「そういう問題は当事者の間で済ませてもらいたいものだな」

「本当そう。そもそも事前に調査もせずに容易に許可を出すからこうなるんだよ」

「まあ、調べるにも手が出しにくいからな。費用は掛かるし、なにより人が集まるかどうか」

「観光目的には一応なるんじゃないのか? 財政も厳しいみたいだし、他の場所は発掘許可は認めて、こうしてネットや本にまでその場所が載ってるぐらいなんだ、少なからず観光での経済効果を謳えば誰かは協力してくれるだろ、自分ごとになるわけだし」

 麻祁がザックから分厚い数冊の本を出し、机に重ねおいた。

「密林地に観光ね……、俺は上手くいかないと思うけどな。今まで衝突してきているのに、いまさら手を繋ぎ合うなんて、せいぜい利用し合うのが関の山だよ」

「衝突? 何か争いでも?」

「調べてないのか? 歴史を聞きに大学にいったんじゃ?」

「事故があった後、すぐにこっちに帰ってきたんだ、それほど詳しくは調べていないよ」

「植民地時代から返還されて以降、どうも国政が上手く取れてないらしく、政事している奴らも時代変わらずでやってるから住人達と仲が悪くてな。たびたび政策に対しても抗議なんか起きている」

「なるほど……それで発掘の許可に関しても妙なことになっていたか」

「信仰などの規制も厳しかったが、今にやっていろいろ緩和されてきている。そのアンフェタミンってやつもごく最近の話だろう」

「薬もダメだったと?」

「薬っていうよりも、麻薬だな。あの辺りはアルカロイドが多く、植民地前によく運び出され取引されていたらしい」

「天然の麻薬か」

「信仰上での使用目的で現地の人は使っていたかもしれないが、他国への流出が止まらないから、遂に根源を断つとして、侵攻が始まったと言われている」

「虐殺とかはされてないんだろ? さすがにそれだと大事になるし」

「火を点けて辺り一帯を燃やし根絶したとは言ってるが、住人への被害については一切記録にない。それに、金になるモノをわざわざ逃すわけもないから、正直裏でどう動いているかなんてのは、誰も分からないことだ」

「燃やした、ね……」

「侵攻後は統治され、輸出などの規制が入り、今に至るというわけだ」

「それじゃその土地を忌み嫌っていたのは入植者ということになるのか」

「そういうことだな」

「なるほどね……」

 麻祁は先ほど耳にした言葉をノートに書き記した後、それをザックに入れ、立ち上がった。

 部屋から出ようとする姿に椚が言葉をかける。

「もういいのか?」

「ああ、情報は集まったし、後は繋げるだけの作業」

「首を飛ばしたのは?」

「それはまだだが……まあ、今までの情報の限りじゃ実行犯は捕まえる事は不可能だな。指輪を付けてくれる人がいるなら――話は別だが」

 口元を僅かに上げるその顔に、椚は表情を変えずさらに背を沈めた。

「おいおい、面倒ごとを増やすなよ」

「手伝ってくれないのか、それは残念。まあ、この指輪は明日、研究室にいって調べてもらうよ。その結果で今回の件は終わりさ」

「明日いくのか?」

「今日はもう遅いし、期限も決まってはないから、ゆったりさせてもらうさ」

 部屋を後にする麻祁の背。ドアが閉まり誰もいなくなったその場所を、椚はしばらく見続け、

「……ゆったりね」

そう小さく呟いた後、机にある携帯を手に取った。

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