第十章

理想郷

 草木生い茂る深い密林の中、

「はぁ、はぁ、はぁ!」

一人の青年が息を荒げながら走っていた。

 カーキ色のつなぎ姿。地表に飛び出た根など気にもせず、ただ前へと突き進む。

 しばらくし、青年が開けた場所へと辿り着いた。

 息を切らせたまま、辺りを見渡す。

 まず目に入ったのが、広場の中心に出来ていた穴だった。

 四方形に掘られたそれは、長さで言えば約十数メートルぐらいはあり、深さは人の膝ぐらいまであった。

 穴の所々には赤白のポールが立てられ、その間に張られた白のロープがその場所を様々な形で区分していた。

 その中央、そこに一人の男がいた。

 長袖の作業服。両膝を地に付け、顔を地面に寄せては白の手袋をはめた右手を頻りに動かしている。

 青年は急ぎその男の下へと駆け寄った。

「はぁ、はぁ……父さん……」

 男の横に来た青年が呼びかける。

「おお、見ろ、あと少しだ。あと少しで取れる」

 男は青年の方へと顔を向けることはなく、ただ一心に右手を動かし続けていた。

 動かす右手の先、そこには土に埋められた人骨の左手があった。

 薬指の辺りには木でつくられた指輪が埋められており、半分以上が地上へと掘り起こされていた。

 男は手にしてる竹べらを使い、慎重に、そして少しずつ周りの土を削っていく。

 青年はその姿を、ただ横で静かに見守っていた。

「……よし!」

 男が声と共に、土に埋まっていた指輪を掘り出した。

 手に乗せ、付いている土を手ぼうきで丁寧に取り除いていく。

「ほら、見てみろ」

 男が親指と人差し指の間に指輪を挟み、それが青年に見えるよう手を伸ばした。

 空から注ぐ太陽の光により、その刻み込んである木目がより一層浮かび上がる。

「何か入れ物を――、テントの中にあるはずだ、持ってきてくれ」

 男の言葉に、青年はうなずいた後、広場の入り口に設置してある屋根付きのテントへと走った。

 色々な機材や道具の置かれたいくつものタープテントの中から、タッパー容器の置かれた机を目指し、そこから一つを手に取――。

「な、なんだ!? なんだお前達は!!?」

 突然、広場から怒号にも似た声が響いた。

 青年がタッパーを手にし、急いで広場へと戻る。

 そこには穴の中心で立ち上がり、青年の左側――西の方へと向いて一人叫ぶ男の姿があった。

「来るな! 来るんじゃない!!」

 何かに怯えたように何度も左手で正面を払い続ける。

 青年が男の払った先へと目を向ける。

 しかし、そこには人の姿どころか、何かのモノ一つすら見当たらなかった。

「やめろ!! やめろ!!」

 男は狂ったように叫び続け、そこから逃げ出すように、突然背を向け走り始めた。

 だが、

「――ッ!!」

地面に置かれていた道具に足を取られ、そのままうつ伏せに倒れた。

 どしっと重たい音の後、すぐに身体を上げ、後ろへと振り返ると同時に体勢を仰向けに戻した。

「やめろ!! やめてくれ!!!」

 尻餅をついた姿勢で両手を前に突き出し、顔を背けた、瞬間――男の首が宙を舞った。

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